第3話 初めての釣り
「ねえペンさん! もっとお魚食べたくない!?」
ギルドハウスの共同調理場で骨だけになった串を見つめていた俺にロメリアが身を乗り出して言った。栗色のサイドテールが彼女の弾むテンションに合わせてぴょこぴょこと揺れている。
「食べたい……ですけど……俺、お金がないんですよ」
「じゃあさじゃあさ、自分で釣ってみない!?」
「釣り、ですか?」
「うんっ! ちょっと待っててね!」
ロメリアはカウンターの奥へパタパタと引っ込むと、すぐに一本の素朴な木製の竿を持ってきた。
【初心者用の釣り竿】
アイテム分類:採取道具(釣り)
耐久度:30/30
※効果:初心者向けの扱いやすい釣り竿。浅瀬や川での釣りに適している。
「え、いいんですか? 借りちゃって」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 料理人ギルドの備品だから、どんどん使って!」
本当にいいんだろうか。利用規約とか、そういうのに引っかからないのかな。まぁ、ギルドの受付嬢が大丈夫と言うのだから大丈夫なのだろうけど。
俺たちはさっそく、アスタータウンを流れる一級河川、アスター川へと向かった。
街から少し離れると周囲は一気にのどかな田園風景へと変わっていく。
「ふんぬっ! ……よし、この原木はいい品質になりそうだ!」
「あ、こっちに薬草群生地見つけた! ラッキー!」
道中、黙々と斧を振るう木こりの男や、地面に這いつくばって草を毟っている薬草採取のプレイヤーたちを見かけた。
目が合うと、「やあ」と気さくに手を挙げてくれる。NPCなのか、それとも同じ生産職のプレイヤーなのかは判別がつかなかったけれど、俺は「こんにちは」と軽く会釈を返した。誰もがこの世界を、自分のやり方で呼吸している。その空気感が心地よかった。
川辺に到着すると、きらきらと光る水面の手前で数人の子供たちがバシャバシャと水遊びをしていた。
「あ、お兄ちゃん釣り?」
水の中からこちらを振り返った一人の少年が、人懐っこい笑顔を向けてくる。
「うん、そうだよ」
「へへ、大きいお魚釣れたら見せてね!」
「あぁ、約束するよ」
子供たちの無邪気な声を聞きながら、俺は川沿いの草地に腰を下ろした。
竿をどう握ればいいのかさえ分からず、指先が所在なく竿の上を彷徨う。病室の白い天井ばかり見上げていた日々に、こんな道具はあまりに縁遠かった。首を傾げていると、隣にしゃがみ込んだロメリアが「貸してごらん」と手元を覗き込んできた。
「ここに餌をくくりつけて、こうやってリールを少し緩めて……はい、狙うポイントにぽちゃんだよ」
「なるほど……。ありがとうございます。ていうかロメリアさん、わざわざ川辺までついてきちゃって、受付の仕事は本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だってば、誰も来ないから(笑)」
「本当に自由人だなぁ、ロメリアさんは」
くすくす笑う彼女の横顔を見ながら、俺は仕掛けを川へと放り込んだ。
少し離れた上流側では、魔法使いの帽子を深く被った、いかにも魔法使いらしい少女が一人、イライラした様子で竿を握っていた。
「あーもうっ! 釣れない! 飽きたっ!」
彼女は派手に音を立てて竿を放り出すと、そのままゴロンと芝生の上に寝転がってしまった。あの子にとっては、この静かな待ち時間こそが何よりの苦行なのだろう。
けれど、俺にとっては違った。
どこまでも透明な水の流れ、鼻腔をくすぐる川の匂い、頬を撫でる風のリアルさ。ただじっと浮きを見つめている時間さえ、五感が生きている実感に満ちていて、それだけで胸が熱くなる。
ぴくっ。
水面に浮かんだ赤い浮きが、小さく揺れた。
(……来た!)
