お勧め
翌朝。
改札を抜けてホームへ向かう。
鞄の中には、今朝選んだ二冊の本。
一冊は恐竜の本。
図鑑ではなく、最新研究をまとめた少し専門的な内容だ。
もう一冊は歴史上の人物たちの逸話集。
教科書には載らないような失敗談や人間くさいエピソードが多く載っている。
(喜んでくれるかな)
少しだけ緊張しながらホームへ降りる。
【対象確認】 【遭遇予測:達成】
「おはようございます」
振り向くと、豊島さんがいた。
「おはようございます」
自然に隣に並ぶ。
電車を待つ間、鞄を開く
「あの、昨日言ってた本なんですけど」
二冊を取り出す。
「……本当に持ってきてくれたんですね」
その声はどこか柔らかかった。
「正直、今日持ってきてくれるかなってすごく期待してました」
照れたように視線を逸らしながら豊島さんが言う。
「好みに合わなかったらすみません」
こちらも少し照れながら、まず一冊目を差し出す。
「恐竜の本です」
「へぇ」
豊島さんは表紙を見て、すぐに帯へ視線を落とした。
「最新研究の話ですか」
声にわずかな期待が混じる。
「羽毛恐竜の研究とか、化石から色を推定する話とか載ってて」
「めちゃくちゃ興味あります」
即答だった。
その反応に少し安心する。
続いてもう一冊。
「こっちは歴史の逸話集です」
「逸話集?」
「偉人の失敗談とか変な趣味とか、人間らしい話が多くて」
豊島さんは数ページめくる。
そして。
「ナポレオンって猫が苦手だったんですか」
「そういう話ばっかりです」
「面白そうです」
そう言って豊島さんは目を輝かせた。
「歴史って年号より、こういう話の方が覚えますし」
「分かります」
即答され、二人で少し笑う。
「ありがとうございます、お借りします」
大切なものを扱うみたいに、そっと表紙を撫でる豊島さん。
「大事に読みます」
その一言は、紗奈の胸を思った以上に温かくした。
電車に乗り込んで並んで座る。
豊島さんは貸したばかりの本を早速開いていた。
紗奈も単行本を開く。
数ページ読んだあと小声で。
「石村さん」
「はい?」
「これ、かなり好きなやつです」
本を持ったまま言う豊島さん。
その声にははっきりした熱量があった。
その言葉に、紗奈の胸がふわりと軽くなる。
「よかった……」
思わず本音が漏れた。
「実はちょっと悩んだんです。何をお貸ししようかなって」
豊島さんがこちらを見る。
「悩んでくれたんですか」
「そりゃ悩みますよ」
即答して少し恥ずかしくなる。
豊島さんは一瞬目を丸くしたあと、小さく笑った。
「聞いてよかったです」
その一言が妙に嬉しい。
電車の揺れが心地よく続く。
窓の外を流れる景色。
隣で本を読む豊島さん。
自分が勧めた本に夢中になっている姿を見て、くすぐったいような嬉しさが胸に広がった。
昼休み。
休憩室で百花ちゃんと向かい合ってお弁当を食べていると、不意に顔を見つめられる。
「紗奈さん」
「ん?」
「なんか今日ご機嫌ですね」
「え?」
思わず顔を上げる。
「そう?」
「そうですよ」
百花ちゃんは即答した。
「何かいいことあったんですか?」
「……豊島さんに本を貸したんだけど」
「えっ、はい」
百花ちゃんが身を乗り出す。
「反応がすごく良かったんだよね」
その瞬間、百花ちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「おおっ!」
「電車の中で読み始めてね」
「ほぉほぉ」
「少し読んだだけなんだけど『かなり好きなやつです』って」
「へー!!」
百花ちゃんがぱちぱちと瞬きをする。
「豊島さん、そんなこと言うんですね」
「私もびっくりした」
普段の豊島さんは落ち着いていて、感情を大きく表に出すタイプではない。
だからこそ印象に残っていた。
「なんか意外です」
「うん」
紗奈も小さく頷いた。
「おすすめ聞かれたから選んだんだけど、正直合うかなって思ってたし」
恐竜の研究について書かれた、少しマニアックな本だ。
自分は好きだけれど、人を選ぶ。
だから気に入ってもらえたのが嬉しかった。
「好きな本を褒められるのって、なんか嬉しいよね」
ぽつりとこぼすと、
百花ちゃんはうんうんと大きく頷いた。
「分かります」
それから少し笑って。
「豊島さんも嬉しかったと思いますよ」
「そうかな」
「だって好きな本を教えてもらうのって結構特別ですし」
百花ちゃんはそう言いながらお茶を飲む。
「しかも紗奈さん、ちゃんと相手に合いそうな本選んでそうですもん」
「どうだろう」
「選んでますよ絶対」
断言された。
紗奈は少し照れくさくなって視線を弁当に落とす。
すると百花ちゃんが楽しそうに笑った。
「なるほどー」
「なに?」
「今日嬉しそうな理由が分かりました」
「そんなに顔に出てた?」
「出てました」
百花ちゃんはそう言って微笑む。
「豊島さんって」
百花ちゃんが少し考えるように言う。
「静かだけど話しやすいですよね」
「分かる」
紗奈は頷いた。
無理に会話を繋がなくても気まずくならない。
だから話していて楽だ。
「少し紗奈さんに感じ似てます」
「……そう?」
自分じゃ分からないけれど。
百花ちゃんは嬉しそうに頷いていた。




