休日だよ?
「それで?はじまりはどんなだったの?」
はるかが身を乗り出してくる。
「まだ付き合ってもいないから」
「じゃあ好きになった切っ掛け」
言い直された。逃がす気はないらしい。
紗奈は小さくため息をつく。
「別に大した話じゃないよ」
「いいから」
はるかは完全に聞く気満々だった。
仕方なく、紗奈は少し考える。
好きになったきっかけ。そう聞かれると案外難しい。
最初はただ電車が一緒なだけで。
少し話すようになって。
……なんで話すようになったんだっけ?
おばあちゃんの施設で偶々会って名前を知って。
百花ちゃんを助けてくれて。
連絡先を交換して。
おすすめの本を貸して。
ご飯を食べて。
……気づいたら好きになっていた。
「自然に、かな?」
はるかが固まった。
紗奈は首を傾げる。
「気づいたら話すようになってて」
「……」
「気づいたら連絡するようになってて」
「……」
「気づいたら好きだった」
数秒の沈黙。
はるかは天を仰いだ。
「それよ」
「え?」
「それが一番難しいのよ」
心の底からの嘆きだった。
紗奈は思わず笑う。
「そうかな」
「そうだよ!」
即答だった。
はるかはテーブルを軽く叩く。
「自然に仲良くなるって何!?」
「いや、だから自然に……」
「それができないから皆苦労してるの!」
力説された。
紗奈にはいまいち分からない。
だって本当にそうだったから。
何か特別な出来事があったわけではない。
劇的な出会いもない。
ただ一緒にいる時間が増えて。話すことが増えて。
気づけば相手のことを考えるようになっていた。
それだけだ。
「いいなあ……」
はるかが羨ましそうに呟く。
「何が」
「積み重ね型の恋」
「そんな分類あるの?」
「ある」
断言だった。
「ドラマみたいな恋より難易度高いよ」
「そうなの?」
「そう」
はるかは頬杖をつく。
「だってさ」
少し笑いながら言う。
「毎日少しずつ好きになっていくって、本気じゃん」
その言葉に。
紗奈は少しだけ黙った。
思い返す。
電車で交わした挨拶。連絡先を交換した日。
本を貸した日。一緒にご飯を食べた日。
野球の話を聞いた帰り道。昨日届いたメッセージ。
一つ一つは小さい。
けれど。
確かに積み重なっている。
「……そうかも」
小さく笑う。
はるかはそんな紗奈を見て肩を竦めた。
「もう完全に好きじゃん」
「うん」
今度は否定しなかった。だって事実だから。
好きなのだ。豊島さんが。
その名前を心の中で思い浮かべるだけで、少しだけ頬が緩んでしまうくらいには。
はるかはしばらく呆然としていたが、やがて大きくため息をついた。
「いいなあ」
「またそれ」
「私も自然に恋したい」
紗奈は苦笑する。
その願いが難しいものなのかどうかはいまいち分からない。
ただ一つだけ分かるのは。
自分も少し前までは、こんな気持ちになるなんて思っていなかったということだった。
その時だった。
テーブルの上に置いていたスマホが震える。
何気なく画面を見て、固まった。
「ん?」
はるかが反応する。
表示されていた名前は――豊島さん。
「……」
「もしかして?」
鋭い。紗奈は何も言わない。
それが答えになったらしい。
はるかの目が輝いた。
「えーなになに?」
「いやいや」
「いいから見てみて、早くっ」
押し切られる。
仕方なくトーク画面を開いた。
【豊島】
『お休みのところすみません』
『以前、石村さんが探していた本を見つけました』
『日頃のお礼にと思い、勝手ながら購入しました』
『ご迷惑でなければ後日お渡ししたいのですが』
「……」
「……」
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは、はるかだった。
「は?」
「なに」
「はぁ?」
もう一度言われた。
「何その人」
「何って」
「好きでしょあんたの事」
即答だった。
紗奈はむせそうになる。
「ち、違うでしょ」
「違わないでしょ」
はるかは本気で理解できない顔をしていた。
「だって紗奈が探してた本覚えてたんだよね?」
「うん」
「しかも休日に連絡してきたんだよ?」
「……うん」
「しかも買ってるんだよね?」
「……」
「好きでしょ」
結論が早い。あまりにも早い。
「……お礼だって書いてあるし」
反論する。
すると、はるかは呆れた顔になった。
「紗奈」
「なに」
「休日だよ?」
その一言に、紗奈は黙った。
はるかは続ける。
「休日ってさ」
コーヒーを一口飲む。
「普通、自分の好きなことしてるじゃん」
「うん」
「その時間に本屋で」
「うん」
「紗奈が探してた本を見つけて」
「……うん」
「買って」
「うん」
「連絡してくるんだよ?」
言われてみればそんな気もしてくるから怖い。
「休日に思い出されるって結構すごいよ」
はるかは背もたれに身体を預けた。
「仕事だから連絡したとかじゃないじゃん」
紗奈はスマホを見る。
画面にはいつも通り丁寧な文面。
特別な言葉なんてない。
でも、探していた本を覚えていてくれた。
見つけた時に私を思い出してくれた。
それは確かだ。
「……分かんないよ」
小さく呟く。
期待しすぎるのは怖い。優しい人だからかもしれない。
本当にお礼のつもりかもしれない。
はるかは肩を竦めた。
「まあ、好きとまでは断言しない」
「……うん」
「でも少なくとも」
少し笑う。
「かなり大事には思われてるよ」
その言葉に胸がどくりと鳴った。
期待してはいけない。
そう思うのに嬉しい。
スマホがまた震える。
【豊島】『急がなくて大丈夫です』
『またお会いした時にお渡しします』
思わず笑みが漏れる。
それを見たはるかが即座に言った。
「ほら」
「なに」
「今の顔」
「どんな顔」
「好きな人から連絡来て嬉しい顔」
ぐうの音も出なかった。
はるかは楽しそうに笑う。
「あーいいなあ」
「何が」
「両片想いっぽいところ」
「だから分かんないって」
そう言いながらも。
スマホの画面から目が離せない自分がいた。
なんて返信しよう、お礼を言ってそれからそれから。
休日の午後。
好きな人が自分のことを思い浮かべてくれたのが、嬉しかった。




