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第9話 炊き出しはドラゴンステーキ!?

 街を揺るがした大災厄から一夜明けたアスタータウンは鼻を突く焦げ臭さと、あちこちから立ち上る白い煙に包まれていた。

 だが、人々は絶望にひれ伏してはいなかった。崩落したギルドハウスや市場の周辺では朝早くから多くのNPCやプレイヤーが集まり、すでに復興の作業に取り掛かっている。


「おい、この巨大ながれき、そっちに動かせるか?」

「おう、任せとけ! 筋力特化の意地を見せてやる!」


 筋肉モリモリの前衛プレイヤーが太い腕で瓦礫を担ぎ上げ、別のプレイヤーが叫ぶ。


「私も手伝うわ! ――重力魔法グラヴィタス!」


 魔法によって重量を軽減された瓦礫が次々と片付けられていく。ゲームの仕様とはいえ、その逞しい復興の光景に俺は少しだけ救われる思いだった。


「ギルドハウス、見事に半壊しちゃいましたね……」


 俺がぽつりと言うと、隣で瓦礫の隙間に腰掛けているロメリアが、大袈裟に両手で顔を覆った。


「そうなのー! まだローンが35年分も残ってるのにぃぃ~~!」

「えっ、ギルドハウスってローン組んで建てるもんなんですか!?」

「うそうそ(笑) ペンさんったら、もしかして騙されやすいタイプー?」

「……からかわないでください」


 クスリと悪戯っぽく笑うロメリアを見てほっとする。


「というか、ロメリアさん、足は本当に大丈夫ですか?」

「んー、まだちょっとズキズキ痛むかなぁ。でもでも、ペンさんの美味しいご飯を食べたら一発で直っちゃうかも!」

「またまた、そんな冗談を……」

「それはどうかな~? ほらほら、期待しちゃうぞー」


 ロメリアは俺の腕を肘で「このこのー」と小突いてくる。

 そんな彼女の軽口に救われつつも、周囲を見渡せば、崩れた建物の陰で子供のNPCが「ママ……」と泣いていたり、「お腹すいたよ……」と力なく呟く声が聞こえてきた。


 その声を聞くたび、胃の底がずんと重くなる。


「……よし。ロメリアさん、俺、ちょっとガランさんのところに行ってきます。ここで安静にしていてくださいね」

「あ、うん。いってらっしゃい、ペンさん」


 俺は足早に食堂《黄金の鍋》へと向かった。

 店の正面は半壊し、まるで青空キッチンのようになってしまった厨房では、すでにガランと先輩料理人たちが額に汗を浮かべて巨大な鍋と格闘していた。


「ガランさん!」

「おう、坊主。いい所に――」

「ガランさん、街の人たちのために炊き出しをしましょう! 俺に手伝えることを何でも言ってください!」


 俺が勢いよく飛び込むと、ガランは驚いたように目を見開き、それからニヤリと笑った。


「……フン、坊主、考えることは同じだったな。だったらグズグズすんじゃねえ、そこの野菜を刻め!」

「はい!」


 俺たちはすぐに調理に取り掛かった。


 俺が担当したのは、大量の米に細かく刻んだ地鶏や乾燥キノコ、山草を混ぜ込んだ具沢山の炊き込みご飯。それを手早く、均一な大きさのおにぎりへと握っていく。

 同時に、ガランが大鍋でオーク豚汁を仕込む。ゴロゴロとした根菜類を放り込むたび、味噌の焦げるような香ばしい匂いが厨房いっぱいに立ちこめ、白い湯気が疲れた顔の先輩料理人たちの頬をじんわりと湿らせていく。


