表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/21

第5話 初めてのお仕事

「おっはよー! ペンさん!」


 翌朝、料理人ギルドの扉を開けると、昨日と変わらない弾けた声が俺を迎えてくれた。カウンターの奥からロメリアが身を乗り出し、小さな紙切れをひらひらと振っている。


「おはようございます、ロメリアさん」

「はいこれ! 昨日言ってたレストランの地図! 話は私の方でバッチリつけておいたから、あとは全力で頑張ってきてね、ペンさん!」

「ありがとうございます! いってきます!」


 受け取ったのはお世辞にも上手とは言えない手描きの地図だった。

 ――案の定、俺は始まりの街(アスタータウン)の入り組んだ路地で迷子になった。しかし、迷い込んだ市場の賑わいは目を飽きさせなかった。香ばしい小麦の匂いを漂わせるパン屋、じっくりと燻された肉の脂が食欲をそそる肉屋、泥のついた新鮮な野菜が並ぶ八百屋。世界が確かに食で満ちている。


 そんな料理の街の活気を感じながら、ようやく目的地へと辿り着いた。


 見上げた看板には、豪快に刻まれた大きな鍋のマーク。ここがロメリアに紹介された食堂──《黄金の鍋》。


「……よし」


 深呼吸をして木目の扉を押し開ける。

 その瞬間、ブワッと押し寄せてきたのは濃密な肉汁と煮込みスープの匂いの洪水だった。昼時の店内はプレイヤーやNPCで超満員。誰もが美味そうに皿を突っついている。


「おい、こっちのオーク肉の煮込みまだかよ!」

「はいよ、ちょっと待ちねえ!」


 給仕のNPCが忙しなく動き回る奥、厨房の熱気の中で、ひときわ巨大な影が動いていた。ぎらりと光るスキンヘッドに、丸太のような腕。

 厨房の強烈な熱気と大鍋を豪快に振るう男の迫力に気圧されながらも、俺は意を決して声をかけた。


「……あの、すみません」

「あ? なんや坊主、注文ならあっちの席に――」

「いえ、料理人ギルドのロメリアさんから紹介されて来ました、ペンタスです」


 男は手を止め、鋭い眼光で俺を上から下まで値踏みした。


「ああ、あの小娘の紹介か。俺はこの店の店主、ガランだ。話は聞いとる。ちょうど猫の手も借りたいくらいだ、坊主!」

 ガランは厨房から出てくると、俺の手にドスンと重い木皿を握らせた。

「ほら、3番テーブルに『オーク肉の厚切りグリル』だ! さっさと運べ!」

「は、はいっ!」


 そこからは、まさに戦場だった。

「次、5番にスープ!」「7番の皿下げちまいな!」

 厨房の奥から、ガランの怒号に近い指示が次々と飛ぶ。


 VRMMOとはいえ、料理が載った盆はしっかりと重く、湯気を立てるスープをこぼさないよう人混みを縫って歩くだけで、腕の付け根がじんわりと痺れてくる。最初はテーブルの番号を間違えて、客のプレイヤーから「おいおい、そっちは頼んでないぞ」と笑われることもあった。

 それでも、一皿一皿を丁寧に、決して料理をこぼさないよう集中して運び続けた。ガランは厨房の奥から、無言で俺の働きぶりを睨みつけるように見つめていた。


 ようやく波が引き、店内に静けさが戻ったのは足の感覚が怪しくなり始めた頃だった。


「坊主」

 ガランが俺の前に立ち、革の小袋を放り投げてきた。受け取ると、チャリンと小気味よい音が響く。

「今日の分の給金だ。400フラグ入っとる。初日にしちゃあ、よく食らいついてきたじゃねえか」

「400フラグ……! ありがとうございます!」


 初めてこの世界で、自分の労働によって稼いだお金だ。ずっしりとした重みが誇らしい。

 けれど、カウンターに腰掛けながら、俺は小さく息を吐いた。


(……料理、したかったな)

(やっぱり、最初は雑用からだよな)