「ペンさん、引いて引いて!」
ロメリアの声に弾かれ、竿をぐっと引き上げる。クククッと手元に伝わる、小さくも小気味よい生命の抵抗。リールを巻くと、銀色の小さな魚体が水面を割って飛び出してきた。
【食材鑑定】。
【リバーパーチ】
食材分類:淡水魚
肉質:★★☆☆☆
臭み:★★☆☆☆
脂 :★☆☆☆☆
推奨調理:唐揚げ、ムニエル
『【食材図鑑】にリバーパーチが登録されました(達成率:2/???)』
視界の端に表示された数字を見て、胸が躍った。
世界には、まだこんなにたくさんの食材がある。この数字を一つずつ埋めていくことを想像するだけで、お腹の底からワクワクした感情がせり上がってきた。
その後も、釣果は続いた。
独特の香気を持つ【清流鮎】、丸々と太った【銀小鮒】。竿を上げるたびに、俺の図鑑が、そして未来の食卓が豊かになっていく。
だが、そんな俺たちの楽しそうな雰囲気に当てられたのか、隣で寝転がっていた魔法使いの少女がムクリと起き上がった。その目は、明らかにこちらへの対抗心でギラついている。
「ふん、まどろっこしいのよ! これならどう!?」
少女は川に向かって杖を突き出すと、カッと青白い火花を散らせた。
「初級雷撃!!」
バリバリッ! と激しい電撃が水面を走る。
(え、そっちの方が一網打尽で楽じゃん!?)と一瞬衝撃を受けたのだが――。
バシャバシャバシャッ!!
激しい水飛沫を上げて、川底にいた魚たちが一斉に下流へと逃げ去っていくのが見えた。ぷかぷかと浮いてきたのは、食べ応えのなさそうな極小の稚魚が数匹だけ。水遊びをしていた子供たちも「わあああ! 危ないだろー!」と怒りながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「な、なんでよ!? 魚が全員逃げたんだけど!」
信じられないといった様子で愕然とする少女に、ロメリアが呆れたようにため息をついた。
「……あのね、お魚って雷が嫌いなんだよ? 川に魔法なんか撃ち込んだら、パニックを起こして警戒状態になっちゃうんだから」
「えっ、そうなの!?」
「へぇー、そうなんだ」
俺はリバーパーチを針から外しながら、思わず苦笑した。あんなに便利そうに見えたのに、まさかの結果だ。
少女が「もう知らないっ!」と怒って街へ戻っていくのを見送りながら、俺はバケツの中で元気に泳ぐ魚たちを見つめた。
「ペンさん、さっそくギルドに戻って、このお魚焼く?」
ロメリアが嬉しそうに尋ねてくる。炭火で焼いた鮎なんて、想像しただけで涎が出そうだ。
けれど、俺は少しだけ考え、小さく首を横に振った。
【フラミス】サービス初日 雑談スレ Part1
0712:筋肉のバーバリアン
おい、今日ひたすら木こりして街の発展度貢献してきたわ。筋肉モリモリのNPCと木を伐るの、地味に楽しい。
0713:名無しのバーバリアン
うわw 生産職にハマるとかお前マゾかよww レベリング遅れるぞ。
0714:名無しのバーバリアン
別にいいだろ、効率だけが全てじゃない。これがまたVRっぽくて楽しいんだわ。
0715:名無しのバーバリアン
俺は釣りやってみたけど、マジでだるかったわ。全然釣れねえ。
0716:名無しのバーバリアン
それな。浮きを見てるだけで10分とか経過する。
0717:名無しのウィザードマン
あれ、電撃魔法使うと一発で浮いてくるから楽やで。さっきやってる奴見たわ。
0718:名無しのバーバリアン
マジか! 今度魔法使いのフレンド連れてやってみるわ。情報サンガツ!
0719:名有りのバーバリアン
あ、そういやさ、今日料理人ギルドの受付ちゃん窓口にいなかったんだけど。話しかけようと思ったらもぬけの殻だった。
0720:名無しのバーバリアン
お前毎日見に行ってるのかよwww
0721:名無しのバーバリアン
有言実行で草。ストーカーかな?
0722:名無しのバーバリアン
ばか言え、初日の過疎ギルドだぞ。人来なさすぎて、勝手にどっか遊びにでも行ったんじゃね?www
0723:名無しのバーバリアン
いや、いくらなんでも持ち場離れるわけないだろww初日で廃業したんじゃねえの。
0724:名無しのバーバリアン
それな。まぁ料理人に用事ある奴なんていないし、どうでもいいか。
0725:名無しのバーバリアン
そういや、アスター川の近くで子供NPCと喋りながら釣りしてるガキいなかった?
0726:名無しのバーバリアン
NPC? いや、それプレイヤーじゃね?
0727:名無しのバーバリアン
最近のNPC、マジで人間と見分けつかんからな……。
0728:名無しバーバリアン
>>0717
嘘乙wプチサンダーやったらちっちゃい魚しかとれんかったわ。
0729:名無しのウィザードマン
それはお前の火力が低いだけ定期。
クククッを使ってしまいました。
クククッ見つけられた人いるかな!?




