季節
野球観戦の日から、季節はゆっくりと流れていった。
特別なことがあったわけではない。
けれど振り返れば、豊島と過ごす時間は確実に増えていった。
休日が合えば共に過ごす。
本屋へ。球場へ。喫茶店へ。
将棋のイベントへも共に行く。
時には何の予定もなく街を歩いて、たまたま見つけた店へ入ることもあった。
最初の頃は誘うのも誘われるのも少し緊張した。
それがいつの間にそんな連絡が自然になっていた。
紗奈自室も、
「行きたいです」
「都合つきます」と気負わず返せるようになっていた。
喫茶店の窓際の席。
アイスコーヒーを飲みながら本の話をする。
豊島は新刊の感想を話し、紗奈は面白かった場面を語る。
それだけで時間は瞬く間に過ぎていった。
隣を歩く横顔を見た。
視線に気付くと笑いかけて来る姿に、胸の奥が温かくなる。
「もーっ、いつからお付き合いされてたんですか?
教えてくれてもいいじゃないですか」
拗ねたように言う百花ちゃんに苦笑する。
「付き合ってないよ」
「えーっ!?」
目を見開いて固まる百花ちゃん。
「あ、あんなに月に何回も会ってるのにですか?」
聞かれて返答に困る。
実際、自分でも分からなかった。
こういうのを友人以上恋人未満と称すのだろうか。
冬が近づく頃には。
豊島と過ごす時間は完全に日常になっていた。
休日の予定を考える時。
新刊を見つけた時。面白いイベントを見た時。
最初に思い浮かぶのは豊島だった。
そして。
その日もいつもと変わらない休日だった。
常連になった喫茶店。
向かいに豊島が座っている。
珈琲を飲みながら本の話をしていた。
いつも通りだった。
だから。
「石村さん」
改まった声に違和感を覚えた。
顔を上げる。
豊島は少しだけ言葉を選んでいるようだった。
「実は、来月から出向になりました」
紗奈の動きが止まる。
「出向……ですか?」
「はい」
静かな返事。
「一年の予定です」
周囲の音が遠くなる。
周囲の雑談。誰かの笑い声。全部がぼやける。
一年。たった二文字なのに重かった。
「そう、なんですね」
何とか声を出す。
「県外ですか?」
「はい、九州の宮崎に」
豊島は頷く。
「かなり離れた場所になります」
紗奈は息を止めた。
寂しい苦しい嫌だ。想いがぐるぐる胸に刺さる。
豊島の表情は硬い。
「大変、ですね」
息を吸いながら、ようやく言う。
「はい、慣れない場所ですし不安もあります」
「そうですよね」
「さみしく、なります」
笑おうとする。上手くできたかは分からない。
豊島さんの顔を見ていられず、下に視線を逸らした。
そこからは何を話したのか覚えていない。
夜、自室に一人。
何をする気にもならず、ベッドにぼんやり寝転がる。
一年、たった一年だ。
永遠の別れじゃない。連絡だってできる。
会いに行こうと思えば会いにいける。
頭では分かっている。
それなのに。
いつの間にか豊島と過ごす時間は、自分の日常そのものになっていた。
それが失われることに只々胸が苦しかった。




