第12話 旅の青年
朝。
湖畔には、穏やかな風が吹いていた。
「よし。」
悠真は畑で赤く実った野菜を収穫していく。
フェルルはその横で虫を追いかけ、時折「きゅっ」と嬉しそうな声を上げていた。
「今日はたくさん採れたな。」
収穫した野菜を収納へ入れようとした、その時だった。
ピクリ。
気配察知が反応する。
「……誰か来る。」
悠真は森の入口へ目を向ける。
リーフも同じ方向を見つめた。
「私も何となく気配がします。」
しばらくすると、木々の間から一人の青年が姿を現した。
年齢は二十代半ばほど。
茶色の短髪。
革鎧に旅装束。
腰には一本の剣を提げ、大きな荷物を背負っている。
疲れた様子ではあるが、礼儀正しそうな雰囲気だった。
青年は悠真たちを見ると、深く頭を下げた。
「突然申し訳ありません。」
「こんにちは。」
悠真も軽く頭を下げる。
「どうかしましたか?」
青年は少し申し訳なさそうに笑った。
「道に迷ってしまいまして……。」
「この辺りで人が住んでいるとは思わず、本当に助かりました。」
「そうだったんですね。」
リーフは青年をじっと見つめる。
特に怪しい様子はない。
「休んでいきますか?」
悠真が自然に声を掛けた。
青年は少し驚いたような表情を浮かべる。
「よろしいのですか?」
「もちろん。」
「ありがとうございます。」
◇ ◇ ◇
家の前。
木陰へ椅子を並べ、お茶を淹れる。
青年は辺りを興味深そうに見回していた。
「立派なお住まいですね。」
「最近建てたばかりなんです。」
「ご自身で?」
「はい。」
青年は一瞬だけ目を見開いた。
(この家を、一人で……?)
外から見ただけでも、かなり丁寧な造りだ。
旅先で何軒も家を見てきたが、素人仕事には見えなかった。
「どうぞ。」
悠真がお茶を差し出す。
「ありがとうございます。」
一口飲んだ瞬間、青年の表情が少し柔らかくなる。
「美味しい……。」
「気に入ってもらえてよかった。」
◇ ◇ ◇
「私はレインと申します。」
青年は名乗った。
「旅をしながら各地を回っています。」
「俺は神代悠真です。」
「こちらはリーフ。」
「よろしくお願いします。」
リーフも軽く会釈する。
「レインさんは、どちらから来たんですか?」
「王都です。」
その言葉に、リーフが少し驚く。
「王都から!?」
「ええ。」
レインは苦笑した。
「色々と見聞を広めたくて旅をしているんです。」
もちろん、それは半分だけ本当だった。
本当の目的は――
王都直属の調査員。
“黒鴉隊”所属。
報告書にあった”黒狼を一太刀で討った刀使い”を、この目で確かめること。
それが今回の任務だった。
しかし、その事実を知る者は誰もいない。
◇ ◇ ◇
「昼食、一緒にどうですか?」
悠真が声を掛ける。
「そこまでお世話になるわけには……。」
「遠慮しないでください。」
「では、お言葉に甘えて。」
昼食は野菜たっぷりのスープと焼き魚だった。
「いただきます。」
レインは静かにスープを口へ運ぶ。
「……。」
思わず動きが止まる。
(美味い。)
野菜の甘み。
魚の旨味。
香草の香り。
どれも絶妙だった。
「本当に美味しいですね。」
「ありがとうございます。」
悠真は照れくさそうに笑う。
「料理が好きなんです。」
リーフが頷く。
「悠真さんの料理は、村でも大人気なんですよ。」
「そうなんですか。」
レインは笑顔で返事をしながらも、心の中では別のことを考えていた。
(報告書では”危険人物”に近い扱いだったが……。)
目の前にいる青年は。
料理を作り。
畑を耕し。
精霊獣と遊び。
エルフと笑い合っている。
どう見ても穏やかな青年だった。
◇ ◇ ◇
食後。
フェルルがレインの足元まで歩いて行く。
「きゅ。」
レインはゆっくりしゃがみ込む。
「こんにちは。」
恐る恐る手を差し出す。
フェルルはその匂いを嗅ぐと。
「きゅっ。」
ぺろり、と指先を舐めた。
「……!」
リーフが目を丸くする。
「フェルルが……。」
「どうしたんですか?」
悠真が尋ねる。
「初対面の人に、こんなことしたの初めてです。」
レインも少し驚いていた。
「嫌われなくて良かった。」
その優しい笑顔を見て、フェルルは尻尾を振る。
「きゅぅ♪」
◇ ◇ ◇
午後。
「そろそろ行きます。」
レインは荷物を背負い直した。
「今日は本当にありがとうございました。」
「また近くを通ったら寄ってください。」
「はい。」
レインは笑顔で頷く。
その笑顔に嘘はなかった。
ここへ来る前。
彼は警戒していた。
最悪の場合、討伐対象になる人物かもしれないと。
だが。
そんな考えはもう消えていた。
◇ ◇ ◇
森へ入り、湖畔が見えなくなった頃。
レインは懐から一枚の通信札を取り出す。
静かに文字を書き始める。
対象を確認。
報告内容と戦闘能力については現時点では判断保留。
ただし、敵意・侵略性は一切見られず。
エルフとの関係は極めて良好。
人格は誠実。温厚。
監視は継続するが、武力行使は推奨しない。
書き終えると、通信札は淡い光となって空へ消えた。
レインは湖畔の方角を振り返る。
「神代悠真……。」
静かに呟く。
「君は一体、何者なんだ。」
その問いに答える者はいない。
湖畔では今も、悠真がフェルルと遊びながら畑へ水を撒いている。
世界が少しずつ彼を知り始める一方で。
彼自身は今日も変わらず――
穏やかなスローライフを楽しんでいた。




