第11話 ドラゴンジャーキー
翌朝、俺はいつものように青空の覗く《黄金の鍋》へと出勤した。
調理場に向かおうとすると、ガランから声をかけられる。
「おう、坊主。今日はお前に客が来てるぞ」
「え……俺に、ですか?」
一体誰だろうと首を傾げながら、ガランに案内されて奥の個室の扉を開けた。
そこにはガランが作ったであろう串焼きを片手に、テーブルに突っ伏して昼間から酒をあおる銀髪の女がいた。
「お! 主役の登場だ。キミも一杯どうだい?」
アルコールの匂いをプンプンと漂わせながら、彼女は飲みかけのアルミ缶をぐいぐいと俺の顔の前に押し付けてくる。
「い、いえ、俺はまだ未成年なので遠慮しておきます……」
「なんだぁ? うちの酒が呑めないのかぁあ?」
絡み酒気味の女に困惑していると、後ろから入ってきたガランが「まあ、そういじめんでやってくれや、お嬢」と不敵な面構えで割って入ってくれた。
「えーと……それで、俺に何かご用でしょうか?」
俺が尋ねると、彼女は机の上の空き缶を脇に退け、ずっしりとした重そうな布包みを取り出してテーブルの上に置いた。
結び目を解くと、中から現れたのはこの前、俺が調理したあの【バサルトドラゴンロードの肉】だった。
「これ、キミが美味そうに焼いてただろ? 保存が利いて、酒に最高に合うつまみを作ってほしいんだよね」
(保存が利く、酒のつまみ……)
突然の依頼に少し考え込む。
頭の片隅にかつて動画サイトで見たことのある本格ビーフジャーキーの作り方が浮かんできた。手間と時間はかかるが、この世界の設備なら再現できるかもしれない。
「ガランさん、お店の仕込みはどうしますか……?」
「気にするな、坊主。お嬢はうちの店の立派な太客だ。今日はそいつを最優先して、最高の料理を仕上げてやれ」
「……! はい、分かりました。やってみます!」
俺は腕をまくり、さっそく厨房へと入った。
まずは保存食のジャーキー作りからだ。
俺はまな板の上の【バサルトドラゴンロードの肉】をじっと見つめ、その繊維の走る極細のラインを見極める。包丁の刃先を慎重に当て、一気に引き下ろした。
――サク。サササッ。
驚くほど強靭な繊維が刃先をかすかに押し返すが、繊維をなだめるように滑らせると、肉は吸い付くようなテカリを帯びたまま、薄く均一なスライスへと姿を変えていく。切り分けた断面からは、ほんのりと熱を孕んだ透明な脂がにじみ出て、指先を湿らせた。
次に、この強烈な野生を飼い慣らすための特製漬け込み液を調合する。
深みのある濃厚な醤油をベースに注ぎ、そこへ琥珀色に輝くみりんのコクと、砂糖のまろやかな甘みを加える。さらに、すりおろしたばかりのにんにくと生姜を投入。その瞬間、ツンとした鮮烈な辛みと、食欲を暴力的にそそる薬味の香りが、醤油の香ばしさと混ざり合って鼻腔を刺した。
「おい、せっかくだ。これも入れな。美味い肉には美味い酒がよく馴染む」
横から彼女が、悪戯っぽくニヤリと笑いながら飲みかけの酒を差し出してきた。
「えっ、ああ……はい」と苦笑しつつ、目の前で缶を傾け、その黄金色の液体を数滴、調合液の中へと落とす。
ぽつん。
アルコール特有の揮発性の高いツンとした香りが、醤油とにんにくの香りに溶け込んだ。
不思議なことに、酒が入った瞬間、薬味の尖った角が取れ、まるで肉の旨味を何倍にも引き出すような、えも言われぬ芳醇な香りのグラデーションへと変化していく。
俺は厚手の密閉袋に薄切り肉をすべて投入し、この極上の調合液を注ぎ込んだ。
袋越しに手を添えると、肉の持つひんやりとした質感と、押し返すような独特の弾力が手のひらに伝わってくる。
(手の温度で、脂を少しずつ溶かすように……)
肉の繊維を壊さぬよう、指先で優しく、ゆっくりと揉み込んでいく。
揉むたびに、調合液の深い褐色が、ドラゴンの深紅の肉へとじわじわと染み込んでいくのが目に見えて分かった。揉み終える頃には、肉全体が調味料をたっぷりと吸い込み、艶やかな飴色を帯びて重みを増している。
(よし、これで一度冷蔵庫で寝かせて、味をじっくり芯まで染み込ませよう)
冷蔵庫の扉を閉め、俺は袋の輪郭を指先でひと撫でした。ここから先は、ただ待つしかない。
だが、ドラゴンの肉はまだ大量に余っている。
「……次は、ローストビーフの要領で作ってみるか」
俺は残った肉の塊に手を添えた。
ずっしりとした、命の重みそのもののような質量。包丁を垂直に下ろし、豪快に、かつ狂いのない正確さで長方形の美しい柱状へと切り分ける。
(まずは、肉の中に熱と味を行き渡らせる道を作る……)
手にしたフォークを肉の表面へと突き立てた。
ザクッ、プツッ、と強靭な肉の繊維が悲鳴をあげるような、確かな手応えが手のひらに伝わってくる。数箇所に穿たれた穴から、ドラゴンの血を含んだ真紅の肉汁がぷくりと小さな玉を結び、艶やかに光った。
そこに、握り拳ほどの純白の岩塩と、挽きたての粗挽き胡椒をたっぷりと振りかける。
手のひら全体を使い、肉の表面にスパイスをすり込んでいく。
ごし、ごし、と肉の弾力を確かめるように力を込める。
手の熱がじわりと伝わるにつれ、冷たく引き締まっていたドラゴンの脂がうっすらと溶け出し、結晶の粗い岩塩を包み込んで肉の奥へと消えていく。手のひらが、野生そのものの力強い脂でじっとりと濡れそぼった。
(よし、ここから一気に火を入れる!)
