第56話 レイドボスに乗る料理人
「ちょっとペンタス!」
「うわっ!? びっくりした……どうしたんですか、プチさん?」
突然プチさんが息を切らせて駆け寄ってきた。普段の余裕のある態度とは一変して、かなり落ち着かない様子だ。
「なにかあったんですか?」
「これを見なさいよ!」
プチさんが慌てながら一枚のスクリーンショットを見せてくる。
そこに映っていたのは黄金の鍋。無数のプレイヤーたちが群がり、不穏な熱気に包まれている。
「黄金の鍋が襲われてるわ!」
「えっ……!? 黄金の鍋が!?」
「嬢ちゃん、これは本当か?」
ガランが手を止め、鋭い眼光でスクリーンショットを覗き込む。
「間違いないわ。昼間のあの大男とその仲間たちよ。店の前に押し寄せて暴れてるの!」
「こうしちゃいられねえ……!」
ガランが一気に表情を変え、洞窟の出口へと向かう。
ドゴォン!!!
「「「!?」」」
破壊音が洞窟内に響き渡った。
ガランが腕力だけで鉄格子を力ずくでぶち破ったのだ。グニャリと曲がりくねり、地面に転がる鉄の塊。プチさんが目を丸くして絶句する。
「ちょっと!? 普通に壊したわよこの人!?」
「急いでんだ。後で直しゃいい」
ガランは包丁を背中に背負い直し、そのまま風のような速さで外へ走っていった。
「俺たちも行きましょう!」
「わかったわ!」
ガランの後を追って、俺たちも洞窟の外へ向かおうと足を早める。
だが、その背中に制止の声がかかった。
「待ちなさい!」
振り返ると、アザミが氷雪鳥にまたがっていた。冷気を纏うその姿は相変わらず圧倒的な存在感だ。アザミは俺に向かってすっと手を伸ばす。
「乗せてってあげるよ」
「えっ、いいんですか!?」
「急いでるんでしょ? 」
「あ、ありがとうございます!」
俺がアザミの手を取って氷雪鳥の背中に飛び乗ると、後ろから尖った声が響いた。
「わたしは!? ねえ、わたしは!?」
「冷たい鳥さんは二人乗りなの! あなたはロメリアとお留守番ね!」
「ちょっと! なんでペンタスなのよ!」
「だって~プチちゃんは私とお留守番してようね~」
ロメリアがプチさんの肩を抱き寄せる。プチさんはキーキーと地踏みをしながら、僕に向かって指を突きつけた。
「ていうかペンタスが行ったって意味ないでしょうが! あんた戦えないでしょ!」
「確かに!」
「自分で認めるんじゃないわよ! もういいわ、私も走っていくわよ! ほらいくわよロメリア!」
「え〜!? 私も走るの〜!?」
文句を言いながらも追いかけてくれるプチさんたちを背に、氷雪鳥が翼を大きく羽ばたかせた。
キィヤアアアアン!!
鋭い鳴き声とともに、吹雪を撒き散らしながら氷雪鳥が空へと飛び上がる。
一気に視界が開け、凄まじい風切り音が耳を打つ。覚悟していたものの、背中にまたがっていると思いのほか寒さは感じない。
だが――
「うわ……た、高い……っ!?」
下を見ると、地面が遠く遠く離れた位置にあって、一瞬で足がすくみ頭がクラクラした。生きた心地がしない。
「振り落とされないように、しっかり捕まっててね!」
「は、はいぃっ!」
俺は半泣きになりながら、前に座るアザミの腰へ必死にしがみついた。ほのかに甘い香りが鼻をくすぐるが、それどころではない。
圧倒的な飛行スピード。地上を走るよりも遥かに速く、街の景色が飛ぶように後ろへ過ぎ去っていく。
◇
数分もしないうちに視界に黄金の鍋が見えてきた。
上空から見下ろすと、店の前はすでに惨状と化していた。先に到着したガランを含め、複数のプレイヤーが入り乱れて乱闘している。
「おい、なんだ急に前が見えなくなったぞ!?」
「寒っ!? 急に気温が落ちたぞ!」
「おい! 空を見ろ!」
「なんだよあれ……っ!?」
「ひっ……レイドボスの氷雪鳥じゃねえか!? なんでこんなとこにいるんだよ!?」
「おい待て! 背中に誰か乗ってるぞ!」
地上で争っていた大男の仲間たちが、空を見上げてパニックを起こしている。
「ひるむなーっ! ぶちかませ!」
何人かの攻撃職が、空中の僕たちに向かってナイフや斧などの投擲武器を投げ込んできた。
しかし――ガキンッ! ガキンッ!