 出来上がった料理は、ボランティアのNPCたちの手によって次々と避難所へと運ばれていく。

 俺は裏方作業に徹していたため、実際に食べている人たちの顔は直接見えなかった。それでも、みるみる空になっていく寸胴鍋の底を覗くたび、口元が勝手に緩んだ。

 その時だった。


「おーい、ガランのおっちゃん。生きてるか?」


 ずしん、と厨房の床が大きく揺れた。

 現れたのは、昨日、あの巨大な竜を一撃で葬り去った銀髪の女プレイヤー。彼女は自分の背丈ほどもある巨大な赤黒い肉の塊を肩に担ぎ、それを調理台へ豪快に叩きつけたのだ。


「これ、仕留めたドラゴンの肉だ。街の連中に肉でも食わせてやんな」

「なっ……!?」


 俺は思わずその肉を【食材鑑定】した。


【バサルトドラゴンロードの胸肉】

 食材分類:竜肉

 品質:★★★★★

 ※効果:超高温の溶岩地帯に生息する竜王の肉。滅多に市場に出回らない稀少種。

 適正調理:ステーキ、ロースト、炙り。


「ほう、バサルトドラゴンの肉か……!」ガランが肉の断面を見つめ、それから俺の肩を強く叩いた。「坊主。これはお前が焼け」

「えっ!? 俺がですか? でも、こんな貴重な肉……」

「竜の肉なんざ俺も初めてだ。だが、お前にはいい眼がある。素材の性質を見極められるお前に任せた方が、美味い肉になる。――お前の腕を信じるぞ、坊主」

「……! 分かりました、やります!」


 俺は深く息を吸い、包丁を握り直した。

 包丁の刃先がドラゴンの肉に触れた瞬間、指先から脳へと、かつてない戦慄が駆け抜けた。


(……なんだ、この手応えは……!)


 まな板の上で、深紅の肉塊が妖しくテカりと生々しい水分を帯びて鎮座している。

 刃を押し当てると、まるで生きているかのように、ぶ厚い肉の繊維が強靭な弾力で包丁の鋼をグッと力強く押し返してきた。並の包丁筋なら、刃先が滑って自切しかねないほどの野性味あふれる抵抗。


 ごくり、と唾を飲み込み、じっと肉を見つめると、魔力を帯びてうっすらと発光する極上の脂の層と、複雑に絡み合う赤身の繊維の走るグラデーションがスローモーションのように見えてきた。


(ここだ――ここがこの肉の合わせ目だ)


 息を止め、刃先を滑り込ませる。

 ――サクッ。

 心地よい手応えの音と共に、強固だったドラゴンの肉が、自ら道を開くように美しく割れていく。

 刃が沈むたびに、断面から透明な、ほんのりと熱を孕んだ肉汁がじわりと滲み出し、まな板を濡らした。


 俺は【解体】の技術を頭ではなく、指先の細胞すべてで再現しながら、厚さ三センチ、狂いのない完璧な均一さで、その極上のステーキ肉を一枚ずつ、丁寧に切り分けていった。


 十分に熱した鉄板に、切り分けた肉をそっと滑らせた、その瞬間――。


 バチバチバチッ、ジュワァァァァァァァァ!!!


 耳をつんざくような、凄まじい脂の爆音が厨房に鳴り響いた。

 鉄板の猛烈な熱を吸い上げた深紅の肉が、キュッと音を立てて激しく縮み上がる。それと同時に、肉の表面に細かな気泡のような透明な肉汁がブツブツと浮き上がり、鉄板へと勢いよく溢れ出していく。


(……すごい。脂が、生きて爆ぜているみたいだ!)


 鉄板に触れた端から、肉のテカリが黄金色の美しいコーティングへと変化していく。

 立ち上る香りは、ただの肉の焼ける匂いではなかった。

 極限まで熱せられた上質の脂が焦げる甘やかで香ばしい薫香。そこに重なる、覇王たる竜肉だけが持つ、野性味を孕んだ特有の濃厚な獣臭。二つの匂いが複雑に入り混じり、グラデーションとなって鼻腔を強烈に支配する。


 俺は最高のタイミングを見計らい、高い位置から岩塩をハラハラと振り落とした。


 その瞬間、獣臭の輪郭がキュッと一瞬で引き締まり、肉本来の荒々しい旨味の香りへと一気に昇華される。

 その暴力的なまでに美味そうな香りの濁流は、遮るもののない半壊した厨房の外へと瞬時に駆け抜け、風に乗ってアスタータウンの隅々まで広がっていった。


「……っ!」


 広場で作業していたNPCやプレイヤーたちの手が、一斉に止まる。誰もが喉を鳴らし、その場に釘付けになっていた。


「おいおい、なんて腹の減る匂いさせやがるんだ……」


 ガランすらも感嘆の息を漏らす。

 俺は肉汁を表面にスプーンで回しかけながら、じっくりと中まで熱を通し、完璧な焼き加減で皿に盛り付けた。


【ドラゴンステーキ】(品質★★★★☆)

