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第4話 川魚の刺身

「……え? 焼かないでどうするの?」


 不思議そうに小首を傾げるロメリアに、俺は決意を込めて言った。


「焼き魚も、美味しかったんですが……でも、この世界だからこそ、俺が一度も食べたことのないものを食べてみたくて」

「食べたことがないもの?」

「はい。――生で、いこうかなって」


 俺の言葉に、ロメリアは「な、生ーっ!?」と目を丸くして、竹籠の中で跳ねるリバーパーチを見つめた。


「だ、大丈夫かなぁ? お魚を生で食べるのって、色々とお腹が痛くなったりしそうだけど……」

「どうしても、挑戦してみたいんです!」


 強い目で見つめ返すと、ロメリアは「うう、ペンさんがそこまで言うなら……」と、心配そうにしながらも共同調理場の調理台を指差してくれた。


 調理台にリバーパーチを載せ、俺は【調理包丁キッチンナイフ】を構えた。

 イメージするのは、現実で穴が空くほど見つめていた、ネットの料理動画の手際だ。何度も、何度も脳内でシミュレーションした、包丁の軌道。


解体コレクト】のスキルを発動すると同時に、刃先を魚の首元へ滑り込ませる。


 スゥッ。


 驚くほど軽い手応えで刃が骨を感知した。そこから包丁を寝かせ、背骨に沿って一気に引き抜く。

 三枚おろし。続いて、皮の端を少しだけ剥ぎ、包丁の背で押さえるようにして一気に引いた。銀色に輝く皮がペラリと綺麗に剥がれ、内側から透明感のある淡いピンク色の身が姿を現す。

 最後に丁寧な手つきで、ピンセットのように包丁の先を使い、残った血合い骨を抜き去っていく。


「……え?」


 横でじっと見ていたロメリアが、呆然とした声を漏らした。


「え、ペンさん、お魚おろすの初めてなんだよね……?」

「はい。本物は初めて触りました」

「その手つき、全然初めてじゃないよ!? 迷いがなさすぎるっていうか、なんかちょっと怖いよ!?」

「あはは、動画で予習だけは完璧だったので」


 苦笑しながら、俺は綺麗なお造りになったリバーパーチの身を木皿の上に並べた。

 本当ならここに醤油とワサビがあれば最高だったのだけれど、今の俺はそんな気の利いた調味料を持っていない。初期支給の岩塩を指先でつまみ、ほんの少しだけパラパラと身に振りかけた。


(もし醤油があったらなぁ……。まぁ、それはこれからの楽しみにしよう)