氷雪鳥が纏う冷気の壁に阻まれ、虚しく弾かれて落ちていく。
「よし、降りるよ!」
氷雪鳥が急降下し、低空でホバリングする。
着地のタイミングを見計らって氷雪鳥から飛び降りた俺は地面に着地すると同時に、群衆の中心にいるあの大男の方へ歩み寄った。
「あの一旦、落ち着いて武器を――」
「料理人君じゃないか!?」
「無事だったのか!?」
「まさか……あのレイドボスをテイムしたのか!?」
「モンスターの胃袋まで掴んじまうなんて……!」
周囲で戦っていた黄金の鍋の常連プレイヤーたちが、目を輝かせて俺を見る。
「いや違いますって! 俺はアザミさんに乗せてもらってきただけです!」
俺が必死に弁明していると、人ごみを割ってあの大男が怒髪天を突く勢いで歩み寄ってきた。
「来やがったか、都市伝説の料理人とかいう奴! 昼間はよくもやってくれたな!」
「あ、あの! クラーケンの素材を勝手に使ってイカリングにしちゃったことは謝りますから――」
「うるせーーーっ!! 生産職ごときが口答えするな!!」
大男が大剣を振り上げ、僕に向かって一気に振り下ろしてくる。速い! 避ける術がない!
「坊主! あぶない!」
ドガァァァン!!
鋭い衝撃音。目をつむっていた俺の前に、巨大な背中が割り込んでいた。
ガランは自身の巨大な包丁の腹で、大男の大剣を受け止めてくれていた。しかし、凄まじい筋力同士の衝突に、ガランの包丁がミシミシと悲鳴を上げている。
「けっ、邪魔すんじゃねえ!」
「うちの店員に手を出すんじゃねえ、バカ野郎が!」
ガランが大男を押し返したその時、遠くからドタバタと激しい足音が近づいてきた。
「ハァ……ハァ……追い付いたわよ!」
息を荒らしながら駆け込んできたのは、プチさんとロメリアだった。そして、その背後にはいつの間にか忍び寄るように立つリンの姿もある。
大男はプチさんに気づくと、不敵な笑みを浮かべた。
「来やがったなクソアマ! 昼間の礼にたっぷりかわいがってやるよ!」
「わっ、キモッ! ペンタスあんたなにやってんのよ! 引っ込んでなさいよ!」
「ええと、クラーケンのイカリングをもう一回作れば、この人も落ち着いてくれるかなって……」
「クラーケンの食材はもうないじゃないのよ!」
「はあ!? お前らやっぱり、俺の持ち込んだ素材全部食いやがったのか!?」
大男が再び怒りを爆発させる。だが、プチさんは一歩も引かずに杖を構えた。
「うっさいわね! もとはと言えばあんたが恐喝なんてするのが悪いのよ!」
プチさんが取り出したのは、かつて愛用していた魔法使いの杖だった。眩い電撃が杖の先に集束していく。
「天誅を下してあげる! 店長! ペンタス、離れて! ――神鳴!!」
ドォォォォンッ!!!!
眩い閃光と轟音が街の一角を包み込んだ。
極大の雷撃が直撃し、大男は「ぎゃああああっ!?」と情けない悲鳴を上げて白目を剥き、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
「ふう……やっぱり魔法使いのパッシブがないときついわね」
プチさんが髪を払いながら息を吐く。
ボス格の大男が一瞬で沈んだのを見て、連れてこられていた襲撃者の仲間たちは、完全に戦意を喪失した。
「ヒ、ヒィッ!? 逃げろーっ!」
「化け物どもだーっ!」
彼らは蜘蛛の子を散らすように、一目散に逃げ出していった。
「まったく、こいつも懲りないわね」
プチさんが、地面で気絶してピクピク動いている大男の腹を、ゲシゲシと足で踏みつけている。相当鬱憤が溜まっていたらしい。
「いやー、無事でよかった!」
「店を守れてよかったよ!」
「飯の恩があるからな、当然だ!」
防衛を手伝ってくれていた常連のプレイヤーたちが集まってくる。どうやら彼らは、黄金の鍋を守るために自主的に集まって戦ってくれていたらしい。これから大男への制裁を始めるみたいだ。
みんなの無事を確認した俺は、ひときわ目立つ氷雪鳥の隣に立つアザミの方へ駆け寄った。
「アザミさん!」
「なーにー?」
「あの、お願いがあるんです」
「お願い?」
「クラーケンの肉……持ってきてもらえたりしませんか?」
俺が真剣な顔で頼むと、アザミは嬉しそうに笑った。
「いいよー! いくらでも取ってきてあげる!」
「ありがとうございます!」
すると、足元から弱々しい声が聞こえた。
「……おい」
見下ろすと、プチさんに踏まれ続けていた大男が、うっすらと目を開けて俺を見上げていた。
「はい?」
「……イカリング、作るんか?」




