趣味
仕事帰り。
改札へ向かう途中、見覚えのある背中を見つけた。
「あ」
豊島さんだ。
少し早足になりかけて、自分で驚く。
「豊島さん」
振り返った豊島さんが軽く目を見開いた。
「石村さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
自然と並んで歩き始める。
仕事帰りの人で賑わう駅構内。
他愛ない話をしながらホームへ向かう。
その途中だった。
駅構内の大型モニターにスポーツニュースが映る。
プロ野球の試合結果。
特に気にせず通り過ぎようとして、気づいた。
豊島さんが熱心に視線を向けている事に。
「野球、お好きなんですか?」
「はい、結構好きです」
少し意外だった。
「見る専門ですか?」
「両方ですね」
「両方?」
「学生の頃はやってました」
なるほど。
「野球部だったんですか」
「小五から高校まで」
思ったより本格的だ。
「石村さんはスポーツやってました?」
「私は全然です」
苦笑しながら答える。
「ずっと帰宅部でした」
「なるほど」
少しだけ笑っている豊島さん。
ホームへ向かう階段を上る。
すると豊島さんがふと思い出したように言った。
「今度、大阪で試合があるんですよ」
「応援してる球団ですか?」
「そうです」
【観察結果】 【対象は野球の話題で好反応を示します】
【推奨】 【好感度向上のため関連知識の取得】
(いや、興味ないのは難しいよ……)
電車がホームへ滑り込む。
二人で乗り込んで並んで座る。
「球場にも行くんですか?」
何気ないふりをして聞く。
「たまに」
豊島さんは頷いた。
「雰囲気が好きなので」
「へえ」
野球が好きなこと。
学生時代は野球部だったこと。
球場へ観戦に行くこと。
たったそれだけなのに。
少しだけ豊島さんを知れた気がする。
窓ガラスに映る自分の頬が緩んでいた。
休日の昼。
駅前のカフェでランチを食べながら、紗奈ははるかと向かい合って座っていた。
パスタをくるくる巻きながら、はるかが大きくため息をつく。
「恋人欲しいなあ」
突然だった。
紗奈はフォークを止める。
「急だね」
「急じゃないよ。ずっと思ってる」
はるかはテーブルに頬杖をついた。
「周り見てもさ、結婚したり付き合ったりしてる人増えてきたし」
「ああ……」
分からなくはない。
学生の頃とは違う。社会人になって数年。
そういう話を聞く機会も増えた。
「出会いもないし」
「職場は?」
「ないない」
即答だった。
「ないか」
「ない」
二人で笑う。
はるかはストローをくるくる回しながら言った。
「紗奈は?」
「私?」
「恋人欲しいとか思わないの?」
その質問に、紗奈は少しだけ黙った。
少し前の自分ならたぶん適当に笑って流していた。
でも今は違う。
はるかが不思議そうに首を傾げる。
「紗奈?」
「その」
言葉が出てこない。なんだか妙に恥ずかしい。
はるかがじっと見てくる。そして。
「あ」
何かを察した顔になった。
「え、ちょっと待って」
身を乗り出してくる。
「もしかしているの?」
紗奈は視線を逸らした。
窓の外を見て少し思案し、小さく頷く。
「……うん」
数秒。
はるかが固まった。
「えっ」
本気で驚いている。失礼な。
「ええっ!?」
「そんなに驚く?」
「驚くよ!」
即答だった。
「恋愛より本って感じだったのに!」
それは否定できない。
はるかは興奮した様子で身を乗り出す。
「どんな人なの!?」
「えー」
なんだかどんどん恥ずかしくなってきた。
好きな人がいる。
その事実を口にするだけで照れる。
「まだ何もないんだよ?」
「うんうん」
「付き合ってるわけでもないし」
「うん」
「ただ……」
言葉が途切れる。
でも自然と続きが出てきた。
「もっと知りたいなって思う」
はるかは大きく息をついた。
「それ、十分好きじゃん」
「……そうだね」
今回は否定しなかった。
もう誤魔化せないくらいには自覚しているから。
はるかはフォークを置いて言った。
「いいなあ」
「何が」
「そういう恋」
紗奈は少しだけ照れながら笑う。
窓の外には柔らかな昼の日差し。
好きな人がいる。
そのことを友人に打ち明けたのは、なんだかこそばゆかった。




