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地味スキル“空気読み補助”で人生が快適になりました  作者: 野山みつ


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夜。お風呂を終え、自室へ戻る。

ベッドに座り、ぼんやり考える。

好きだから何だという話だ。付き合っているわけじゃない。

特別な何かがあるわけでもない。まだ知らないことが沢山ある。


好きだと自覚した瞬間が終わりではない。

むしろここからが始まりなのだろう。


【現状分析

恋愛フェーズ移行︰次段階へ移行します】


「ゲームじゃないんだから……」

思わず苦笑する。


【推奨行動

対象との接触機会を増やす

共通話題の確保︰関係性の深化】


「……割と普通」

【普通が一番成功率が高いです】

「あ、はい」


少し考える。

私は豊島さんのことをどれくらい知っているだろう。

本?仕事?

休日は何をしているのか。趣味は?特技は?

好きな食べ物、苦手なもの……何も知らない。


もっと知りたい。

自然にそう思う。


【目標設定

豊島遥斗の理解度向上】

「理解度?」

【現在32%】

「……低いね」


【恋愛対象としては低水準です】

「辛口だなあ」

思わず笑ってしまう。


スマホが震える。

少しだけ期待しながら画面を見ると、百花ちゃんからだった。


【百花】 『余計なお世話だったらごめんなさい』

【百花】 『八代さん情報によると豊島さん、今お付き合いしてる人はいないそうです』


「――っ!?」


慌ててスマホを持ち直す。

なぜ。

なぜそんな情報を。

しかも八代さん情報って。


【紗奈】 『なんでそんな話になったの!?』

即座に送る。

すると百花ちゃんから返事が来た。

【百花】 『だって紗奈さん気にしてたじゃないですか』


紗奈は顔を覆った。

(気づかれてた……)


【百花】 『だから聞いちゃいました』

【紗奈】 『聞いたの!?』

【百花】 『聞きました』

堂々としている。


【百花】 『そしたら八代さんが「豊島に彼女はいない。断言できる」って』

「断言……」

なんだろう説得力がある。


【百花】 『あと一緒にいた女性にも心当たりがあるそうですけど、そんなに気にすることないそうです。』


画面を見つめる。


百花】 『八代さん曰く、紗奈さんの方がよっぽど近いだそうです』


胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。

その変化に気づいてしまい、逆に動揺する。


(……私、安心したんだ)



ベッドへ倒れ込む。

少し迷ってから送る。


【紗奈】 『ありがとう』


【紗奈】 『でも本当にもう大丈夫だから』

【百花】 『えー本当ですか?』

【紗奈】 『本当』

【百花】 『少し気持ち楽になりました?』


「う……」

文字を打つ指が止まる。

その沈黙だけで十分な答えだったらしく。


【百花】 『ふふ。おやすみなさい、紗奈さん』


「……」


【紗奈】 『おやすみ』

トークが終わる。

静かになった部屋で、紗奈はスマホを胸の上に置いた。

百花ちゃんにはお世話になりっぱなしだ。


頭の中に機械的な声が響く。

【感情解析】

【安心 上昇】【喜悦 上昇】

【恋愛感情 継続上昇中】


「うー……」

枕へ顔を埋める。


【補足】

【豊島遥斗に恋人がいないと判明し、安心したものと推定】



頬の熱は、なかなか引いてくれなかった。




















翌朝。

改札を抜けてホームへ向かう。

昨日はなかなか寝付けなかった。

「おはようございます」

先に気づいたのは豊島さんだった。

「あ……お、おはようございます」

少しだけ声が上ずる。


豊島さんはいつも通りだった。 穏やかで、自然で、何も変わらない。

変わったのは私だけだ。

昨日までだって好きだったはずなのに。 自覚した途端、全部が違って見える。


【恋愛感情認識後の一般的症状です】

(いいから)


電車へ乗り込む。

今までは何も考えず隣に座っていた。

なのに。

(近い……)

隣なのだから当たり前だ。


それなのに妙に意識してしまう。

肩の距離。 腕の距離。 わずかに感じる体温。

昨日まで気にならなかったものばかりが気になる。


「どうかしましたか?」

隣から声がした。

「えっ」

本を開いた豊島さんがこちらを見ている。

しまった。


「あ、ちょっと寝不足で……」

慌ててごまかす。

「ああ」

豊島さんは納得したように頷いた。

「顔色は悪くないですけど、少し眠そうですね」

「はい」


顔が引き攣ってやしないだろうか。

納得したように笑う顔を見て、胸がまた騒がしくなる。

【心拍数上昇】


私は窓の外を見るふりをしながら、落ち着かない気持ちを誤魔化していた。

寝不足のせいか本当に瞼が重くなってきた。

小さく欠伸を噛み殺す。


すると。

「やっぱり眠そうですね」

「う……」

見られていた。

恥ずかしい。


豊島さんは何でもないような顔をして言った。

「眠かったら肩を貸しますよ」

「……はい?」

思わず聞き返す。


豊島さんは至って真面目な顔だった。

「どうぞ」

そう言って自分の肩を軽く示す。

「え」



顔が熱い。急激に熱い。

「い、え。大丈夫です」

豊島さんが少し目を瞬く。

「そうですか?」

「そうです」



紗奈は両手で顔を覆いたくなった。

好きな人の肩に寄りかかるなんて、そんなの意識しない方がおかしい。

なのに当の本人は何も分かっていない。


本を開き直し、再び読み始めるその横顔を見て。

紗奈はそっと息を吐いた。

寄りかからなくて正解だった。

……ほんの少し惜しい気もするけれど。


もし本当に肩を借りていたら。

たぶん、心臓がもたなかった。





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