第53話 来ちゃった
開店直後の店内は、まだ客足もまばらだ。
そんな中、カラランとドアを鳴らして二人組のプレイヤーが入ってきた。革の胸当てに布のズボンという、一見するとどこにでもいる初期装備の新人プレイヤーだ。
カウンター席に腰掛けた二人のうち、小柄な一人は俺の仕込み作業をまるで宝石でも眺めるようにうっとりと見つめている。もう一人の背の高い方は、一切顔を上げず、食い入るようにメニュー表とだけ睨めっこを続けていた。
「ご注文はお決まりですか〜?」
看板娘のロメリアが笑顔で接客に向かうが、二人からは何の返答もない。メニューを凝視する者と、俺をニコニコと見つめる者。
不自然極まりない雰囲気に、俺は包丁を動かす手を緩め、ちらりと小柄な方に視線を送った。
ピクッ。
目が合った瞬間、背筋に冷たい氷を突きつけられたような寒気が走る。
(な、なんだろう……初心者さんだよな……?)
疑問を抱く余裕すら、直後に訪れた暴力によって吹き飛ばされた。
ドガァァンッ!!
足で激しく蹴り破られたように店の扉が跳ね開き、店内が一気に静まり返る。
現れたのは、巨木のような体躯を誇る大男だ。その肩には、ぬらぬらと怪しい光沢を放つ、ぶよぶよとした巨大な肉塊が担がれていた。
「うわっ……なんだ、イカ臭ぇ!」
「飯が不味くなるだろバカ野郎!」
早めの昼食を楽しんでいた客たちから怒号が飛ぶが、男は意に介さず、ズシン、ズシンと重い足音を立てて厨房の俺へと一直線に近づいてきた。
「手前がペンタスとかいう奴か」
「は、はい。俺がペンタスですが……」
「話が早くて助かるなぁ! おい、こいつの料理ぃ頼んでもええか!?」
ドサッとカウンターに叩きつけられたのは、クラーケンの肉塊だった。
男の殺気立った眼光に息を呑んでいると、横から凛とした声が割り込む。
「ペンタスへの個人的な依頼なら、営業後にしてもらえないかしら」
プチさんが、すっと大男の前に進み出て立ち塞がった。
「あぁん? なんだぁガキが、舐めてると潰すぞ」
「あんたこそ、営業妨害の自覚はあるのかしら?」
「よええ癖に調子乗っとんちゃうぞ!!」
「――なッ!?」
大男の手が一瞬で伸び、プチさんの首元を鷲掴みにした。さらに腰から引き抜いた小刀を、彼女の喉元へ突きつける。
「こいつをどうにかされたくなきゃ、今すぐ始めろ!」
「わ、わかりま――」
「てんめぇぇ!! フィーユちゃんになんてことしやがる!!」
事態は一瞬で激化した。食事中だった常連プレイヤーたちが一斉に立ち上がり、武器を抜いて大男へ飛びかかる。
しかし、大男は鼻で笑うと、背中に背負った大剣を片手で豪快に薙ぎ払った。
ドォンッ!!
「ぐはっ!?」
「くっ……こいつ、強い……!」
一撃で数人のプレイヤーが吹き飛ばされ、床に転がる。あまりの力の大差に、残された客たちも腰を抜かして怯むしかなかった。
(と、とにかく、俺がこの人の言う通り料理を作れば……誰も傷つかずに済む……!)
