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白い花

 ねぇ……アイシテルって、言えばよかった?


 白い部屋、白い光、白いカーテン、白いシーツ。誰もいないこの部屋で、私は一人、ここにいたはずの誰かを探した。誰もいないって分かってるのに、探してしまう。それは、とても大切な人。


「ここに、いたのか」


 ドアの方から聞き慣れた声がして、私はそれを探すのをやめた。振り返ると、私よりも顔を青くした、晴輝の姿。探していた人と違って、私は思わずため息をつく。


「……俊輝じゃなくて、悪かったな」


 晴輝は小さく笑うと、部屋の中に入ってきた。私の隣に立ち、ベッドに手を伸ばす。


「さっきまで、笑ってたんだ。それなのに」


 どうして。消えた声が、私の中に入ってくる。どうして、どうして、どうして。どれだけ尋ねてみても、答えは白の中に埋もれてしまって。誰も、見つけられない。誰も探し当てることの出来ない、謎。


「お兄、ちゃん」


 小さく呟いた言葉に、晴輝は体を小さく震わせた。そして、小さく笑い出す。


「香月はいつもそう呼んでたな、俊輝のこと」

「晴輝……」

「で、俺は呼び捨てっと」


 晴輝はぐっと体を伸ばすと、風に揺れる白いカーテンを見つめた。私も晴輝に倣って、それを見つめる。

 本当に突然の出来事だった。心配はしていたけど、まさかそこまで深刻だったとは思わなかった。ほんの少し風邪をこじらせただけだって、お見舞いに来た時言ってたのに。

 ……でも。本当は心の奥で、気付いていたのかもしれない。きっとあの人も、晴輝も、二人の親も、みんな知ってた。最悪の未来が、そう遠くはないこと。

 だって、みんな、泣いていないから。涙を懸命に堪えて、あの人のささやかな願いを叶えようとしている、から。あぁ、私も泣いてはいけないんだって。

 そう思って、誰もいない部屋を見つめている。


「……なんで、俺が俊輝じゃなかったのかな」


 どれくらい、静かな時間が過ぎただろう。沈黙を破ったのは、晴輝だった。


「不謹慎だって、俺も分かってる。でも、何処かで喜んでる自分がいるんだ」


 一番の親友で、一番のライバルが、ここからいなくなったこと。知りたくない、感じたくない、事実。顔を歪ませる晴輝を見ていられなくて、私は再びカーテンの向こうに視線を移した。


「やっと、俊輝に勝ったって。だけど、やっぱり俊輝には負けてしまってる」


 晴輝との間に、小さな風が生まれる。晴輝が離れたことによって起こった風だと、気付くまでに少し時間がかかった。振り返った時には、もう晴輝はドアの外。


「……香月が、ずっと好きだった。でも、やっぱり俊輝は全部持って行ったんだな」


 俺の勝利も、香月の心も。そう言葉を残して、晴輝は部屋から出て行った。

 ……きっと誰よりも辛く、誰よりも後悔してるんだと思う。一番近くにいたから。いつも、あの人の背中を見ていたから。

 私は、ベッドに腰を下ろした。皺一つなかった白いシーツが波立つ。そっと撫でて、皺を伸ばしたが、波は一つも消えなかった。

 消えない、と分かっていても、私は手を止めなかった。止められなかった。溢れ出す涙を感じながら、私は手を動かし続けた。

 違うよ、違う。涙で言葉にならない想いを、シーツを撫でる手に込める。私の心を持って行ったのは、あの人じゃない。お兄ちゃんじゃない。

 私の心は、まだここに残ってる。行き場のない想いと一緒に、ここにいるの。あの人は失敗したのよ。だから、ここからいなくなったの。

 あの人が消えたのは、全部私のせい。あの人の微かな望みを拒んでしまった、私のせい。私がいなければ、あの人はまだここで笑っていた。

 あの人に初めての敗北を与えてしまったから、ここから消えてしまったのよ。……私が、あの人を消したの。

 ねぇ、知ってる?私が晴輝のこと、『お兄ちゃん』って決して呼ばなかった理由。晴輝が私のお兄ちゃんになってしまっては、ダメだったの。晴輝は晴輝じゃなきゃ、ダメだったの。

 今ここで、不謹慎なのは晴輝じゃなくて、私。いなくなってしまったあの人じゃなくて、あなたを想っているから。


 ねぇ、アイシテルって、言っていい?

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