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第55話 氷の鳥と納品契約

 アスタータウンの雑踏を抜け、岩山へと足を踏み入れる。暗い洞窟の奥へと進み、アザミの案内で重厚な鉄格子の扉をくぐり抜けた。


 直後、カチャンと重々しい音を立てて鍵が閉められる。


「ちょっと! 出られないじゃないのよ!」


 プチさんが即座に鉄格子をガシャガシャと揺らしながら抗議の声を上げた。しかし、アザミは手をひらひらと振って無邪気に笑う。


「まあまあプチちゃん、安心して。いつもこうだから!」

「あんたは随分平気みたいね……」


 呆れ果てたプチさんを横目に、俺はガランの袖を引いて奥の保管場所へと向かった。


「ガランさん、こっちですよ」

「おう、なんだ坊主」


 洞窟の最奥、冷気が層をなして漂う空間へ案内すると、ガランが目を見開いた。


 そこには巨大なクラーケンの足、絶妙なサシが入ったフレイムボアの肉塊、見たこともない深海魚や高山植物、そして丸々と太った漆黒の戴天鯸が整然と山積みにされていた。


「こいつぁすげえな……希少食材の宝庫じゃねえか!」

「俺も初めて来た時はびっくりしました。市場でも見かけない上物ばかりで」

「でしょでしょ〜!」


 アザミが嬉しそうにステップを踏みながら近づいてくる。

 ガランは感嘆の声を上げながら、食材の山の中心へと歩み寄った。


「……なぁ坊主。こいつらを冷やしてるのって、まさか……氷雪鳥じゃねえか?」

「氷雪鳥……? わっ……」


 見上げると、そこには青白く輝く氷の結晶を纏った、全長3メートルはあろうかという巨大な鳥がいた。今にも羽ばたきそうなほど凛々しい姿のまま、透明な氷の層に包まれて固まっている。


 興味本位でそっと手を伸ばそうとしたその時、アザミが慌てて声を上げた。


「冷たい鳥さん、食べ物冷やすために置いてるの……あっ、触っちゃダメだよ! 手が凍っちゃうからね!」

「うあっ、すみません!」


 寸前で手を引く。触れずとも、表面から発せられる冷気だけで指先が痺れそうなほどだった。俺はガランを振り向く。


「ガランさん、この氷雪鳥って……調理できるんですか?」

「そうだな……こいつを食材に、か……考えたこともなかったな」

「食べちゃダメ!」


 アザミが頬を膨らませて両手で×印を作った。


「あ、そうでしたね。食材を冷やす大切な目的があるんでした」

「そうじゃなくて……みてて!」


 アザミは言うと、氷雪鳥の目の前でぴょんぴょんと跳ねながら、へんてこなダンスを踊り始めた。両手を羽のように広げたり、くるくると回ったりしている。


(……な、何やってるんだ?)


 俺たちが呆気に取られていると、突如としてメリメリメリ……ッと亀裂の入る音が洞窟内に響き渡った。


 氷雪鳥を覆っていた氷壁に、網目状のひびが走っていく。


「え……?」


 同時に、足元から急激に温度が下がっていった。息が一瞬で白くなり、肌を刺すような冷気が襲いかかる。異変に気づいたロメリアとプチさんも駆け寄ってきた。


「な、なんか急にすごーく寒くなったね!?」

「ちょっとロメリア、その魚置いてきなさいよ!」

「えぇー、でもぉ!」


 バキィンッ!!


 弾け飛ぶ氷の破片と共に、氷雪鳥がその巨大な翼を大きく羽ばたかせた。洞窟の中だというのに、激しい吹雪が発生し、白い風が吹き荒れる。


 ヒョォォオオオ

「どうどう! 落ち着いて〜!」


 アザミが氷雪鳥の首元に手を添えて優しく呼びかけると、荒れ狂っていた吹雪が嘘のようにピタリとやんだ。巨大な鳥は静かに翼を折りたたみ、アザミに甘えるように大きなクチバシを寄せる。


