第6話 ロックボアの野菜スープ
朝靄の残る始まりの街の街路を俺は足早に駆け抜けていた。
《黄金の鍋》の前に着き、従業員用の勝手口を叩く。
「坊主、早かったな」
出迎えてくれたガランはすでにいつもの白い前掛けを身につけていた。その額には、早朝だというのにうっすらと汗が浮かんでいる。
「おはようございます! 今日からよろしくお願いします!」
「おう。よし、ちょっとついてきな」
案内されたのは昨日客席から遠巻きに眺めていた厨房の内部だ。
足を踏み入れた瞬間、熱気と様々な食材の香りが全身を包み込む。
(すごい……本格的だ!)
視界に飛び込んできたのは俺の背丈ほどもある巨大な寸胴鍋、整然と並ぶ無数の香辛料の棚、年季の入った肉専用のぶ厚いまな板、そして床に山積みにされた瑞々しい野菜の数々。
奥では先輩であるNPCの料理人たちが無言で黙々と手を動かし、すでに仕込みを始めていた。ゲームのシステムで自動生成される料理ではない、人の手によって作られるプロの現場の空気に、俺は胸が高鳴るのを抑えられなかった。
「感動してる暇はねえぞ、坊主。まずは雑用からだ。床の野菜を全部洗って皮を剥け」
「はい!」
割り当てられたのは地味で、けれど料理の基本となる作業だった。
冷たい水で土を洗い流し、それぞれの食材の特性を頭に叩き込んでいく。
【アスターオニオン】
食材分類:野菜
品質:★★★☆☆
※効果:アスター地方特産の、ずっしりと重い大ぶりの玉ねぎ。
【ホワイトポテト】
食材分類:野菜
品質:★★★☆☆
※効果:デンプン質が豊富で、煮崩れしにくい白いジャガイモ。
【グリーンキャロット】
食材分類:野菜
品質:★★☆☆☆
※効果:特有の青臭さはある緑色の人参。
泥を落としたホワイトポテトやグリーンキャロットの皮を剥き、さらには厨房の裏手から、ずっしりと重い【ロックボア肉】の塊を何度も往復して運び込む。
ゲームとはいえ、肉の重みも野菜のみずみずしさも本物だ。身体を動かして働くという実感が、心地よい疲労感となって腕に蓄積していく。
「よし、坊主。次はそこのアスターオニオンを全部刻め。スープの具材だ」
「分かりました!」
ガランに促され、俺はまな板の前に立った。
包丁を握り、アスターオニオンに刃を当てる。【解体】の精密な手際を、今度は大量の野菜に対して発揮していく。
トントントントントン――。
小気味よい一定のリズムが厨房に響く。均一な厚さ、乱れのない美しいスライス。
その手際を横目で見ていた先輩料理人の一人が、「おっ?」と小さく声を漏らした。
ガランは腕を組んだままフンと鼻を鳴らし、「……ふん、悪くねえ包丁筋だ。だが、スピードが足りねえぞ」と、厳しくも確かな評価を口にする。
その時、刻んだアスターオニオンの揮発成分が、ツンと鼻を抜けて目に染みた。
「あ……」
自然と、ボロボロと涙が溢れ出してくる。
視界が滲み、目元が熱い。それでも――こんな理由で泣くのは、生まれて初めてだった。
灰色のペーストを黙々とすくっていた朝の食卓が、遠くかすんで思い出される。あの頃は、目が染みることも、涙が出ることもなかった。俺は涙を袖で拭いながら、溢れる笑みを止められないまま包丁を動かし続けた。
俺が刻み終えた山のような野菜たちはガランの手によって、ぐつぐつと音を立てる巨大な寸胴鍋の中へと豪快に放り込まれた。
じっくりと煮込まれたロックボア肉から出た濃厚な出汁に、アスターオニオンとグリーンキャロットの甘みが溶け込んでいく。仕上げにガランさんが岩塩と数種類の香草リーフを放り込み、《黄金の鍋》の特製野菜スープが完成した。
やがて営業が始まり、店内はすぐにプレイヤーたちで満席になった。
「はいよ、お待ち! ロックボアの野菜スープだ!」
俺が刻んだ野菜が入ったスープが、次々と客席へと運ばれていく。
俺は厨房の隙間から、息を詰めるようにしてプレイヤーたちの反応を見つめた。
「ん? ……なぁ、今日のスープ、なんかいつもと味違くないか?」
「気のせいやろ。ここの味付けなんていつも同じや」