十分に熱した鉄板フライパンに薄く油を引く。
白煙がわずかに立ち上ったベストのタイミングで、スパイスにまみれた極厚の肉塊を、滑らせるように投入した。
ジィィィィィィィィ――!!!
鼓膜を直接震わせるような、凄まじい脂の爆音が厨房に鳴り響く。
鉄板の猛烈な熱に触れた瞬間、真紅の生肉がキュッと音を立てて激しく縮み上がった。
肉の表面から、透明な肉汁がブツブツと気泡のように浮き上がり、鉄板へと勢いよく溢れ出てはジュワジュワと蒸発していく。
トングで肉を掴み、ゴロゴロと転がしながら全面に焼き色をつけていく。
表面が熱で凝縮され、みるみるうちに香ばしい、深い焦げ茶色の鎧へと変化していく。そのテカリと、肉の隙間からじゅわっと絶え間なく湧き出しては弾ける肉汁の躍動感。
その瞬間、ドラゴンの上質な脂が熱せられて焦げる、脳の芯を直接揺さぶるような暴力的なまでの香ばしさと、竜肉特有の圧倒的な獣臭が混ざり合い、濃厚な匂いの津波となって、屋根のないオープンな店内へと一気に立ち上った。
「おい、なんだこの匂い……!? もしかしてドラゴンの肉か!?」
「あの復興の炊き出しのときのやつだろ! 匂いだけで一発で分かるぞ!」
「店長! 今日はドラゴンの肉のメニューがあるんすか!?」
たまらず客席のプレイヤーたちが厨房を覗き込んで声を上げてくる。
ガランはフンと鼻を鳴らし、豪快に笑った。
「悪いな、ドラゴンの肉は非売品だ! ――だが、どうしても食いたきゃ自分で肉を調達して持ってきな。坊主が調理してくれるから!」
ガランにポンポンと肩を叩かれ、俺は思わず照れ笑いを浮かべた。
「マジかよ! 新人の料理人君、ドラゴンを調理できるとか凄すぎだろ!」
「でも俺たちじゃ、そもそもドラゴンを狩るなんて逆立ちしても無理だな」
「それな。はー、それにしてもこの香りだけで白飯が何杯でもいけるわ!」
プレイヤーたちの賑やかな掛け合いを横目に、俺は手元の作業へ深く沈み込むように集中した。
トングで掴んだ、全面を香ばしい焦げ茶色の鎧で覆われたドラゴン肉。それをフライパンから引き上げ、あらかじめ広げておいたアルミホイルの上へと移す。
すぐさま、隙間なく二重に、ぴったりと力強く包み込んだ。
(よし、ここからは時間との勝負だ……)
ホイル越しにもドラゴンの肉が放つ獰猛な熱がじんわりと手のひらを焼く。
こうして密閉し、自らが持つ余熱を内側へとゆっくり対流させることで、強靭で硬くなりがちな竜肉の繊維を、芯からしっとりと、極限まで柔らかくほどけるような質感へと変化させていくのだ。
――。
街の復興の音を遠くに聞きながら、俺は冷蔵庫から漬け込んでおいたジャーキー用の肉を取り出す。
引き締まった漆黒の袋を開けると、醤油とにんにく、そして酒が混ざり合った発酵にも似た濃厚な香気がふわっと厨房を満たした。
肉は調味液を芯まで吸い込み、驚くほど艶やかな飴色に変化している。
それを一枚ずつまな板に並べ、清潔な布を押し当てた。
「すっ……」と布に吸い込まれていく余分な水分。何度も何度も、丁寧に表面を拭き取っていく。
濡れたテカリが消え、しっとりとした独特の質感が戻ったところで、粗挽きの黒胡椒を両面に容赦なく振りかけた。
「パチッ、パチッ」と乾いた音がして、肉の表面に黒い結晶がびっしりと張り付いていく。
(仕上げは、燻製だ)
厨房の奥に据えられた木製の燻製窯。その網の上に、等間隔に肉を並べる。
窯の底にチップを敷き詰め、静かに火を点けた。
じきに、燻された木特有の、甘酸っぱくも鼻の奥をくすぐる芳醇な煙がモクモクと立ち上り、庫内を真っ白に満たしていく。
