偶然
休日。
家族三人で祖母のいる施設へ面会に来た。
談話スペースで仲良しさんとお茶を飲みながら話しているおばあちゃん。
「おばあちゃん、変わりなさそうで良かった」
「あら紗奈ちゃん」
こんにちは、と祖母の仲良しさんにもご挨拶する。
「こんにちは。いいわね、ご家族で。
うちの孫もね、今日来てくれるのよ」
嬉しそう話す女性。
「そうなんですね」
返事をした、その時。
談話スペースの入口から男性が入ってきた。
「あ」
「え」
お互い固まる。
祖母二人が同時に首を傾げた。
「紗奈、お知り合いの方?」
母が不思議そうに尋ねる。
「えっと、通勤電車が一緒なの」
紗奈が答えると、男性も少し驚いたように笑った。
「まさかここで会うとは思いませんでした」
すると祖母たちが顔を見合わせる。
「あらあら」 「世間って狭いわねぇ」
妙に楽しそうだ。
母も驚いたように頷いていた。
そして祖母たちが盛り上がり始める。
「うちの紗奈は本が好きでねぇ」
「ちょっと待っておばあちゃん」
「うちのはるとも昔から凝り性で」
「祖母さん」
止めようとしても遅い。
「はるとは昔からブロック工作が好きでねぇ」
「紗奈もよ、子どもの頃から本ばっかり読んでて」
「今は図書館にお勤めなんでしたっけ?」
「そうなのよ」
「はるとは建築家になったのよ」
気付けば二人とも祖母たちの会話に巻き込まれていた。
とよしまさんも苦笑しながら相槌を打っている。
普段電車で見かける時より、柔らかい表情だった。
思いもしなかった場所で話していることが、なんだか不思議だった。
やがて面会時間も終わりに近づく。
「じゃあまたね、おばあちゃん」
「次は二人で来てもいいのよ?」
祖母たちが揃ってそんなことを言い出す。
「おばあちゃん」
「祖母さん」
今度は二人の声が綺麗に重なった。
祖母たちは大笑い。
両親まで笑いをこらえている。
紗奈は恥ずかしくて仕方なかった。
駐車場までの道すがら。
先に口を開いたのはとよしまさんだった。
「そういえば」
「はい?」
「ちゃんと自己紹介してませんでしたね」
言われてみればそうだ。
「豊島悠人です、建築家です」
差し出される言葉。
紗奈も慌てて頭を下げる。
「石村紗奈です、図書館司書です」
「改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ」
そのままそれぞれの車に向かう。
「では」
「はい。また」
自然に交わした挨拶。
豊島さんは両親にも頭を下げて去っていった。
帰りの車内。
運転席の父は静かにハンドルを握っている。
後部座席の紗奈は窓の外を眺めていた。
しばらくして。
「感じのいい人だったわね」
助手席の母がぽつりと言う。
「そうだね」
母の後ろ姿は楽しそうだった。
父も「礼儀正しい青年だったな」と珍しく一言付け加える。
「……そうだね」
紗奈は小さく答える。
窓の外へ流れていく景色を見つめる。
豊島悠人という名前が、はっきり頭に残っていた。
夜。
入浴を済ませ、髪を乾かし終える。
ベッドへ腰掛けながらスマホを充電器へ繋いだ。
今日はいろいろあった。
「豊島悠人さん、か」
口にすると少しだけ照れくさい。
名前を知っただけなのに、不思議なものだ。
布団へ潜り込み、照明を落とす。
静かな部屋。
眠気が少しずつ近づいてきた、その時だった。
視界の端に文字が浮かぶ。
【認識対象データを更新中】
「んぁ?」
半分眠りながら呟く。
文字は勝手に続いた。
【対象:豊島悠人】
【認識精度:上昇】
【情報蓄積により人物分析が解放されました】
「解放って……」
ゲームじゃないんだから。
そう思った瞬間、新しい表示が現れる。
【豊島悠人】
【第一印象:誠実】
【対人傾向:聞き役寄り】
【家族関係:良好】
【祖母との関係:良好】
【会話時緊張度:やや上昇】
「……ん?」
最後だけ気になった。
会話時緊張度。
誰の?私?豊島さん?
じっと見ていると補足が現れる。
【対象側データ推定】
【石村紗奈との会話時】
「えっ」
思わず身体を起こしかける。
【推定精度:低】
【参考程度】
【過信注意】
「……」
沈黙後。
枕へ顔を埋める。
「知らない……」
顔が熱い。からかわれた気分だ。
能力の推定だし。
そもそも話した回数なんて数えるほどしかない。
そう自分に言い聞かせる。
だが、施設で見た穏やかな笑顔。
「改めてよろしくお願いします」
そう言った声が不意に浮かぶ。
眠ろうとしても少しだけ落ち着かない。
すると最後に小さな文字が表示された。
【明日の遭遇確率:82%】
【通常通勤ルートに基づく予測です】
「それは高いなぁ……」
小さく笑う。そしてそのまま目を閉じた。
明日の朝。
少しだけ、駅へ向かうのが楽しみになっている自分に気付きながら。




