第10話 修理費五千万フラグ
「やっぱり……ダメかぁ……」
アスタータウンの片隅、半壊した料理人ギルドの前に、ぽつりと力のない声が響いた。
正面入り口には太いロープが張られ、『立入禁止』と書かれた木札が虚しく下がっている。その手前で、ロメリアが頼りなげに一枚の羊皮紙を抱え、深いため息を漏らしていた。
「ロメリアさん、それって……」
「あ、ペンさん……。これね、ギルドの修復に必要なお見積書」
手渡された羊皮紙を覗き込み、俺はそこに並ぶゼロの羅列に目を疑った。
修復費総額:50,000,000フラグ
「ご、ごせんまん!?」
あまりの天文学的数字に、喉の奥が引き攣る。
思わず自分のメニュー画面を開き、所持金欄を確認した。
所持金:10,000フラグ。
不具合の補填。昨日まで一文無しだった俺にとっては大金のはずだが、五千万という絶望の壁の前では、砂浜の砂一粒に等しい。
「おいおい、景気のいい声を出してやがるな、坊主」
不意に、背後から野太い声がした。振り返ると、腕を組んだガランが、険しい顔で見積書を覗き込んでいた。
「ガランさん……」
「ほう、五千万フラグか。まぁ気にすんな、坊主。お前がうちの店で死ぬ気で……そうだな、三百年くらい働けば返せる金額だぞ」
「三百年ってもう生きてませんよ!!」
俺がとっさにツッコミを入れると、ロメリアがププッと小さく吹き出し、ガランもニヤリと不敵に笑った。
少しだけ張り詰めていた空気が和らぐ。だが、ロメリアはすぐにいつもの眩しい笑顔を作り直すと、気丈に胸を張った。
「ま、まあ、受付なら青空の下でもできるし! 椅子と机さえあれば、私はまた最初から勧誘活動頑張るから! 平気平気!」
明るく振る舞うロメリア。けれど、見積書を握りしめる彼女の指先は、白くなるほどに微かに震えていた。
誰もいない過疎ギルドで、それでも毎日窓口に座り続けてきた背中を、俺は知っている。かけるべき言葉が、見つからなかった。
その日の《黄金の鍋》の営業は、屋根のない青空食堂状態で行われた。
崩落を免れた厨房の片隅で火を起こし、瓦礫の片付けに追われる復旧作業員たちに向けてひたすら料理を提供し続ける。
「はいよ、今日の分の給金だ。受け取りな」
営業終了後、ガランから手渡されたのは500フラグだった。
俺は「ありがとうございます」と頭を下げて受け取った。
……だが。
帰り道、夕闇に沈む街路を歩きながら、俺は掌の硬貨を見つめていた。
頭の中で、冷徹な算盤が弾かれ始める。
今日の給金は、500フラグ。
料理人ギルドの修復費は、5,000万フラグ。
5,000万を、500で割る。
(……100,000日)
一日も休まずに、毎日働いたとして。
一年は365日。それを割ると……約274年。
「……無理だ」
乾いた呟きが口から漏れた。
握った硬貨の重みが、急に冷たく感じられた。
「どうすればいい……?」
周囲を見渡す。
半壊した街の中、即席のテントで温かいスープを啜る復興プレイヤーたち。
ドラゴンステーキを口にした瞬間、驚き、活力をみなぎらせ、笑顔になっていた人々の顔。
あの表情を、もう一度作れないだろうか。
店で働くだけじゃない、料理人として生きる方法。
「料理で、稼ぐ……」
【フラミス】ギルド復興スレ Part1
0211:名無しのバーバリアン
ちょっと待て、所属ギルドの修復費見積もりが出たんだけどエグすぎるwww
0212:名無しのバーバリアン
俺も剣士ギルドにちょっと寄付したけど焼け石に水だった。全体の1%にも満たねえ。
0213:名無しのバーバリアン
これって実質、運営が用意したサーバー共同の大型復旧イベントなんじゃね?
0214:名無しのバーバリアン
だとしても作り込みがガチすぎるだろ。NPCが普通に絶望してて心が痛むわ。
0215:名無しのバーバリアン
これ、人が少ない過疎ギルドとかマジで復旧不可能じゃね? 終わったな。
0216:鍛冶師のバーバリアン
それがさ、うちの鍛冶ギルドなんだけど、一人の超大口寄付であっさり修復ノルマ達成してて草。
0217:名無しのバーバリアン
えぐwwwwww
0218:名無しのバーバリアン
おい誰だよその石油王www
0219:名無しのバーバリアン
ドラゴンスミスじゃね?
0220:名無しのバーバリアン
あのレイドボス一撃で倒した酒臭い鍛冶師か!
確かにあいつの作る武器の取引相場、一桁違うって噂だしな……。
0221:名無しのバーバリアン
なんで生産職がそんな金持ってんだ。夢あるな。
それに比べてうちの錬金術師ギルド、人少なすぎて絶望。だれか助けて。
0222:名無しのバーバリアン
てかさ、料理人ギルド詰んでない?
0223:名無しのバーバリアン
あそこもひといないもんなぁ。
0224:名無しのバーバリアン
復興の時、炊き出しで金とれば良かったのに。
0225:名無しのバーバリアン
それは、なんか違くないか。
0226:名無しのバーバリアン
いやーあのドラゴンステーキまた食いてえな、売ってくんないかなチラチラ。
0227:名無しのバーバリアン
料理人ここの掲示板見てたりしてねえかな。
ま、間に合った……!!
ちなみにお給金が600フラグから500フラグに減ったのはガランさんもピンチだからです。
なんたって青空食堂になっちゃいましたからね。炊き出しで散財もしましたし。
べ、別に筆者が計算苦手だから割り切りやすい500にしたとかではないんですからねッ!
次話は21時ごろに出せそうです!