パチパチ……と、時折チップが爆ぜるかすかな音が暗い窯の奥から聞こえる。
煙が肉の水分を奪い、代わりにその香りを肉の脂へと定着させていく。
俺は一時間おきに扉を開け、肉の表面にじわりとにじみ出てくる脂と水分の混ざり合った細かな泡を、布で根気強く拭き取っていった。
煙の濃密なベールに包まれたドラゴンの肉は時間を経るごとに、鮮やかな深紅から、深い深い琥珀色へと染まっていく。
肉の端が熱でわずかに反り返り、極限まで旨味が凝縮されていくのが視覚を通して生々しく伝わってきた。
数時間に及ぶすべての工程が静かに終わりを告げた。
俺の目の前には、言葉を失うほどの逸品が、二つ並んでいた。
一つは余分な水分が完全に抜け去り、漆黒の黒胡椒を纏って妖しく硬質に引き締まった『ドラゴンジャーキー』。
乾燥しているはずなのに、よく見るとその表面はドラゴンの上質な脂でしっとりと濡れ、琥珀色の光を跳ね返している。噛み締めた瞬間、前歯を押し返すような弾力のあとに、凝縮された旨味と、喉を焼くようなスパイシーな満足感がじわじわと溢れ出すのが容易に想像できた。
そしてもう一つ。
二重のアルミホイルをそっと解いた、『ローストドラゴン』だ。
密閉されていたホイルを開いた瞬間、閉じ込められていた肉汁が「じゅわっ」と決壊したように溢れ出し、まな板の上を瞬く間に濡らした。
包丁を入れ、ゆっくりとスライスする。
サクッ、と吸い込まれるように刃が沈む。切り分けた瞬間、現れたその断面は、言葉を失うほどに艶やかな極上のピンク色だった。
中心部に向かって、赤から薄桃色へと移り変わる完璧なグラデーション。その表面には、ブツブツと透明な肉汁が今も生きているかのように湧き上がり、テカテカと光り輝いている。
「ふぅ……できた」
俺は一歩下がって、自分の作った料理を眺め、深く息を吐き出した。
あとはこの最高の仕上がりを、個室で待ちくたびれているであろう依頼人に届けるだけだ。
【フラミス】サービス4日目 雑談スレ Part12
0143:名無しのバーバリアン
おい、今《黄金の鍋》に行ったら、厨房で新人の料理人プレイヤーがドラゴンの肉調理してたぞ!
0144:名無しのバーバリアン
ドラゴン肉って、あの昨日の炊き出しで配られた激やばバフのステーキ肉!?
まだ在庫あったんか!
0145:名無しのバーバリアン
てか俺がログインしてない数時間の間に街が崩壊してんだけど何これwww
0146:名無しのバーバリアン
>>0145
おっ、遅れてきた勢だな。バサルトドラゴンロードが街に襲来したんだよ。
今アスタータウンは全プレイヤー総出で絶賛復旧中だ。
0147:名無しのバーバリアン
マジか、俺一昨日ここにマイホーム買ったばっかなんだけど……最悪すぎる……。
0148:名無しのバーバリアン
その《黄金の鍋》ってどこにある店? 俺もドラゴン肉のバフ欲しいから食いに行きたい。
0149:名無しのバーバリアン
残念だけどドラゴン肉の料理は非売品らしい。
0150:名無しのバーバリアン
え、マジで? 店に行っても食えないの?
0151:名無しのバーバリアン
店長曰く「自分でドラゴン肉を調達して持ってくれば料理してやる」とのこと。
あの新人君が専属で持ち込み調理を受けてくれるらしいぞ。
0152:名無しのバーバリアン
でも肉を自前で用意ってレイドボス討伐が前提だろ? 一般プレイヤーには逆立ちしても無理ゲーだわwww
少し長くなりすぎてしまいました……。
日間22位ありがとうございます!
これからも美味しいご飯作っていきたいです!




