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第2話 岩塩焼きリバーカープ

 昨夜食べた、あのホーンラビットの味が、ずっと舌の記憶から離れなかった。

 前歯を跳ね返すような力強い弾力。弾けるように溢れ出した熱い肉汁。

 そして何より、どれだけ咀嚼して飲み込んでも、自分の身体が悲鳴を上げなかったという絶対的な自由。

 夢ではなかった証拠に、メニュー画面を開けば【料理人スキル熟練度:1】の文字が確かにそこにあった。


「……今日は、魚を食べよう」


 次の目標は決まっている。ペンタスは草原を後にし、始まりの街――アスタータウンへと足を向けた。


「おい、あっちにギルドハウスあるってよ! 行こうぜ!」

「ちょ、待てよ。混んでるだろ!」


 街に入ると、初期装備を身にまとった少年プレイヤーたちが騒がしく走り去っていくのが見えた。

 ギルドハウス。そうか、このゲームには職業ごとの施設があるのか。なら、料理人ギルドというものも存在するのだろうか。

 まだ見ぬ調味料や未知の食材があるかもしれない。

 そう思うと、ペンタスの足取りは自然と速くなった。


 大通りを進むと、立ち並ぶ壮麗なギルドハウスが次々と目に入ってくる。

 特にすごかったのは魔法使い(ウィザード)ギルドだ。建物の外まで絶望的な長さの行列が伸びており、プレイヤーたちが「MP初期値がさぁ」「大魔法のグラフィック見た?」と熱弁を交わしている。

 一方で、隣の剣士(ソードマン)ギルドの窓からは「おい、今かすったろ!」「模擬戦だろ、熱くなんなよ!」と物騒な怒鳴り声が聞こえていた。


 そんなVRMMOらしい喧騒をすり抜け、ペンタスは目的地へと辿り着いた。


「……ここ、だよな?」


 看板にはフォークとナイフの紋章。建物自体は白壁の立派な佇まいなのだが、驚くほど静かだった。

 おそるおそる扉を押し開けてみる。

 しん、と静まり返ったロビー。大理石の床はピカピカに磨かれているのに、プレイヤーの姿は影も形もない。


「すっからかんだ……」


 勿体ないなぁ、とペンタスは小さく零した。

 あんなに美味いものが自分の手でつくれる世界なのに。

 強くなることだけが、この世界の楽しみ方じゃないはずだ。


「あーーーっ! いらっしゃい! はじめてのお客様ですねっ!?」


 突然、カウンターの奥から勢いよく人影が飛び出してきた。

 栗色の髪をサイドテールに結った、エプロン姿の女の子だ。

 頭上にはNPCのマークがついているが、その豊かな表情と弾んだ声は、システムというよりは年相応の少女そのものだった。


「あ、はい! 俺、今日このゲームにログインしたペンタスっていいます。よろしくお願いします」

「わたしはアルストロメリアっていいますー! 気軽にロメリアって呼んでね。これからよろしく、ペンさんっ!」

「ペンさん……まあ、いいか」


 独特な距離感の詰め方に戸惑いつつも、ペンタスは苦笑する。


「それにしても……人が少ないですね」

「しくしく……。サービス開始初日なのに誰も来ないの。ねえペンさん、料理人ってそんなに魅力ないかなぁ?」


 あからさまに肩を落とすロメリアに、ペンタスは慌てて首を振った。


「そんなことないです! 俺は料理がしたくてこのゲームを始めたので」

「本当!? やったぁ! よーし、それならペンさんにこの料理人ギルドの自慢の施設をたっぷり案内しちゃうね!」


 ロメリアは一瞬で機嫌を直すと、パッと花が咲いたような笑顔になり、ペンタスの腕を引きそうな勢いで歩き出した。

 案内された施設は、料理人にとってまさに天国のような場所だった。広々とした最新の共同調理場に、食材の鮮度を落とさない保存庫、世界中の香辛料が集まるスパイス屋や、過去のレシピが眠るレシピ図書館まである。


 そして最後に連れて行かれたのが、ギルドの裏手にある食材市場だった。


「あ、さかなだ!」


 生簀の中で、銀色の鱗をギラつかせながら元気に跳ね回る川魚の姿を見つけ、ペンタスの目が輝いた。


【リバーカープ】

 ――――――

 食材分類:淡水魚

 肉質:★★★☆☆

 臭み:★★★☆☆

 脂 :★☆☆☆☆

 推奨調理:焼き魚、煮付け


「へいらっしゃい! 朝釣れたばかりの新鮮な川魚だよ! 1匹100フラグだ!」


 露店の港商人NPCが威勢よく声を張り上げる。


「買います――って、あ。俺、お金持ってなかった」


 メニューの所持金欄は綺麗にゼロを示している。ホーンラビットを倒しただけでは通貨は手に入らないのだ。がっくりと項垂れるペンタスを見て、ロメリアがふっふっふ、と得意げに胸を張った。


