第11話 初めてのお客様
ロックベアの一件から三日。
湖畔には、いつもの穏やかな朝が訪れていた。
「きゅぅ♪」
「おはよう、フェルル。」
悠真が頭を撫でると、フェルルは気持ちよさそうに目を細める。
家の前には小さな畑。
青々と育った野菜。
朝露をまとった草花。
異世界へ来たばかりの頃には想像もできなかった景色だった。
「よし。」
悠真は木桶を持ち上げる。
「今日は家具を作るか。」
家は完成した。
だが中にはベッドと簡単な机、それに椅子しかない。
「棚くらいは欲しいよな。」
収納から木材を取り出し、家の前へ並べる。
天照を抜き、一振り。
シュッ。
二振り。
シュッ。
木材は寸分違わず加工されていく。
「相変わらず信じられない腕前ですね。」
リーフが呆れたように笑う。
「そう?」
「大工さんが見たら泣きます。」
「いやいや。」
本人は今日も自覚がない。
◇ ◇ ◇
昼前。
棚も完成し、一息ついていると──
「誰か来る。」
悠真がぽつりと呟いた。
「え?」
リーフも耳を澄ます。
しばらくして、森の奥から複数の足音が聞こえてきた。
やがて姿を現したのは、五人のエルフたちだった。
全員が大きな籠を背負っている。
「あっ!」
先頭にいた女性が笑顔になる。
「悠真さん!」
「こんにちは。」
「突然ごめんなさい。」
リーフが嬉しそうに駆け寄った。
「お母さん!」
「リーフのお母さん?」
優しそうな雰囲気の女性が、深々と頭を下げる。
「初めまして。
私はリーフの母、エリナと申します。」
「神代悠真です。」
「主人がお世話になり、娘まで毎日のように……。」
「いえいえ。」
悠真は慌てて手を振る。
「むしろ助けてもらってるのは俺の方です。」
エリナは柔らかく微笑んだ。
「今日は皆で、お礼に来たんです。」
◇ ◇ ◇
籠の中には様々なものが入っていた。
干した果物。
燻製肉。
パン。
保存の利く木の実。
香辛料。
さらには手織りの布まである。
「こんなに?」
悠真は驚く。
「受け取れませんよ。」
「いいえ。」
年配の男性が笑う。
「ロックベアの件で、村のみんなが本当に助かったんです。」
「薬草も採れるようになりました。」
「子どもたちも安心して森へ行けます。」
皆が口々に礼を言う。
悠真は少し困ったように頭を掻いた。
「俺は何も特別なことは……。」
「それが悠真さんらしいですね。」
リーフが小さく笑う。
◇ ◇ ◇
「せっかくだから、お茶でも飲みませんか?」
悠真がそう提案すると、皆が少し驚いた。
「お茶?」
「簡単なものですけど。」
収納から昨日摘んで乾燥させていた香草を取り出す。
生活魔法で湯を沸かし、木の器へ注ぐ。
ふわりと爽やかな香りが広がった。
「いい匂い……。」
エリナが目を丸くする。
「どうぞ。」
恐る恐る口を付ける。
「……美味しい。」
その一言に、他のみんなも次々と飲み始めた。
「苦くない。」
「身体が温まる。」
「こんなお茶、初めてです。」
悠真はほっと胸を撫で下ろした。
「よかった。」
実は日本にいた頃、休日にはよくハーブティーを淹れていた。
その知識を思い出しながら作っただけだった。
◇ ◇ ◇
「そうだ。」
悠真は立ち上がる。
「昨日採れた野菜もあるから。」
畑からトマトによく似た赤い実や葉物野菜を収穫する。
「スープでも作ろう。」
「えっ?」
「みんなの分も?」
「もちろん。」
「私も手伝います!」
リーフが袖をまくる。
「じゃあ野菜を洗ってもらえる?」
「はい!」
◇ ◇ ◇
一時間後。
家の前には大きな鍋が置かれていた。
野菜たっぷりのスープ。
焼き魚。
焼きたてのパン。
決して豪華ではない。
だが、温かな食卓だった。
「いただきます。」
皆で手を合わせる。
一口食べた瞬間。
「美味しい!」
「野菜が甘い!」
「魚も臭みがない!」
驚きの声が上がる。
悠真は笑いながらパンをちぎる。
「よかった。」
料理が好きだった。
誰かに美味しいと言ってもらえることも好きだった。
異世界でも、それは変わらないらしい。
◇ ◇ ◇
食事を終えた頃には、すっかり日も傾いていた。
「今日は本当にありがとうございました。」
エリナが改めて頭を下げる。
「こちらこそ。」
悠真も笑顔で答える。
「またいつでも来てください。」
「本当ですか?」
「もちろん。」
その言葉に、皆の顔が明るくなる。
「今度は村のみんなも連れて来たいですね。」
「賑やかになりそうですね。」
リーフが笑った。
悠真も自然と笑顔になる。
(こういう毎日が続けばいいな。)
心からそう思えた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
森から少し離れた丘の上。
黒装束の女が小さく笑っていた。
「報告書には書きにくいわね。」
彼女の隣に立つ”鴉”が腕を組む。
「何がだ。」
「監視対象が、村人とお茶会をしてました……なんて。」
男は小さく息を吐いた。
「事実を書け。」
「はいはい。」
女は通信札へ文字を書き始める。
『対象、村人との交流を継続。敵対性なし。生活能力、料理技術ともに高い。村人からの信頼は非常に厚い。』
書き終えると、札は淡く光って消えた。
女は湖畔の家を見つめ、小さく呟く。
「あなた、本当に戦う人じゃないのね。」
その言葉は夜風に乗り、静かな森へと溶けていった。




