ブルーデイズ
またあの季節がやってきた。
今はもう、鬱陶しいだけの季節。数年前まであんなに楽しみにしていたのに、今はもう嘘にしか思えない。何が楽しくて、あんなに待っていたのだろう。何が面白くて、あんなに笑っていたのだろう。
今のあたしには、全く分からない。もう十年も二十年も昔の話にしか、聞こえない。
そんな無駄なことを思いつつ、退屈な時間を持て余していた。本当はそんな暇なんてないんだけど。隣に積み上げられた宿題の山がそれを物語っている。でも、手に付かないモノは付かないんだから、仕方ない。夏休み最後の一週間、死に物狂いで課題を仕上げるのが目に見えているが、今は放置しておく。……楽しく無くても、貴重な休みだもの。そんな苦労しか見えないモノに手を伸ばせるほど、あたしはやる気を持っていない。要は仕上がればいいのだから。仕上がれば。
「にしても、暑いわ」
「さっきから、それしか言ってないよ?」
あたしが寝転ぶ隣で、せっせと課題を仕上げていたアイツが可笑しそうに言った。あたしはそれを無視して、起き上がる。アイツはシャーペンを動かす手を止めない。また一つ、また一つ空白が黒く埋まっていく。
「……良く出来るね、それ」
「そりゃ早く仕上げて、遊びたいし。一緒にやる?」
「うん……ちょっとだけ」
あたしはアイツの正面に座って、宿題の山から一冊の問題集を引き出した。なるべく簡単な課題が出るよう祈りつつ。でも、そんな甘いことを許して貰える訳も無く。
「うわっ、数学だよ」
見事に地獄の入口に来てしまった。よりによって一番分からない数学とは……確実にあたしに喧嘩を売っている。
「そういや数学苦手だったよな。教えてやるから、頑張れ」
何でも知っているような口を叩いて、何だか苛ついてくる。確かに苦手だけど、そうはっきり言われたらやる気が削がれるじゃん。てか、何でそんな偉そうなのよ。
「手、全く動いてないよ?」
「……っ!今考えてるのっ」
「へぇ……ってそれ、去年やったヤツじゃん。もう忘れた?」
「先週の授業さえ覚えてないヤツに聞かないでよ」
「あっそ。そこはさ……」
アイツはご丁寧にあたしの隣まで移動してきて、その問題の解説を始めた。結構分かりやすく説明してくれるから、この時間は好きなんだけど。……近い。近過ぎて、暑苦しい。もうちょっと離れてくれないかな、と思ってしまう。
「……って聞いてる?」
「聞いてない」
「折角説明してるのに、聞けよ」
んー、とやる気のない返事をすると、可笑しそうにアイツは笑った。そして、手が伸びてくる。
「……勉強できないんだけど」
「いいじゃん、少しくらい」
アイツはあたしの肩口に顔を埋めた。アイツの髪が首筋に振れて、痛い。その上、そこだけ無駄に暑くなる。
「暑いんだけど」
「大丈夫、大丈夫」
そう言って、腕に力を込めた。必然的にあたしはアイツの体と引っ付く。冬なら大歓迎だけど、今は鬱陶しい。暑い、溶けそうなくらい暑い。だけど。後少しと願ってしまう。でも、その願いは儚く消えていき。アイツはあたしを解放した。二人の間に、涼しい風が流れる。
「さて、課題さっさと終わらせよっか」
「ん」
あたしとアイツの距離は元通り。机の向こう側にアイツがいて、こちら側にあたしがいる。そんな微妙な距離が切なくて。手を止めたまま、アイツの後ろに見える青空を見つめた。
またあの季節が少しずつ過ぎていく。
鬱陶しくて、暑くて、蒸されそうで、地獄のような宿題が現れるこの季節があたしは嫌い。でも、思っているよりは好きかもしれない。
……アイツが甘えるような仕草を見せるから。




