第58話 料理人、独立する
動物園でも見るかのような視線を注ぐプレイヤーたちの人だかりができていた。
「おい、マジでここに都市伝説の料理人がいるのか?」
「昨日、あのレイドボスを連れて暴れ回ったっていう」
「クラーケンを激ウマのイカリングに変えたって本当かよ?」
外から聞こえてくる噂話に苦笑いしていると、カランコロンとドアベルが鳴り、一人のプレイヤーが恐る恐る店内へと入ってきた。その右手には、まだ新鮮な粘気を帯びた巨大なクラーケンの触手が抱えられている。
「え、えーっと! ここでクラーケンの調理をしてもらえると聞いたんですが……」
「はい! 営業後でよければお引き受けしますよ」
「おおっ! 本当ですか!? ではこちら、預かっておいてください! また営業後に来ますんで!」
「はい、確かにお預かりしますね」
受け取ったクラーケンの肉を、俺は凍結魔法の指輪を発動させて冷却保存する。
が、厨房の大型食材庫を開けて唖然とした。
(……参ったな。もうほとんど空きがないぞ)
昨日の今日で持ち込まれたクラーケン素材に加え、通常営業用の食材がぎっしりと詰まっている。個人で受ける調理依頼の素材が店の保存設備を圧迫し始めていた。
しかし、俺の困惑をよそに、一人目が店を出たのを皮切りに堰を切ったように依頼者と思われるプレイヤーたちが雪崩込んできた。
「俺のもお願いできますか!?」
「イカ墨パスタって作れるか!?」
「俺は照り焼きで頼む!」
「刺身! 刺身にしてくれ!」
「予約ってできますか!?」
「あ、はい! 順番にお伺いしますので落ち着いてください!」
俺は笑顔のまま、一枚また一枚と受領票を書いては手渡していった。気づけば、その束はカウンターの上に山のように積み上がっていた。
◇
営業が終了し、暖簾を下ろした後の厨房。
しかし、俺にとっての第二の営業時間はここからだ。
「よし……気合いを入れて揚げていくぞ!」
カウンターや保存庫に入り切らないほどのクラーケン素材が積み上がっている。
下ごしらえをし、巨大な鍋で油を熱し、ひたすら揚げ、炒め、煮込んでいく。
「ねえペンタス、次のケーキのレシピなんだけど……って、まだやってたのね」
厨房に顔を出したプチさんが、山積みにされたクラーケンの肉を見て呆れ顔を浮かべた。
「プチさん。はい、もう少しで終わりますよ」
「もう少しって……あんた、それ全部で何件あると思ってるのよ? 三十件以上あるでしょ!?」
「あはは……でも、みんなが食べたいって言ってくれるんです。頑張らないと申し訳ないですからね」
窓の外を見れば、夜遅くにもかかわらず、自分の料理が仕上がるのを今か今かと楽しみに待っているプレイヤーたちの姿があった。俺は小さく息を吐くと、再び包丁を握り直した。
時計を見ると、時間が変わる寸前だった。夜風が一段と冷え込む頃、再びプチさんが心配そうに厨房へやってきた。
「ペンタス、まだ寝てなかったのね。もう深夜よ?」
「はい。新しいクラーケン料理のレシピ検索にちょっと手間取ってしまって」
「そう」
「いやあ、俺の見たことない調理法がたくさんあってびっくりしちゃいましたよ」
「あんたが知らない調理法ねえ、意外だわ。……っと、ちょっと大丈夫!?」
急激な立ちくらみに襲われて視界がぐらりと揺れた。倒れそうになった身体をプチさんが慌てて肩で支えてくれる。
「すみません、さすがに少し休憩しましょうかね」
「当たり前でしょ! もう、無理しないでよね!」
30分ほど身体を休めると、少し頭がハッキリとしてきた。その後はプチさんも調理の手伝いに入ってくれたおかげで、なんとかその日の予約分を捌き切ることができた。
◇
翌朝。
「……ふわぁ」
「ん……眠い……」
目の下に目立つほどの濃いクマを作った俺とプチさんを見て、仕込みをしていたガランが深々と溜息をついた。
「お前ら……大丈夫か?」
「私はこれくらい平気よ」
「俺も、大したことないです。ただ料理をしてただけですから」
フラフラと揺れる俺たちを見て、ガランが腕を組んだまま、低い声で言った。
「坊主に嬢ちゃん。今日は休め」
「ですが、今日も予約や営業が」
「これは店長命令だ。奥で寝てこい」
「わ、わかりました!」
ガランの強い眼力に押し切られ、俺とプチさんは奥の休憩室で休ませてもらうことにした。
◇
どれくらい眠っていただろうか。
目が覚めると、外はすっかり暗くなっていた。店の営業が終わったのだろう、厨房からの激しい調理音や客の手のすれる音は聞こえなくなっている。
ギィ……とドアが開き、ガランが部屋に入ってきた。
「起きたか、坊主」
「あ……はい。ガランさん、すみません、すっかり寝込んでしまって」
「気にすんな。……それより坊主、今日もお前向けの調理依頼が大量に来てたぞ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は跳ね起きようとした。
「い、今すぐやります! 素材を預かっている以上、すぐ作らないと!」
「まあ、まて」
ガランが大きな手で俺の肩をガシッと押さえつける。
「このまま続けたら、身体が持たねえぞ」
「ですが、待ってくれている客がいるんです」
「坊主。自分の店を作ったらどうだ」
ガランから飛び出した予期せぬ言葉に。
「……え? 俺の、店……?」
「ああ」
「でも……黄金の鍋はどうするんですか?」
そこまで言った時、ガランが少しだけ視線を落とした。
「……俺としては、坊主にはずっとこの店にいてほしいんだがな」
「ガランさん……」
「だが、今のままじゃ坊主が潰れちまう」
ガランは俺の目を見つめ返した。
「そうよ、ペンタス」
部屋の隅で腕を組んでいたプチさんが、前歩み出てきた。
「プチさん……」
「あんた、自分がいなくなったら厨房が回らないとでも思ってるわけ? 私のこと舐めてもらっちゃ困るわ!」
「でも、プチさんには自分のケーキ屋を開くっていう夢があるって」
「今は修業の時間よ! あんたはもう、次のステージへ進むの! 独立しなさい!」
プチさんの目には、寂しさなんて微塵もなかった。
「あんたと私で稼いだお金があるでしょ! あれで新しいお店を借りてくればいいのよ!」
「でも、あれはギルドハウスの修繕と、プチさんの将来のケーキ屋のためのお金じゃないですか」
「そうよ! でもね、ケーキ屋だからって普通の料理を扱っちゃいけない理由にはならないわ」
「というわけで! 今日からあんた、独立ね!」
「……はい!?」
「はい、これ」
ポンと、俺の着替えや道具が入った荷物袋を手に押し付けられる。
「えっ、ちょっと待ってください!?」
「ガラン、あとはよろしくー」
「おう。坊主、頑張れよ」
「ロメリアさんまで笑顔で手を振らないでください! 俺、まだ物件も何も決めてないんですけど!?」
「店を探すところから始めればいいじゃない!」
プチさんが腕を組んで胸を張った。
「あんたなら、絶対いい店を作れるわよ」
(自分の店を持つ、か……)
その言葉が何度も頭の中で響いた。
「……わかりました。やってみますよ!」
まずはお店を探さなきゃな。




