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気づいたら異世界でした ~最上大業物の刀で始めるスローライフ~  作者: 冬夜


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第10話 ロックベアの真実

グルルルル……


低く響く唸り声が森を震わせる。


三メートルを超える巨体。


岩のような灰色の体毛。


木々の間から姿を現したロックベアは、悠真たちを鋭く睨みつけていた。


「悠真さん……。」


リーフの声は震えている。


弓を構えてはいるものの、いつでも逃げられるよう腰は引けていた。


それほどまでに、この魔物は恐れられている存在なのだ。


「落ち着いて。」


悠真は静かに前へ出る。


右手はまだ天照へ添えたまま。


刀は抜かない。


「まずは様子を見よう。」


「え……?」


リーフは思わず悠真を見る。


普通なら、見つかった時点で戦闘になる。


しかし悠真は、魔物の様子をじっと観察していた。


(襲ってくる……感じじゃない。)


ロックベアは唸っている。


だが、自分から距離を詰めてくる気配はない。


むしろ――


「これ以上近付くな」


そう警告しているように見えた。


「少しだけ近付く。」


「危険です!」


「大丈夫。」


悠真はゆっくりと一歩踏み出した。


すると。


「ガァァァッ!」


ロックベアは大きく咆哮する。


しかし、それ以上は動かない。


(やっぱりだ。)


悠真は確信した。


「リーフ。」


「はい!」


「薬草がある場所って、この奥?」


「え?」


「そうですけど……。」


「なるほど。」


悠真は小さく頷いた。


◇ ◇ ◇


「収納。」


近くに落ちていた小石を一つ取り出す。


「え?」


リーフが不思議そうに見つめる中、


悠真はロックベアとは反対方向へ向かって、その石を思い切り投げた。


ヒュンッ!


ドゴォォン!!


遥か遠くで岩へぶつかる大きな音が響く。


ロックベアは一瞬だけ音のした方を見る。


その隙に。


悠真は一気に駆け出した。


「えっ!?」


風のような速さだった。


ロックベアの横を一瞬で通り抜ける。


「ガァッ!?」


慌てて熊も向きを変えるが、もう遅い。


悠真はそのまま奥へ進んだ。


「悠真さん!」


リーフは思わず叫ぶ。


◇ ◇ ◇


岩場を抜けた先。


そこには小さな洞窟があった。


そして。


「……そういうことか。」


洞窟の中には、小さなロックベアが二頭。


まだ子どもなのだろう。


身体は人間ほどしかない。


母親らしきロックベアが悠真へ背を向けていた理由。


それは。


子どもたちを守るためだった。


「ガルル……。」


母親は洞窟の入口で低く唸る。


だが、その目には怒りよりも警戒が浮かんでいた。


悠真は天照から手を離す。


「安心して。」


もちろん言葉は通じない。


それでも敵意がないことだけは伝えたかった。


母親はじっと悠真を見つめる。


その時だった。


「きゅぅ。」


フェルルが肩から飛び降りる。


「フェルル!?」


フェルルはゆっくりと子熊へ近付く。


子熊たちも不思議そうに鼻を動かした。


そして。


「きゅ。」


「クゥ?」


子熊がフェルルへ近付く。


その姿を見た母親ロックベアは、少しだけ警戒を解いた。


「そうか。」


悠真は優しく笑う。


「君たちは、ただ家族を守っていただけなんだな。」


◇ ◇ ◇


しばらくすると、リーフも追い付いてきた。


「悠真さん!」


息を切らしながら洞窟へ入り、


その光景を見て言葉を失う。


「子ども……?」


「うん。」


悠真は静かに頷いた。


「親子だった。」


リーフもゆっくりと弓を下ろした。


「だから薬草の場所から動かなかったんですね……。」


「多分ね。」


洞窟の中を見回す。


雨風はしのげる。


だが食料は少ない。


だから親熊は、近付く者を追い払うしかなかったのだ。


◇ ◇ ◇


悠真は収納から、以前釣った魚を一匹取り出した。


「これ、食べる?」


そう言って少し離れた場所へ置く。


母親ロックベアはしばらく警戒していたが、


やがて魚を咥え、子どもたちの元へ運んだ。


「食べてる……。」


リーフは信じられないものを見るように呟く。


「魔物が、人から餌を受け取るなんて……。」


「お腹が空いてたんだろうね。」


「悠真さん。」


「ん?」


「本当に変わった人です。」


悠真は苦笑した。


「そうかな。」


「普通は倒します。」


「それしか方法がないならね。」


悠真は洞窟の外を見る。


「でも、今回は違った。」


命を奪わなくても解決できる。


それなら、その方法を選びたかった。


◇ ◇ ◇


帰り道。


リーフは薬草をたくさん採取していた。


「こんなに採れたの、久しぶりです。」


籠いっぱいの薬草。


村のみんなも喜ぶだろう。


「でも。」


リーフが少し困ったように笑う。


「村長には、どう説明しましょう。」


「正直に話そう。」


「信じてもらえますか?」


「信じてもらえなくても、嘘はつきたくないし。」


その言葉に、リーフは微笑んだ。


「そうですね。」


◇ ◇ ◇


その日の夕方。


エルフの村。


「討伐できませんでした。」


悠真の言葉に、村人たちはざわめく。


しかし。


「その代わり。」


悠真は薬草の籠を机へ置いた。


「これからは、薬草を採りに行けると思います。」


エルディアは静かに事情を聞く。


親子のロックベア。


洞窟。


そして敵意ではなく、子どもを守っていたこと。


すべてを聞き終えた老人は、深く目を閉じた。


「……私たちは、大切なことを忘れていたようです。」


ゆっくりと立ち上がり、悠真へ頭を下げる。


「討伐ではなく、真実を見つけてくださり、ありがとうございました。」


その姿を見て、村人たちも次々と頭を下げた。


悠真は慌てて手を振る。


「そんな大したことじゃないですよ。」


「いえ。」


エルディアは穏やかに笑う。


「あなたは、剣だけでなく心も強いお方です。」


その言葉に、悠真は少し照れくさそうに頭を掻いた。


一方その頃。


森の木陰から一部始終を見ていた黒装束の女は、小さく息を吐く。


「倒さなかった……。」


彼女は静かに通信札を取り出す。


『報告。対象はロックベアを討伐せず、原因を調査。親子を保護し、エルフの村との問題を平和的に解決。』


書き終えた札は光となって消える。


女は空を見上げ、小さく呟いた。


「あなたは、一体何者なの……。」


夕焼けに染まる森の中。


悠真はフェルルを肩へ乗せ、リーフと並んで湖畔の家へ帰っていく。


その背中は、英雄というよりも。


ただ、静かな暮らしを望む、一人の青年のものだった。

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