「ペンさん、私におまかせあれ! 実はね、料理人ギルドには『初回利用者限定! 食材一回無料サービス』っていう新人支援制度があるの。はい、これ!」


 ロメリアが手際よくシステムウィンドウを操作すると、商人の前に光の粒子が集まり、リバーカープが2匹、竹(かご)に収まった。


「いいんですか? ギルドの制度とはいえ、なんだか悪いような……」

「いいってことよ、出世払いね! 料理人をたくさん増やすのが私の仕事だし!」

「十日で1割とか言わないですよね?」

「あっはー! ないない(笑)。さあ、せっかくの新鮮なお魚だし、さっそく調理場へ行こ!」


 共同調理場に戻り、ペンタスはリバーカープを調理台へ置いた。

 包丁を握り直す。川魚特有の泥臭さをどう抜くかが鍵だ。


解体コレクト】を発動する。料理人の刃先が、魚の腹を滑らかに裂いた。内臓を傷つけないよう慎重に取り除き、流水で血合いを綺麗に洗い流す。


『解体に成功しました。技術評価:見事』

『アイテム:リバーカープの身(品質★★★★☆)を獲得しました』


 品質、星四つ。初期スキルの補正とはいえ、我ながら上出来だ。

 ロメリアに用意してもらった長めの木串を、魚の口から背骨に沿うようにうねらせて刺す。ぐっと通した瞬間、身がぴんと張り詰めるのが手のひらに伝わってきた。

 両面に薄く岩塩を振り、炭火の並ぶ焼き台へ。


『簡易調理を開始します』


 パチパチと炭が爆ぜる。

 じっくりと熱が通るにつれて、魚の皮目がきゅっと縮み、小さな気泡を作ってパリッと弾け始めた。

 ジィジィと、皮の下のわずかな脂が炙り出され、炭へ落ちていく。肉とは違う、香ばしさと、ほんのりとした川の香りが混ざり合った煙が立ち上る。


(これが、魚の焼ける匂い……)


「うわぁ……ペンさん、すっごくいい匂い……」


 隣で丸椅子に座って眺めていたロメリアが、身を乗り出して鼻をひくひくさせている。


「ロメリアさんの分も焼いてありますよ。どうぞ」

「えっ、私の分も!? ありがとう!」


 きれいに黄金色の焼き目がついたリバーカープの塩焼きを、二人はそれぞれ手に取った。


「……いただきます」


 ペンタスは魚の背中に歯を立てた。

 パリッ。

 絶妙な火入れによって乾燥した皮が心地よい音を立てる。その直後、ふっくらとした白い身が口の中でほろりと解けた。

 淡白ながらも上品な白身の旨味。そこに岩塩の塩気がしっかりと染み込んでおり、噛むたびに、素朴で優しい味がじんわりと広がる。


「う……美味い……っ」


 骨の隙間から覗く白い身を見た瞬間、喉の奥がきゅっと竦んだ。染みついた癖のような、反射の警戒。

 けれど今度も、喉は腫れない。

 また、涙が溢れてきた。骨の周りの身を綺麗にむしり、夢中で口へ運ぶ。


「ええっ!? 泣くほど美味しいの!?」


 ロメリアが目を丸くしている。


「はい、本当に美味しくて……」

「――というかロメリアさん、受付の仕事は大丈夫なんですか?」

「大丈夫だってば、誰も来ないから! もぐっ……ふぇ?」


 ロメリアも焼き魚にかぶりついた瞬間、動きを止めた。


『料理品質:★★★★☆(補正込み)の実食により、特殊効果【自然HP回復速度上昇(30分)】が付与されました』


 視界の端にポップアップが出現する。


「へぇ……料理でこんな効果が出るんだ」

「……」

「ロメリアさん?」


 ロメリアは自分のステータス画面と、手元の焼き魚を交互に見つめ、信じられないといった様子で固まっていた。


「……え、これ、ただの塩焼きだよね? なんでこんなバフが……初期スキルで……?」

「? 何かおかしかったですか?」

「ううん! なんでもない! ちょっとびっくりしただけ!」


 ロメリアは慌てて焼き魚を頬張り、誤魔化すように笑った。

 ペンタスは特に気に留めることもなく、綺麗に骨だけになった串を見つめ、メニューの食材図鑑を開いた。


 海エリア、深い森、そして高山地帯――この世界には、まだ見ぬ未知の食材が溢れている。


「……次は何を食べようかな」


 彼の果てしない美食の旅は、まだ始まったばかりだった。


【フラミス】サービス初日 雑談スレ Part1


 0542:名無しのバーバリアン

 魔法使いギルドの行列マジでエグかったわ。3時間待ちってテーマパークかよ。


 0543:名無しのバーバリアン

 それなwww 中に入ったら入ったで効率厨たちがスキル論争してて空気ピリピリだったわ。


 0544:名無しのバーバリアン

 剣士ギルドの方もヤバかったぞ。初心者が模擬戦で熱くなって、喧嘩始めてた。速攻でNPCの衛兵に連行されてて草生えたわ。


 0545:名無しのバーバリアン

 まあ初日だしな。みんな血気盛んだわ。


 0546:名無しのバーバリアン

 そういや、ギルド街の奥にある料理人ギルド、前通りかかったけど誰もいなくて完全に廃墟だったぞ。


 0547:名無しのバーバリアン

 料理人は地雷って結論出ただろ。わざわざ選ぶ奴はいない。


 0548:名無しのバーバリアン

 でも、あそこの受付NPCの女の子、めちゃくちゃ可愛くない? 窓口で退屈そうにしてたから話しかけたら、妙にテンション高くて人間味あったわ。


 0549:名無しのバーバリアン

 あー、あのサイドテールのやつか。確かに最近のAIの進化すげえなって思ったわ。距離感バグってて草生えるけど。


 0550:名無しのバーバリアン

 中身人間なんじゃねーの?って思わせるレベルだよな。まぁ、料理人ギルドに行く用事なんて二度とないだろうけど。


 0551:名無しのバーバリアン

 さて、明日もレベリング頑張るかー。


 0552:名有りのバーバリアン

 料理人ギルドの受付ちゃん可愛いから毎日通うわ


 0553:名無しのバーバリアン

 迷惑だからやめろw


 0554:名無しのバーバリアン

 >>0552

 料理人にジョブチェンジか?www


 0555:名有りのバーバリアン

 なwわwけw

誤字報告ありがとうございます!推敲の際に削った文章の関係で少しおかしい所があるので見つけ次第修正していきます。

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