焦る胸を押さえ、俺は包丁を固く握りしめた。
「皆さん、大丈夫です! 俺が料理作りますから……安心してください!」
「おう、理解が良くて助かるなぁ! そこで伸びてる雑魚どもとは大違いだ!」
人質に取られたプチさんと一瞬、目が合う。
自分の無力さと恐怖で、包丁を握る手がガタガタと震えて止まらない。
「何ボサッとしてやがる、早く始めろ!!」
大男が苛立ちを露わにし、威嚇のために大剣を振るった。
その刃先は、カウンター席で無言を貫いていたあの新人プレイヤーの首元をすれすれにかすめ、俺の目の前のまな板へと振り下ろされる――。
次の瞬間だった。
隣に座っていたメニューを睨んでいたはずの新人が、影のようにブレた。
目にも留まらぬ速度。気配すら残さず大男の背後へと滑り込むと、その手に握られた一筋の短い刃が、大男の首筋へ吸い込まれるように沈み込んだ。
「てめっ……なに……がはっ……!?」
大男の目が見開かれる。握力を失った手から大剣が滑り落ち、プチさんの身体が解放される。
巨大な肉塊のような男の体が、ズシンと重力に従って床へ倒れ伏した。
シーン……と店内に静寂が訪れる。
「な、なんだあの初期装備のプレイヤー……」
「お、俺、鑑定スキル持ってるから見てみ――えっ!? 阻害された!?」
「認識阻害スキル持ち……!? 初心者なわけねぇ、めちゃくちゃ上位の隠密系職だぞ!」
騒然とする店内。しかし、嵐の張本人である新人は、何事もなかったかのように再びカウンター席に座り直した。
俺は息を呑み、覚えおある寒気が背筋を這った。
「もしかして……アザミさん達ですか?」
俺が恐る恐る尋ねると、厨房を見つめていた小柄なプレイヤーが「あちゃ〜」と言いたげに困り顔を浮かべた。
そして、その手が自身の顔へと伸びる。
ペリペリペリ……ッ。
顔の表面を覆っていた仮面が剥がされ、中から現れたのは、あの少し抜けた表情の少女だった。
「来ちゃった♪」
舌を少し出して笑うアザミ。ということは、一瞬で大男を沈めた隣の頭巾の人物は、間違いなくリンさんだ。
「わ〜〜〜〜っ! やっぱりアザミちゃんだ〜〜〜っ!!」
奥から状況を理解したロメリアが、弾丸のような勢いでアザミへと猛ダッシュしてくる。
「わー! 来ないでー!」
アザミは両手で顔を覆い隠して身を縮こまらせた。
「もう、どこ行ってたのよ! 受付の仕事もほっぽり出して!」
「だってぇ〜」
(それはあなたもでしょうが! にしても受付?)
首を傾げていると、人質から解放されたプチさんが、恐ろしい形相で厨房へ戻ってきた。
「貸して!!」
「えっ!?」
プチさんは俺の手から強引に包丁を奪い取ると、大男が持ち込んできた巨大なクラーケンの肉塊をザクザクと大雑把に切り刻み始めた。
「え、えぇ!? プチさんが調理やるんですか!?」
「違うわよ!! 仕返しよ!!」
生臭い匂いを放つ生のクラーケン肉の切り身を引っ掴むと、プチさんは床で痺れて動けない大男の口へ、容赦なくそれをぎゅうぎゅうと押し込んだ。無理やり顎を動かして飲み込ませる。
「あんたには生臭い生のイカがお似合いだわ――ッ!!」
大男は喉を詰まらせ、白目を剥いて全身をピクピクと痙攣させると、そのまま光の粒子となって消滅していった。
「「「うぉぉぉぉぉッ!? フィーユちゃんがクズ男を討伐したぞぉぉぉッ!!」」」
「「我々の勝利だ―――ッ!!」」
「ふんっ! やってやったわ!」
店内は大歓声に包まれ、プレイヤーたちがプチフィーユを担ぎ上げて盛大に胴上げを始める。
暴れ男が撃退され、一安心した俺の目の前には――ぽつんと残された、巨大なクラーケンの肉塊。
「どうしよう……この余ったクラーケン肉……」
胴上げされながら、プチさんが楽しそうに叫んだ。
「イカリングパーティーよ!!」
「えぇ!? でも、勝手に人様のドロップ品を使っちゃ……」
「これは営業妨害の迷惑料みたいなものよ! さあ、揚げまくるわよ!」
「うぇー!?」
◇
【フラミス】サービス25日目 雑談スレ Part13
102:名無しのバーバリアン
マジ。昼の営業中に大剣担いだゴリラが入ってきた。
103:名無しのバーバリアン
俺らじゃ太刀打ちできんかったわww
104:名無しのバーバリアン
シンプルゴリラ呼ばわり草。
105:名無しのバーバリアン
で、どうなったんだよ!?
106:名無しのバーバリアン
なんか新人に刺されて倒された
107:名無しのバーバリアン
は?
108:名無しのバーバリアン
俺も見てたけどよくわからんかった
109:名無しのバーバリアン
鑑定阻害持ちの初期装備の新人w
110:名無しのバーバリアン
は!? 初心者装備で!?
111:名無しのバーバリアン
あいつら一体何者なんだ……?
112:名無しのバーバリアン
いやぁでもフィーユちゃんの仕返しは最高だったわ。
おっかねえ
113:名無しのバーバリアン
なにがあったん?
114:名無しのバーバリアン
【速報】現在、黄金の鍋でイカリングパーティーが絶賛開催中。
115:名無しのバーバリアン
>>113
とりあえず店まで来いよイカリングなくなるぞ!