 ※特殊効果:【筋力上昇(中)】【疲労軽減】【自然回復速度上昇(大)】が60分間付与。


 焼き上がったステーキが次々と運ばれていく。人々が貪るように肉を口にし、その圧倒的な旨味とエネルギーに顔を輝かせるのが遠目に見えた。


「はぁ……これでうちの貯蔵食材は完全赤字だ」

 ガランが額の汗を拭いながら呟く。

「でも、ガランさん。なんだか凄く嬉しそうですね」

「フン、当たり前だろ。料理人が人を腹一杯にして何が悪えんだよ」

 ガランは得意げに鼻を鳴らした。

 避難所への配給が落ち着いた頃、俺は一枚のお皿を持ってロメリアの元へと戻った。


「ロメリアさん。できましたよ」

「えっ? わあ……!」


 差し出された皿の上には、外側は香ばしく焼け目がつき、中心は美しいレアの赤身を残したドラゴンステーキ。


「これ、街を襲ったドラゴンのお肉です。足の痛みに効くバフも付いてますから、食べてみてください」

「いただきまーす!」


 ロメリアは小さくカットされた肉を口に運んだ。前歯を押し返すような力強い弾力、噛み締めた瞬間にブツブツと溢れる熱い肉汁。


「――っ! おいしい……!! すっごく濃厚なのに、全然しつこくない!」

 ロメリアの瞳にジワリと涙が浮かぶ。

「やっぱり、ペンさんの料理を食べると元気が出るなぁ」

「良かったです。約束、守れましたね」


 俺が微笑むと、ロメリアも満面の笑みを返してくれた。

 戦えなくても、世界を救う英雄になれなくてもいい。空になった皿を受け取りながら、俺はロメリアの隣で、柄にもなく長いこと笑っていた。


【フラミス】アスタータウン復旧スレ Part1


 0012:名無しのバーバリアン

 ドラゴンの被害マジでエグかったな……。ギルドハウス倒壊してて笑えんわ。


 0013:名無しのバーバリアン

 でさ、避難所で配られてた炊き出し食った奴いる?

 あのおにぎりとオーク豚汁、めちゃくちゃ美味くなかったか? どこが出してたんだろ。


 0014:筋肉のバーバリアン

 あー、それな! NPCがどっかから運んできてたけど、調理してる奴の姿は見えんかった。

 ホッとする味っていうか、ゲーム飯とは思えないくらい出汁が効いてたわ。


 0015:名無しのバーバリアン

 てか、途中から追加で配られ始めた『ドラゴンのステーキ』がマジで頭おかしいレベルの美味さだったんだが。


 0016:筋肉のバーバリアン

 それ!!! 食った瞬間、身体がめちゃくちゃ軽くなって、【筋力上昇】と【疲労軽減】のバフがついた! お陰で瓦礫撤去の作業効率が3倍くらいになったわwww


 0017:名無しのバーバリアン

 え、ドラゴンって食えるんかよwww 誰だよ最初にあの化け物焼こうって言い出した狂人はwww


 0018:名無しのバーバリアン

 どうやら街のNPC料理人の奴らが裏で仕込んでたらしいぞ。


 0019:名無しのバーバリアン

 やることが男前すぎるな。


 0020:名無しのバーバリアン

 あのステーキ、復興後もどこかで売ってくれないかなぁ。また食いたいわ。


 0021:プロのバーバリアン

 ちなみに街の自動修復はされないっぽいな。

 運営の公式告知で『過剰なシステム介入はせず、世界の変化はプレイヤーとNPCの行動に委ねる』って書いてあった。今回の暴走の不具合お詫びでフラグは配られたけど。


 0022:筋肉のバーバリアン

 マジか、じゃあみんなでこの街直すしかねえんだな。

 よし、モチベ上がってきたわ。あの美味いドラゴンステーキパワーで、今日も瓦礫拾い行ってくるわ!

ドラゴンのお肉の調理、おいしそうに書けてますか?

食レポはまたの機会に……。

お腹空いてきたら☆を貰えるとうれしいです!

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