第59話 料理人、物件を探す
「……さて」
俺はアスタータウンの通りに一人ポツンと立ち尽くしていた。
すれ違うたびに、プレイヤーたちが小声で何かを囁き、ちらちらと振り返ってくる。
「……店って、どうやって探せばいいんだ?」
ポツリと漏らした自分の声が、虚しく通りに消えていく。
「独立しなさい!」と勢いよく追い出されたものの、肝心のお店の借り方なんて何ひとつ聞いていなかった。
「……あはは、完全にノープランだな、俺」
頭を掻きながら、ひとまず街の商業区へと足を進めることにした。
◇
活気あふれるアスタータウンのメインストリートを歩くこと十数分。
生産職の工房やプレイヤー露店が立ち並ぶエリアの一角に、目指す看板を見つけた。
【アスター商業組合・店舗および工房物件取扱所】
「ここだ……!」
吸い寄せられるように木造の扉を押し開けると、カウベルの素朴な音が鳴り響いた。
奥のカウンターから、眼鏡をかけた温和そうな細身のNPC店主が顔を上げる。
「いらっしゃいませ。当取扱所へようこそ。店舗や工房の物件をお探しですか?」
「あ、はい! 料理店を開きたいと思って物件を探しに来ました」
「おや、料理店ですか。それは素晴らしい。では、現在ご案内可能な物件の一覧をお見せしましょう」
NPC店主が手元を操作すると、俺の視界にブルーの透明なウィンドウが出現し、数々の物件データがズラリと表示された。
「プレイヤーが経営できる店舗には、様々な条件がございます。立地や毎月の家賃はもちろん、初期保証金、客席数、標準備え付けの厨房設備、料理店でしたら特に食材保管庫の容量が気になるでしょう」
店主の説明を聞きながら、俺は提示されたウィンドウを夢中でスクロールした。
『中央通り沿い・1階店舗(客席12、小型厨房、標準食材庫)』
『職人街・地下1階店舗(客席6、中型厨房、大型食材庫)』
『東区画・元酒場物件(客席20、大型厨房、特大食材庫・魔導冷却機能付き)』
「……すごい」
厨房の配置を眺めているうちに、ここに自分の鍋を置いたら……と考え始めていた。
黄金の鍋で俺はあくまでガランの店の一角を間借りしている立場だった。
食材庫の容量には限界があり、クラーケン料理の大量注文を受けたときは一瞬でパンクしてしまった。
けれど。
「自分の店なら……食材庫をどれだけ大きくしたっていいんだ」
クラーケンや、アザミさんが持ってきてくれるような希少で巨大な食材だって、余裕をもって保存できる。
自分の好きな配置で厨房器具を揃え、好きな時に、好きなだけ、試したい料理を研究できる。
もっとたくさんの美味しいという笑顔を、お客さんに届けることができる。
物件の図面を見つめるうちに、厨房に鍋を並べ、食材庫を埋め、客席から『うまい!』という声が聞こえる――そんな店の姿が頭に浮かんだ。
◇
「お客様、もしご予算に余裕がおありでしたら、こちらの物件などはいかがでしょう?」
NPC店主がひとつの物件をタップし、詳細画面を前に押し出してきた。
『中央区画・旧レストラン物件(客席15、最新式大型厨房、超大型魔導冷凍保管庫完備)』
「ここは立地も良く、何より厨房設備と魔導冷凍庫が最高水準のものが備え付けられております。料理人の方には一番人気の物件ですよ」
「うわあ……最高ですね! ここならどんな料理でも――」
設備欄を見ながら身を乗り出すと、画面の右下に表示されている金額に目が釘付けになった。
【初期保証金 + 設備譲渡費 + 前払い家賃:8,500,000 フラグ】
【月額家賃:600,000 フラグ】
「……うぅ」
固まった俺の視界で、ゼロの数が容赦なく主張してくる。
ハっとして、一番安い小型の物件の金額も確認してみる。
【初期費用:3,000,000 フラグ】
【月額家賃:250,000 フラグ】
一番安い場所でさえ、三百万フラグ。
俺はそっと自分の所持金ウィンドウを開いた。
これまでプチさんとのプレイヤートレードや、クラーケン料理の報酬などで貯めたお金はある。
だが……それは料理人ギルドの修繕費や、プチさんが将来自分のケーキ屋を建てるための大切な資金だ。俺個人の店舗初期費用として、ポンと数百万円も使えるような余裕はどこにもなかった。
「……足りない」
ぽつりと漏れた声に、NPC店主は申し訳なさそうに微笑んだ。
「店舗の借り受けは、プレイヤー様にとって大きな投資となりますからね。じっくりご検討ください」
「……はい。ありがとうございます。一度考えてみます」
俺は深々と頭を下げ、逃げるように取扱所を後にした。
◇
外に出ると、アスタータウンの街角に夕暮れのオレンジ色の光が差し込んでいた。
石畳の道をトボトボと歩く。手にした荷物袋が、妙に腕へ食い込んだ。
(……別に、あんなに無理して独立しなくてもよかったんじゃないか?)
ガランに頭を下げて頼み込めば、きっと黄金の鍋に戻らせてくれる。そんな考えが頭をよぎった。あたたかい仲間がいて、慣れ親しんだ厨房があって、毎日美味しいと言ってくれる常連さんがいる。あそこにいれば、お金の心配なんてしなくても料理は続けられる。
けれど、脳裏に浮かんだのは連日連夜、店の外で俺の料理を待っていたプレイヤーたちの姿だった。
深夜まで包丁を握り続け、立ちくらみを起こしたあの瞬間。
そして、俺の身体を心から心配し、背中を押してくれたガランとプチさんの顔。
黄金の鍋に甘え続けたままじゃ、これ以上前には進めない。
「……俺は」
足を止め、夕日を浴びるアスタータウンの街並みを見渡す。
「俺は……もっとたくさんの料理を作りたい。もっとたくさんの人を、俺の料理で喜ばせたいんだ」
「足りないなら……作るしかないよな。お金も、自分の店も!」
ポン、と自分の両頬を叩いて気合いを入れる。
さっきまで重かった足が嘘みたいに軽くなった。
「よし……!」
目標は決まった。
まずは、店を持つための資金を稼ぐことだ。
「そのためには……もっと美味しくて、みんなが驚くような料理を作らないとな!」
俺にしか作れない料理を見つけるんだ。