「……よし」


 一切れ、箸でつまみ上げる。一切の熱を通していない、生の魚肉。


 躊躇なく、それを口の中へと放り込んだ。


 舌に触れた瞬間、ひんやりとした心地よい冷たさが広がる。

 噛み締めると、焼き魚のようなホロホロとした食感ではなく、むっちりとした心地よい抵抗感が歯を包み込んだ。

 川魚特有の、わずかな泥の匂いが鼻に抜ける――けれど、それは不快な生臭さではない。むしろ爽やかな清流の香りとして成立している。

 そして、噛めば噛むほど、白身からとろけるような濃厚な甘みと旨味がじわりと滲み出てきた。そこに岩塩の鋭い塩気が絡み合い、味の輪郭を鮮烈に際立たせる。


「美味しい……。これが、刺身……!」


 涙は流さなかった。けれど、じわじわとお腹の底から湧き上がるような、確かな感動が五感を満たしていく。


「うう、ペンさんがそんな顔して食べるから、私も食べたくなっちゃった……。一切れ、もらってもいい?」

「どうぞ。よく噛んで食べてみてください」


 ロメリアは恐る恐る、本当に大丈夫かなという顔で刺身を口に運んだ。

 そして、一口咀嚼した瞬間、彼女の細い眉が跳ね上がった。


「――っ!? んんんーっ!」

「どうですか?」

「美味しいっ! なにこれ、生なのに全然生臭くないし、すっごく甘い! ……え、待って、さっきの捌き方でこんなに変わるものなの?」


 バタバタと足を震わせ感動するロメリアを見ながら、俺は贅沢な味わいの余韻に浸っていた。


「……あぁ、米がほしいなぁ」

「コメ? お米なら、中央通りの商人ギルドの市場に普通に売ってるよ?」

「売ってるんですか! ……でも、お金がなぁ」


 俺は自分の空っぽの財布(0フラグ)を思い出して、はぁ、と息を吐いた。


「ペンさん、お金が貯まったら何に使うの? やっぱり強い武器とか、防具?」

「まさか。食べたいものが、この世界にはいっぱいあるんです。お米もそうだし、醤油とか……他のエリアのモンスターの肉とか、珍しい野菜とか」


 俺の答えを聞いたロメリアは意外そうな顔をした後、嬉しそうにふふっと笑った。


「あはは、ブレないねぇ! ……うーん、じゃあさ! 街の大きめの食堂で、ちょっとバイトしてみない? 私、知り合いのおっちゃん紹介できるよ!」

「え、いいんですか!?」


 思わず前のめりになる。頭の中に、まだ見ぬ食材棚がずらりと広がっていくようだった。


「いいってことよ! ペンさんの料理、もっといろんな人に食べてもらいたいなって思って。明日にでもさっそく、紹介状を書いてあげる!」

「ありがとうございます、ロメリアさん!」


 空っぽの財布を、そっと握り直す。次にここへ戻ってくる時には、この中身が少しは膨らんでいるはずだ。


【フラミス】サービス初日 雑談スレ Part1


 0832:筋肉のバーバリアン

 なぁ、突然画面が暗転して初期街の宿屋に戻されたんだが。ダメージとか一切受けてないのに急にぶっ倒れた。これバグか?


 0833:名無しのバーバリアン

 何やってんのwww


 0834:名無しのバーバリアン

 バグ乙。運営に報告案件だな。


 0835:プロのバーバリアン

 いや、それバグじゃねえぞ。お前、ゲーム内で飯食ったか?


 0836:筋肉のバーバリアン

 は? 飯? リアルではさっき昼飯に牛丼食ったけど。


 0837:プロのバーバリアン

 リアルの話じゃねえよwww ゲーム内だよwww


 0838:筋肉のバーバリアン

 ゲーム内で飯……? いや、食ってないな。そんなシステムあんの?


 0839:プロのバーバリアン

 やっぱりな。このゲーム、隠し仕様で満腹度のパラメーターがあるっぽいぞ。俺もさっきひたすらモンスター倒してたら、スタミナ切れの警告の後に視界がチカチカし始めて焦ったわ。


 0840:名無しのバーバリアン

 あ、俺もそれなったわ! 近くにいたNPCのおばちゃんが「これでも食べな」って握り飯渡してくれて、それ食ったら一発で治った。


 0841:名無しのバーバリアン

 マジかよ。飯食わずにずっと作業してたお前がバカだっただけじゃんwww


 0842:名無しのバーバリアン

 おいおい、マジかよ……。じゃあこのゲーム、定期的に飯食わなきゃ餓死するってことか? リアルすぎるだろ。


 0843:名無しのバーバリアン

 ちゃんとお出かけ前にはお弁当持たなきゃダメだぞ~お兄ちゃん。


 0844:筋肉のバーバリアン

 おうよ、情報ありがとな。とりあえず露店で適当な乾パンでも買い込んでくるわ。


 0845:名無しのバーバリアン

 乾パンとかいう「ただ満腹度が回復するだけの味のしない粘土」な。マジで作業感半端ないぞ


 0846:名無しのバーバリアン

 というか、飯にそういうシステム的な意味があるなら、生産職の料理人って実は地雷じゃないんじゃね? 後半化けるパターンか?


 0847:名無しのバーバリアン

 いや、露店のNPCから買えば済む話だし、わざわざ自分でスキル枠割いてまでやる価値はないだろ。やっぱり効率悪いわ。

筋肉のバーバリアンさん、筆者の推しです。

シーサーペントとかもいつかは食べてみたいですね。

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