「いや、なんかこう……具材の大きさが揃ってて、めちゃくちゃ口当たりが良いっていうか、食べやすいんだよな」
「あー、言われてみれば、いつもよりスプーンが進むかもな」
劇的な大絶賛ではない。「なんとなく、いつもより良い」という、本当にわずかな変化。
けれど、その一言が届いた瞬間、俺は厨房の壁にもたれて、小さく拳を握っていた。
(俺が切った野菜を、誰かが美味しいって食べてくれている……)
ただの見習いの雑用かもしれない。けれど、その拳の中には、確かな熱がこもっていた。
怒涛の営業時間が終わり、静まり返った厨房で、ガランが再び革の小袋を差し出してきた。
「坊主、今日の分だ。受け取りな」
中を確認すると、昨日よりも色艶のいいコインが並んでいた。
「600フラグ……。あの、昨日より多いですが」
「今日の働きの分だ。仕込みを一部任せたんだから当然だろ。明日も寝坊するんじゃねえぞ」
「はい! ありがとうございました!」
ガランは不器用につむじを掻くと、すぐに明日の仕込みの確認へと戻っていった。
店を出て、夕闇に包まれた街路を歩きながらメニュー画面を開く。
所持金:1,000フラグ。
(1,000フラグ……貯まった)
昨日は皿を運ぶだけだった手が、今日は包丁を握って鍋の中身をひとつ作った。
「これで、次はお米が買える。それから……」
【フラミス】サービス3日目 攻略スレ Part3
0412:火力のバーバリアン
【急募】火山レイド@3、火力職頼む! 前衛は集まってるからとにかく削れる奴!
0413:名無しのバーバリアン
火山もうレイド動いてるんか、進捗早すぎ。ボス何?
0414:火力のバーバリアン
エリアボスのバサルトドラゴンロード。
取り巻きの雑魚も硬いし、何よりエリア自体の熱属性スリップダメージがエグすぎて前衛の消耗がマッハ。
0415:名無しのバーバリアン
火力ってどのくらいあればいい? 魔法使いレベル12だけどいける?
0416:火力のバーバリアン
生産職じゃなきゃ誰でも歓迎。あ、悪いけどテイマーだけはNGで。
あいつらのモンスター、ボスの範囲攻撃に巻き込まれて即死するし、図体がデカくて前衛の視界の邪魔すぎるわ。
0417:名無しのバーバリアン
テイマー弱くないだろ! 育成が進めば強いって公式に書いてあったぞ!
0418:名無しのバーバリアン
うわ、出たよテイマー擁護勢。現実見ろって、現状お荷物以外の何物でもない。
0419:名無しのバーバリアン
実際、自分で戦わずにペットに丸投げしてるからプレイヤースキル低い奴多いイメージ。
0420:名無しのバーバリアン
それなwww レイドに来るくらいなら大人しくソロで雑魚狩ってろよ。
0421:名無しのバーバリアン
バカにすんな! 私のプチフェンリルはちゃんと盾役できてる!
0422:名無しのバーバリアン
はいはい、雑魚テイマーはお家で大人しくミルクでも飲んでてくだちゃいね~^^
0423:名無しのバーバリアン
あああああああああああああ!!
0424:名無しのバーバリアン
まぁそれはそれとして、火山の熱スリップ対策ってマジでどうすんの? ヒーラーのMPが道中で枯渇するんだが。
0425:プロのバーバリアン
NPCの飯屋で売ってる『氷結スカッシュ』に、熱耐性バフがついてるらしいぞ。
0426:筋肉のバーバリアン
マジか! でもNPCの飯って地味に高えんだよな……。一回分のレイドで何本消費するんだよ。
0427:名無しのバーバリアン
これ、料理人プレイヤーが量産できるようになればワンチャン市場デカくなるんじゃね?
0428:名無しのバーバリアン
いや、そもそも料理人選んでる物好きが初日にいるわけないだろ。あいつら戦闘スキル壊滅してるし、火山まで辿り着く前に全滅するわ。
0429:名無しのバーバリアン
それもそうか。大人しくNPCから買い占めるわ。
氷結スカッシュ……。
さて、煽られたテイマーは何をするんでしょう……。
12時投稿とは別に21時にも投稿しようかと思います。