「言うこと聞いてくれるんですね……!」

「アザミと冷たい鳥さんは友達だからね!」

「っく、寒いわね……プチファイア!……て、あれ? 火がこんなに小さかったかしら」


 寒さに震えるプチさんが手のひらに小さな火種を灯したが、氷雪鳥が「フシュー」とひと吹き唾を吐きかけると、じゅっという情けない音と共に一瞬でかき消えた。


「ちょっとなにやってんのよ! 焼き鳥にするわよ!?」

「うぅ、寒いよぉプチちゃん……」


 凍えるロメリアがプチさんに抱きつく。


「ちょっと離れなさいよ! ぬめぬめがつくでしょ!」

「……って、ロメリアさん! それ戴天鯸じゃないですか!?」

「やっぱり!?」

「ちょっ、それ毒があるやつでしょ!? 近づけないでよ! てかあんた、素手で触ってて大丈夫なの!?」

「大丈夫そう!?」



「ロメリアさん、せっかくですから早速鯸の刺身を作りましょうか」

「わーい! やったぁ!」


 俺は包丁を取り出し、戴天鯸の解体に取りかかった。

 ガランとプチさんが、後ろから息をのんでその手元をまじまじと見つめてくる。


 毒嚢を位置を見極め、慎重に取り除いていく。


「この部位も捨てちゃうのか?」

「はい、ここに強い麻痺毒があると鑑定結果に出ていますので。少しでも傷つけると身全体に毒が回ってしまいます」

「もったいないわねぇ……」


「ガランさんとプチさん、もしよければ毒を取り除いたこちらの身を薄切りにしてもらえますか?」

「おう」

「任せなさい!」


 三人で並び、戴天鯸の薄切りを進める。

 プチさんは最初は恐る恐る包丁を握っていたが、持ち前の器用さで見事な薄切りを次々と仕上げていった。切り分けられた刺身を皿へ盛り付けていく。


 プチさんは真剣な目で刺身を一枚ずつ並べ、翼を広げた氷雪鳥の姿を皿の上に作り上げていった。見比べてみると、驚くほどそっくりだ。


「なかなかいいんじゃないかしら!」

「プチさん、すごい器用ですね!」

「驚いたな。かなりの包丁捌きだぞ。これなら今度から店の厨房を任せられるかもな」

「ほんと!?」


 プチさんは目を輝かせ、ぴょんぴょん跳ねて喜んだ。


「よかったですね、プチさん」

「ふふん! 私の鍛錬の成果よ!」


 盛り付けられた戴天鯸の刺身を、ロメリアが待つ中央の丸机へと運ぶ。ロメリアは獲物を待ち構えるワニのような形相をしていた。


「「「いただきます!」」」


 一枚すくい取り、口に運ぶ。


「甘ーい! 脂が乗ってる!」

「コリコリしてて、噛むほどに旨味が溢れてくるね!」


 ふと見ると、後ろで氷雪鳥が物欲しそうに首を長くしてこちらを眺めている。余った端肉を放ってやると、「ヒューヒュー」と喉を鳴らしながら嬉しそうに突っついて平らげた。


「しかし、鮮度が高い。これほど良い状態で保存された戴天鯸は市場でも滅多にお目にかかれんぞ」


 ガランが感心したように頷く。俺は思わずアザミを振り返った。


「そうですよね……! アザミさん、もしよければこの食材、うちのお店でも使わせてもらえませんか?」

「お店で?」

「はい。納品契約を結びたいんです。定期的に代金を払って、ここにある食材を買い取らせてください!」

「おいおい坊主、そんな都合の良い話――」

「いいよー!」


 ガランの言葉を遮って、アザミがあっさりと快諾した。


「えっ、いいんですか!?」

「だってアザミとリンちゃんだけじゃ食べきれないんだもん! 欲しければあげるよー!」

「いえ、タダというわけにはいきません。しっかり対価はお支払いします!」


【フラミス】サービス25日目 雑談スレ Part13


 160:名無しのバーバリアン

 黄金の鍋が襲われている!!! 援軍求む!!!


 161:名無しのバーバリアン

 は? またかよ!?


 162:名無しのバーバリアン

 昼間のゴリラが、仲間引き連れて仕返しに来やがった!

 店の外で大暴れしてるぞ!


 163:名無しのバーバリアン

 ガランさんやフィーユちゃんは!?


 164:名無しのバーバリアン

 それがどこにもいねえんだよ! 店がもぬけの殻だったらしくて。


 165:名無しのバーバリアン

 ちょっと待てそれマズいだろ! 俺も今から行くわ!


 166:名無しのバーバリアン

 なるはやで頼む!


 167:名無しのバーバリアン

 黄金の鍋って、あの都市伝説の料理人がいる店だよな?

 よし、ここでちょっくら恩売っておくか。


 168:名無しのバーバリアン

 美味いイカリング食わせてもらった恩があるからな。料理人の店を荒らさせる分にはいかん!


 169:名無しのバーバリアン

 お前ら急に一致団結してて草。


 170:名無しのバーバリアン

 飯の恩は重いんだよ! 行くぞお前らー!!

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