10試合目 ベテラン投手の言葉
俺がピッチャーライナーを捕球して1アウト、二塁に送って2アウト、三塁で3アウトとなったトリプルプレーの後、ベンチに戻るとファーストを守っていた打神がニヤニヤしながら話し掛けてきた。
「弾丸ライナーを自分で取ってトリプルプレーとはさすがルーキーズのエースだね」
「運良く俺の方へと打球が飛んで来ただけで、別に大した事じゃねえよ。偶然トリプルプレーになっただけでそれを意図したわけじゃないからな」
「過程はどうあれ結果的にノーアウト満塁のピンチを無失点で切り抜けたんだから、もっと誇っても良いと僕は思うけどね。少なくともミスらしいミスというか、君が落ち込むようなプレーはどこにも無かったと思うよ?」
「ストライクが入らず四死球で自分からピンチを作っておきながら、か? ……自分のピッチングが出来なくて反吐が出る」
「そりゃ人間なんだから調子の良し悪しはあるし、どんなに気を遣っていてもそういう日はあるものだよ。僕だって打てない時はとことん駄目だしね」
「お前はもっと打て、全打席ホームラン打て」
「あはは、それを言われると弱るね……」
「それにエースって呼ばれるだけの活躍をした覚えは無いな。なにせ未だに勝ちがつかないくらいだし……」
ここまで三試合に登板して合計3失点、援護点は僅かに1点のみ。
そのせいでQSどころかHQSなのに三試合連続敗戦投手である。
「勝敗なんて正直運だし、防御率1点台ならエースを名乗るのに十分な実績なんだからそう自分を卑下するものじゃ無いよ。みんなを見てみなよ、エースが奮闘してるのに応えようとやる気に満ち溢れる」
「やる気が空回ってどこかの三振王みたいに三振を量産しないといいがな」
「それを言われると何も返せる言葉が無いよ……」
思わず打神が苦笑していると、奴の背後からサングラスを掛け風船ガムを膨らませる見た目が厳つい白人男性がこちらにやって来た。
サングラスと言っても監督では無く、服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体はアスリートの身体だ。
その男は俺の隣にドカッと腰を下ろして。
「おい、ルーキー。お前がどんな凄いピッチャーかは知らないが、無失点だけでは飽き足らず三振だけでアウトカウントを稼げるだなんて自惚れるなよ?」
「そんなつもりじゃ……」
「別に責めているわけじゃ無い。俺だって若い頃はそうだった。空振り三振こそが至高で、打者がバットにボールを当ててファールにする事すら嫌だったからな……」
その男――ラージ・シャークは遠い目をして呟く。
現在四十二歳でチーム最年長の彼はメジャー歴二十年を越える大ベテランだ。
今から十年以上前の全盛期には投手三冠を何度も達成し、投手にとって最高の栄誉であるサイ・ヤング賞も三回受賞している。
通算の勝利数は200勝を超え、奪三振数は3000どころか3500に迫っており、今のペースで三振を積み重ねていけば引退までに余裕で達成出来るだろう。
将来は殿堂入り間違いなしのレジェンド投手だ。
今でこそピークを過ぎたと言われて久しいが、今もなお最前線である先発投手でローテーションの一角を担っている。
長く現役を続けるためリリーフに転向するくらいなら先発投手のまま死ぬ――引退すると豪語しており、過去には成績不振でのリリーフ転向を巡ってトラブルになり、結果その時所属していたチームを去っている。
かと言ってリリーフ投手を軽視している訳ではない。
むしろその逆で自身が登板日以外はよくブルペンに入っては、若手投手達と談笑したり彼の武器である多彩な変化球を彼らに教えたりしている。
「野球ってスポーツは、な。ホームランや奪三振の数を競うゲームじゃねえのよ」
彼は手にしたボールをぐるぐる回しながら続ける。
「野球は九人揃って初めて成立するスポーツだ。決して一人でやるスポーツではない。完全試合をやってのける天才投手だけがいても、27個のアウトを全て三振で済ませるなんて理論上は可能でも現実的には無理だ、夢物語すぎるな。後ろを守る内外野の野手たちがいて初めてそれが達成出来る。……ま、偉そうに語っているが俺には一度たりとも完全試合は出来なかったけどな」
そう鼻で笑ってこそいるがシャークは長い現役の中で完全試合こそ一度も無いが、ノーヒットノーランは何度も達成している。
「それによ、いくら投手が無失点で踏ん張ろうとも打線の援護が――得点を取ってくれなければ、俺たちが勝ち投手になれないどころかチームが勝つことが出来ない。……それは俺に言われずとも痛いほど理解できる、か」
何かを察したのか、シャークが哀れむような視線を俺に向けてきた。
……無援護の呪いを思い出して空しくなるからやめてほしい。
「とにかく、だ。三振だろうが、ゴロだろうが、フライだろうがどれも一つのアウトだ。どういう手段であれ、どんな状況であれ一つ一つアウトを着実積み重ねていく――過程はどうあれ、な」
シャークは俺の肩、それも投手であることに配慮してか左肩を軽くポンポンと叩きジッと俺の目を青い瞳で見つめ。
「四死球を与えながらも結果的に無失点で切り抜けた――今はそれで良いじゃねえか。反省会は試合が終わってからにしろ。今はとにかく気持ちを切り替えていけよ」
そう恐ろしい笑みを浮かべたのだった。
《用語解説&設定》
・QS→クオリティ・スタートの略。先発投手の指標で6イニング以上自責点3以内のこと。




