第1話「妖精の祭り」3/3
翌日、教室はリリーのことでもちきりだった。
美しかった、踊りも上手だったと口々に褒められ、照れて少し小さくなるリリーを、隣でライムがにやにやしながら小突いている。
華やぐ教室の中でもう一つ、こんな噂も、教室の中でまことしやかに広がっていた。
「王子の顔見た?ぽーっとして!絶対リリーに惚れたよ、間違いない」
「ちょっとお~!いよいよソレアからも王妃様が出ちゃうー?」
一つ年上のクラスメイトたちは、リリーから離れたところで固まって、わいわいとその話題で盛り上がっている。
ソレアの学校は一つで、クラスは学年ごとには分かれていない。
言葉を学ぶ国語、計算を覚える算数、国の成り立ちや世界について学ぶ社会の三つが基礎科目だ。その他は、この学校の教師であるノイス先生が、村長や他住民の意見も広く取り入れながら、美術、体育、図工、職業体験等を、そのとき学校にいる子どもたちに合うものを柔軟に考えながら組み立てている。
子どもたちは、六歳から十二歳まで、この学校に通う。十三歳からは、それぞれの家で任されている仕事に就くのが基本だ。授業は一律で同じことを学ぶというよりは、先生が上級生に分かるように教え、上級生が下級生に教えながら自分の学習を進める、という形のものが多い。
学びは教えることで定着する、というのがノイス先生の考え方だった。
ノイス先生は村中から信頼される教師だ。城下町の学校に進み、教育のみならず、あらゆる方面についての学識を持って帰ってきた。「楽しみながら学ぶ」ことを大切にしている彼の授業は、網羅性が高いだけでなく面白おかしいところが多いので、初めは気怠そうな子どもたちも、いつの間に目を輝かせて授業に夢中になっている。
また彼は子どものみならず、各職業に特化した学びも得て、大人に向けても時々個別で授業を開く。農耕の家には栄養学を、宿屋兼食堂の家には食品衛生学や経営学を。そして必要ならば、その住民に合った講習が開かれる日に、城下町まで同行したりもするのだ。
彼がもたらしたものは、子どもの学習意欲だけでなく、ソレアで営まれる各産業の発展でもあった。
がらがらと音を立てて、教室の引き戸が開く。先生かと思い、生徒たちは一斉に扉の方を見たり、机に座っていたのがばれないように慌てて飛び降りたりしていた。
しかし入ってきたのは先生ではなく、その息子のノエルだった。
「なんだお前かよ」
一瞬緊張した教室の雰囲気はふわりと緩み、生徒たちはまた各々の会話に戻った。
「お前かよって」
ノエルは少しふてくされたようにしながら歩き、リリーの周りの人だかりの近くにある自分の席に座った。
「よ」
片手を挙げて軽い挨拶をしてくるノエルに、ライムは「よ」と同じように返した。
(昨日の指輪……の話はいいや)
商人の魂でその話題を押し込め、ライムはリリー達との会話に戻った。
ほどなくしてノイス先生もやってきて、生徒たちは席に座る。
「えー、一時間目は国語の予定、でしたが……」
生徒たちがざわつく。
ノイス先生はその様子を見て、にやっと笑った。生徒たちのざわめきに期待が混じる。先生がこういう笑い方をするときは、何かしら自分たちにとって嬉しいサプライズが起こるときだと、生徒たちは知っているのだ。
「みんな、お祭りの後の余韻でそれどころじゃなさそう……なのと、大人達がちょっと大変そうなので、一時間目はお祭りの後の片づけ手伝いとします!」
「え~!国語より大変じゃーん」
「国語よりマシだろ!よっしゃー!」
「六歳、七歳組はランプの回収、八歳、九歳組はごみを焼却所に運ぶ、十歳から十二歳組は舞台の解体を手伝うようにー!」
ノイス先生は手早く指示をして、はい、行った行ったと生徒たちを教室の外に誘導した。
ライム達が舞台の方へ行くと、解体は半分ほど終わっていた。見ると、レオが半袖を肩までまくって、木材を運んでいる。
「レオー!」
ライムとリリーはレオの元に走り寄る。
「一時間目がなくなって、私たちはここの手伝いになったの」
リリーが嬉しそうに報告する。昨日は下ろしていた髪を、今日は頭の上の方で一つくくりにしていた。
「通りで、学校からわらわらと子どもたちが湧いてきたと思った」
レオは「そんなら早速」と、肩にかついでいた木材をライムとリリーの肩にどんと架けた。
「お、重っ」
「いきなりこの重さっ」
あたふたする年下の友人二人を見て、あっはっは、とレオは腰に手を当てて豪快に笑った。
「未来の商人さん?妖精さん?こんなもん一つ持てないんじゃ、何にもなれないぞー」
「も、持てるよっ!ねっリリー?」
「持てる!持てるわっ!」
よいしょー!とライムが掛け声を上げると、二人は歩調を揃えて焼却炉の方へ向かい始めた。
「元気だなー、ほんと」
レオは額の汗を腕でぐっと拭って、次に解体された木材をひょいと肩で担いで、二人の後を少し後ろから歩く。
(あー、楽しかったな)
あの踊りの後、三人は合流し、食堂のおばさんの絶品クッキーを頬張りながら、宿屋のおじさんの楽器に合わせて歌を歌った。ライムが服にミルクをこぼしたり、リリーが衣装の裾を少し破いてしまって、そこを通りがかった村長にこっぴどく怒られたり、いつも通り散々だったが、レオは心から楽しかった。
(ずっとこんな感じで生きてけたらいいな)
ずっと。
学生を終え、家の仕事である牧畜を始めた辺りから、レオは当たり前のようにあると思っていたそれを、時々どこか切なく思うようになっていたのだった。
ずっととは、いつまでだろう。
前ではしゃぐ親友二人を見ながら、レオは少し目を閉じ、木材が人にぶつからないように、すぐに目を開いて前を向いた。
第1話終了です!