 と自分を納得させて立ち上がろうとした──その時だった。


「おい、坊主。帰る前にちょっとこれやってみろ」


 ガランが調理台の上に、一匹の魚を置いた。昨日俺が釣ったのと同じ、活きのいい【リバーパーチ】だ。その傍らには、よく研がれた出刃包丁フィッシュナイフが置かれている。


「ロメリアの奴がな、『ペンさんの包丁捌きはガチだから!』ってうるさくてよ。見せてみろ」

「……分かりました」


 ゴクリ、と唾を飲み込む。

 俺は包丁の柄を握り、意識を集中させた。【解体コレクト】のスキルを発動すると同時に、世界がスローモーションのように静まる。


 チリ……と刃先が魚の鱗に触れた。そこから迷いなくエラ元へと刃を滑らせ、頭を落とす。刃が背骨の凹凸を綺麗になぞり、滑るように肉を切り裂いていく。


 スゥ……サクッ。


 流れるような三枚おろし。続いて皮の端を指で押さえ、包丁の腹を寝かせて一気に引く。銀色の皮が一切の身を残さずペラリと剥がれ、透明感のあるピンク色の身だけが調理台に残った。

 残った血合い骨を抜く手際も含め、時間にしてわずか数十秒。


「……ほう」


 ガランが、そのスキンヘッドを小さく揺らした。腕を組み、調理台の上の美しい身を見つめている。


「なるほどな。あの小娘が珍しく大騒ぎするわけだ。迷いがねえ、良い包丁筋だ」

 強面のガランの口元が、わずかに歪んだ。

「よし、合格だ。明日からはホールの合間に、厨房の仕込みも手伝え」

「え……? ほ、本当ですか!?」

「おう。その代わり、うちの厨房は楽じゃねえぞ。覚悟しとけ」

「はい! よろしくお願いします!」


 レストランを後にした俺の足取りは、驚くほど軽かった。

 夕暮れに染まるアスタータウンの通りを歩きながら、懐の小袋をそっと確かめる。


「400フラグ……」


 これだけあれば、市場で魚が4匹買える。いや、ロメリアが言っていたお米だって買えるかもしれない。


(明日からは、いよいよ厨房だ)


 どんな食材があるんだろう。どんな調理法を学べるんだろう。

 気づけば、鼻歌のような声が漏れていた。夕暮れの通りを、俺は駆け足に近い早足で歩いていた。


【フラミス】サービス2日目 雑談スレ Part2


 0123:名無しのバーバリアン

 今日、昼飯に黄金の鍋に行ったら、見慣れない新人の店員がいたわ。


 0124:名無しのバーバリアン

 あー、俺も見た!

 初期装備のままだからプレイヤーだよな? めっちゃ緊張した顔でスープ運んでて危なっかしかったわww


 0125:名無しのバーバリアン

 料理人の癖に厨房に入らせてもらえずホールやってんの、リアルで草。


 0126:名無しのバーバリアン

 あの店の店主のガランさん、見た目ヤクザだし怒鳴り声デカいからなー。あの新人、明日には心折れて辞めてそう。


 0127:名無しのバーバリアン

 でも、客にテーブル間違えて笑われても、腐らずに最後までちゃんと真面目に働いてたぞ。俺は心の中で応援したわ。


 0128:名有りのバーバリアン

 そういや料理人ギルドの受付ちゃん、今日も広場で料理人志望のプレイヤー探してたな。


 0129:名無しのバーバリアン

 通りかかったら「キミも料理に興味ある!?」ってめちゃくちゃ目キラキラさせて突撃してきて吹いたわwww 距離感バグりすぎだろ。


 0130:名無しのバーバリアン

 受付ちゃんの営業ノルマ説あるな。あそこ本当に誰もいないし。


 0131:筋肉のバーバリアン

 俺も声掛けられたけど、「すまん、大剣ぶん回したいから」って断ったわ。ちょっと悲しそうな顔されて罪悪感ヤバかった。


 0132:名無しのバーバリアン

 料理人とか現状だと趣味枠だし、効率悪いからしゃーない。


 0133:名無しのバーバリアン

 ……でもさ、あのゲームの飯、リアルより美味い時あるんだよな。黄金の鍋のオーク肉のグリル、マジで絶品だったわ。

手渡しでもらえるお給料、なんか……イイ!

ランクイン37位ありがとうございます!精進します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