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フロレアの架け橋  作者: 小石 凜


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第2話「ミエラの日」1/4

第2話開始です!

 教室には、いつもと違う空気が流れていた。

 普段は鞄を投げ合って遊んでいる六歳、七歳の生徒も、今日は大人しく鞄を机の横に置き、隣の子と話すだけに留まっている。

 いつもは、授業が始まるギリギリまで教室の隅で立って話している十二歳の女子二人組も、今日は既に着席していた。

 「教師の家」の息子ノエルは、教室のそんな雰囲気を見て、一言漏らす。

「いいもんだよな。おれなんか毎日、授業参観みたいなもんだぞ」


 引き戸をがらがらと開けて、ノイス先生が入ってくる。しっかり着席した生徒たちを見て、笑いをこらえるような顔になるが、すぐに、教室の向かいにいる「保護者たち」と目を合わせた。

「皆さん、忙しい中ありがとうございます。今日はみんなの、「いつも通りの」姿を見て、お子さんたちの成長を感じてくださいね。ねーみんな、いつも通りにねー」

にやにやと生徒たちを見下ろす先生に、つい笑い出してしまう六歳の生徒と、余計なこと言うな、と睨む十二歳の生徒。

 年に二度開かれる「授業参観の日」が、始まろうとしていた。


 一時間目は算数だった。

 最初にノイス先生が、図形の面積について授業をし、その後はいくつかのチームに分かれた。

自分の問題を演習しながら、中級生に簡単な問題を教える上級生。

 上級生に教えてもらいながら自分の問題を解き、下級生にも教える中級生。

 簡単な足し算の問題を、中級生たちと一緒に解く下級生。

 教室は生徒たちが教え合う声で賑やかさを取り戻したが、そこにもまだ、非日常的な緊張感は残っていた。

 ライムたち十一歳の学年は、自分の問題を解いた後、十歳、九歳の生徒に問題を教える係だ。

 「さーて、どこまでできたかな?」

 ライムがいつも教えているのは、十歳学年の女子、エイルだ。

 ライムは算数が得意だった。

 計算も、図形的な問題も、公式の意味をすらすらと理解して問題を解くことができた。一つ上の学年の子たちが解いている問題も、少し見るだけでできてしまうので、算数では上級生たちにも頼られているほどだ。

 ライムはエイルの問題用紙を見て、どこまで書けているか確認する。

 しかしエイルの問題用紙はほぼ白紙だった。

 どうやら、後ろのある二人が、気になって仕方ないらしい。

 「リリーの家も来るんだ、授業参観……」

 エイルは呟いた。

 エイルは去年、海の街マレアから、一家ごとソレアに引っ越してきた転校生だ。妖精であるリリーの両親を見るのは、今日が初めてらしい。

 当然ではある。妖精が人里に降りてくるなど、よほどのことがなければあり得ないことなのだから。毎日この学校に通っているリリーも、その授業参観に来てしまう両親も、例外中の例外だ。

 妖精がどういうコミュニティを築いているのか分からないが、そこで何か言われていないのか、気になってしまう。

 しかしライムはそこまでは言わず、もう一つ、彼らを見るたびに思うことを言った。

「意外でしょ。やっぱり綺麗だよねー、流石リリーのお父さんお母さん」

 毎度、初めて見るかのようにうっとりしてしまう。

 リリーの美しい水色の髪は、母譲りのようだ。そして大きく、ただ少し鋭いところのある目は、父譲りのように見える。

 両親ともに、見惚れるような美形だ。二人がいるところだけを切り取れば、この素朴な教室が背景だとしても、立派な絵画にできるに違いない。

 そしてリリーは、二人の美しさを見事なバランスで配合した、完璧な美貌の持ち主だ。

 ライムが後ろを見ながらそんなことを思っていると、リリーの両親の隣にいる、自分の父と目が合ってしまう。

「いっけない」

 ライムは父の目線に咎める色を感じる前にさっと視線を逸らし、ぺろっと舌を出して、エイルに向き直った。

「よし、まずは問題に集中集中!」


 ライムはエイルに問題を教えながらも、さっき見た後ろの保護者たちの光景を、頭の片隅で思い返していた。

 そこにいたのはほとんどが母親だった。リリーのように両親で来ているところは珍しくなかったが、父親が一人で来ている家はほとんどなかった。

 ライムの家には母親がいない。

 五年前、病気で亡くなってしまったのだ。

 当時、ライムは六歳だった。

 それ以来、ライムは父と二人で暮らしている。不自由はしていない。むしろ、商人として様々な土地を巡り、面白い土産話を聞かせてくれる父は、ライムの自慢だ。

 それに、ライムは悲しいときや寂しいとき、決まって父に甘えている。父はいつも、大きな腕でそれを受け入れてくれる。

 ライムは時々、思うことがある。

 私が寂しいときは、お父さんに甘えられる。だからお母さんがいなくても、私はひとりじゃない。

 でも、お父さんはどうなんだろう。

 お父さんは寂しいとき、誰かに甘えることができているのだろうか。

「ライムちゃん、ライムちゃん」

 エイルが自分を呼ぶ声で、ライムははっと物思いから算数の授業に帰ってきた。

「ライムちゃんってよくぼーっとするよね」

 エイルはませた笑顔を見せると、

「ここがわかんないの」

と、自分の問題用紙を指差した。

「あーごめんごめん、ここはね……」

 教えていると、あっという間に算数の時間は終わりになった。


「あ~緊張した。もう授業参観は当分いいわ」

 ぞろぞろ帰っていく保護者たちを見ながら、リリーが大きく伸びをした。

「リリーの親も来るんだーって、さっきエイルがびっくりしてたよ」

 ライムが言うと、

「ほんとに、こういうときだけ来るんだから。いいって言ってるのに」

 リリーがうんざりした顔をする。「うんざりした顔」の理想形で。

「そういえばさっきノエルに聞いて思い出したんだけど、明日、調理の授業があるから、エプロンが要るね」

 リリーに言われて、ライムも初めて思い出した。

「そうだった。クッキーを作るんだっけ?」

「あんまり詳しく説明されてないけど、ノイス先生は確かに先週そう言ってたわね。ノエルに言われて思い出したけど……。なんかあいつ、やけに楽しみそうにしてた」

 それはまた珍しい。いつもすかした感じのノエルが、何かを楽しみそうにしているなんてところが、ライムには想像できなかった。

「まああいつがウキウキしてるのは、どうでもいいけど、クッキー作りは楽しみだね」

「ね。あのノエルがウキウキしてるんだから、きっと何かあるのよ」

「何かって?」

「分からないけど」

 リリーは軽く手を振って自分の席に戻り、ライムも次の授業の教科書を出した。

 次は国語だ。保護者が帰って緊張から解放された中での国語。

 ライムは大きなあくびをした。

 とてもだが、集中できそうにない。

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