八代視点③
八代は最近、頭を抱えていた。
原因は同じ部署の後輩、佐藤京子。
仕事はできるし愛想もいい、度胸もある。
だが問題はそこじゃない。
「豊島さん、今度新しくできたお店あるんですけど」
「興味ない」
「まだ何のお店か言ってません」
「いい」
断り方が酷い。
普通ならここで諦める。だが佐藤は諦めない。
「今週末とかどうですか」
「忙しい」
「来週は」
「空いてない」
「いつが空いてます?」
「無理」
豊島は真顔だった。読んでいる本から顔も上げない。
八代はコーヒーを飲みながら思う。
(なんでこれで折れねえんだ佐藤)
佐藤の好意は傍から見れば非常に分かりやすい。
差し入れを持ってくる。 会議の席は近くを狙う。
残業があればタイミングを合わせる。
だが豊島は全く相手にしていない。
というか佐藤だけでなく、アプローチしてくる異性に対して誰にでもこんな対応だった。
ある意味潔い。
だから佐藤も長いこと頑張れていたのだろう。
少なくとも先日までは。
だが最近、様子が変わった。
きっかけは八代も知っている。
石村紗奈だ。
最初は電車で会う知人程度だったはずだ。
それが気付けば連絡先を交換し、本を貸し借りし、二人で食事までしていた。
しかも恐らく豊島本人はまだはっきり自覚していない。
無自覚のまま特別扱いしている。
たちが悪い。
「豊島さん」
ある日、佐藤が何気ない顔で尋ねた。
「最近、仲の良い人とかいるんですか?」
八代は吹き出しそうになった。
探りだ。分かりやすすぎる。
しかも豊島は「いるな」と即答した。
八代はむせた。
佐藤も固まった。
豊島は気付かない。
「本を貸してもらってる」
「……へえ」
佐藤の笑顔が引きつる。
「女性ですか?」
「そうだな」
「仲良いんですね」
「そうかもしれない」
八代は心の中で叫ぶ。
お前、毎日連絡してるだろ。
なんなら休日も予定合わせようとしてたの知ってるぞ。
探してた本を見つけたからってプレゼントしてるし。
それを好意と言わず何と言うんだ。
だが豊島は平然としていた。
そして佐藤は完全に危機感を覚えた顔をしていた。
八代は悟る。
(あー……)
今まで豊島は誰にも興味を示さなかった。
だから佐藤も余裕があった。
時間をかければ振り向いてもらえると思っていたのだろう。
だが違った。
気付けば知らない所で。
知らない女性が豊島の隣まで来ていた。
それを知ってしまったのだ。
(そりゃ焦るよなあ)
八代は少しだけ同情した。
もっとも豊島を見ている限り。
もう勝負は始まっているどころか。
本人たちだけ気付かないまま、かなり先まで進んでいる気がした。
昼休み。
八代はデスクの上に置かれた封筒を見て首を傾げた。
「なんだこれ」
開ける。
中には野球観戦の優待券が束になって入っていた。
「多っ」
思わず声が出た。
どうやら取引先から会社へ回ってきたものらしい。
十数枚はある。
隣の席へ視線を向ける。
豊島は本を読んでいた。
「おーい豊島」
「何だ」
「野球の優待券。大量にあるぞ」
その瞬間だった。豊島の目が輝く。
「お前野球好きだもんな」
「ああ」
即答だった。
野球の話になると豊島は珍しく反応がいい。
休日に球場へ行くこともあるし、シーズン中は試合結果もきっちり追っている。
「いる?」
八代が封筒を差し出す。
豊島は一枚受け取ろうとして――手が止まる。
「どうした?」
「……」
珍しく悩んでいる。
八代は既視感を覚えた。
その顔は最近何度か見たことがある。
石村紗奈が関係している時の顔だ。
数秒後。
「二枚もらう」
八代は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
「二枚?」
「ああ」
「へぇ」
「何だ」
「別にぃ」
豊島は基本的に一人行動が多い。
野球だって一人で見に行くし、さっさと動く。
そんな男が二枚を欲しがる理由など一つしかない。
「石村さん誘うのか?」
ぴたりと動きが止まった。
分かりやすすぎる。
豊島は少し視線を逸らした。
「まぁまだ分からないけど」
「誘う気はあるんだな」
「こないだ少し話したからな」
八代は思わず天井を見た。
なるほど。
以前、石村と話した時に野球の話題が出たらしい。
誘う口実としては十分だ。
そんなやり取りを少し離れた席で聞いていた人間がいた。
佐藤だ。
「野球ですか?」
にこやかな声で歩み寄って来た。
だが八代は見た。その目が全然にこやかじゃないことを。
「そうだが」
「私も好きなんですよね」
絶対嘘だろ。
八代は心の中で突っ込んだ。
以前、会社の飲み会で野球の話になった時、ルールをほとんど知らなかったはずだ。
だが佐藤は平然と続ける。
「せっかくだし私も行きたいです」
佐藤も必死なのだろう。
最近の豊島の変化に気付いている。
だから焦っている。
だが、今それをやられると色々面倒だ。
(しゃーねえな)
八代は口を挟んだ。
「じゃあ俺も行くわ」
一瞬静かになる。佐藤が目を瞬かせた。
「え?」
「優待券沢山あるしな」
豊島がこちらを見る。
何を企んでいるんだ、という顔だが無視した。
「ちょうどいいだろ。グループ観戦」
「八代さんもですか?」
「おう」
さらに八代は続ける。
「百花ちゃんと石原さんも誘おうぜ」
佐藤が首を傾げる。
「……百花ちゃん?石原さん?」
「知り合い」
適当に流す。説明すると長い。
豊島は少し考えてから言った。
「それもいいかもしれないな」
よし。
「じゃあ相談して日程決めるか」
八代が言うと「楽しみです」と佐藤が笑顔で答えた。
笑顔だった。
だが八代には分かる。
全然諦めていない。
むしろ闘志が燃えている。
(怖ぇ……)
一方で豊島は優待券を見ながら考え込んでいた。
おそらく石村さんの事を考えている。
そんな顔をしていた。
佐藤は豊島を見ている。
豊島は石村を思い浮かべている。
(胃が痛くなりそうだな)
八代はコーヒーを飲みながら思った。
とりあえず百花に連絡しよう。
あの娘なら間違いなく面白がる。
いや、協力してくれるはずだ。




