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第51話 誘拐犯がお礼をくれるそうなので友達になりました

 戴天鯸の衝撃的な美味さに打ちのめされ、強烈な満足感と多幸感に包まれた俺は、そのまま意識を手放してしまっていた。


(……ん……ここは……?)


 まぶたを開けると、見慣れないゴツゴツとした岩肌の天井が広がっていた。

 ぼんやりとした頭で周囲を見回す。ふと隣に目をやると、アザミが幸せそうな寝息を立てて丸まっていた。


 心臓が一気に冷え込む。


(そ、そうだった……! 俺、誘拐されてるんだった……!!)


 冷や汗が背中を伝う。慌ててベッドから抜け出そうと身体をよじるが、アザミの細い両腕がまるで抱き枕を抱え込むようにがっちりと俺の胴体に巻き付いていて、びくともしない。


 困り果てて暴れるのを躊躇していると、壁に寄りかかっていた大柄な影が静かに歩み寄ってきた。

 リンだ。

 彼女は俺と目が合うと、一切の感情を交えずに、アザミの腕を一本ずつ優しく、起こさないように丁寧にほどいてくれた。


「……あ、ありがとうございます……」


 小声で礼を言うと、リンは無言で小さく顎を引いた。


 気を取り直して洞窟の調理場へと向かう。床には、リンが持ち帰ってきたフレイムボアの巨体が転がっていた。


(まずは……やるべきことを終わらせよう)


 ここから解放されるためにも、彼女たちが望んでいる料理を完成させなければならない。

 俺はフレイムボアの腹部にナイフを入れ、透き通った赤橙色のヘルフレイムオイルを抽出する。


 次に、下処理を完璧に終えたクラーケンの肉を取り出す。

 太い触手を適度な厚みの短冊状に切り分け、一本ずつ丁寧にくるりと輪っかの形に整えていく。

 リンが買い出しから持ち帰った新鮮な卵、薄力粉、そしてきめの細かいパン粉。

 小麦粉、溶き卵、パン粉の順にクラーケンの輪をくぐらせ、均一な衣の層を纏わせた。


 鍋に注いだヘルフレイムオイルが、パチパチと微細な音を立てて適温に達する。

 息を呑み、衣をつけたクラーケンリングを油の中へと滑り込ませた。


 ――シュワァァァァァッ!!


 洞窟内に、心地よい油の撥ねる爆音が響き渡る。

 超高温の油が衣を瞬時に焼き固め、香ばしいパン粉の匂いと、クラーケン特有の濃厚な磯の香りが一気に立ち上った。


「ん〜……すっごくいい匂い……」


 匂いに釣られたのか、アザミが目を擦りながらベッドから起き上がってきた。


「おはようございます」

「おはよう、ペンタスさん! わぁ、もう始めてくれてるんだ!」

「はい!」


(……というか、地下だから今が朝なのか夜なのかすら分からないけど)


 心の中でツッコミを入れつつ、きつね色にカラッと揚がったクラーケンリングを網ですくい上げる。

 油をよく切り、大皿に山盛りに積み上げ、仕上げに粗塩をパラリと振りかけた。


「クラーケンリング、完成です」

「わぁ〜! イカリングだー! いただきまーす!」


 アザミが手を伸ばすと、リンがスッと前に出て毒味をしようとしたが、アザミは「もう平気だってば!」と笑って制止し、揚げたてをサクッと一口かじった。


 サクッ、ジュワッ。


 軽い衣が弾け、中から押し返してくるようなプリプリの弾力。噛み締めた瞬間に、ヘルフレイムオイルの香ばしさとクラーケンの濃厚な甘みが熱い肉汁と共に口いっぱいに広がる。


「んん〜〜っ! 美味しい……! これこれ、これが食べたかったの!」


 アザミは感動に頬を緩ませ、山盛りのクラーケンリングを凄まじい勢いで平らげていく。リンもまた、差し出された皿から無駄のない動作でリングを口へと運び、噛み締めるように味わっていた。

 あれだけあった山が、ものの数分で綺麗さっぱり消え失せる。


「ふぅ……ごちそうさまでした! どう、リンちゃん?」

「……」


 リンは視界の端でステータス画面を操作し、何かを確認するようにじっと見つめた後、無言で深く頷いた。


「よかったぁ……! ありがとうペンタスさん、おかげでお目当ての物が手に入ったみたいだよ!」

「そうですか、それはよかったです」


 何が手に入ったのかはよく分からないが、満足してもらえたなら何よりだ。


「それでね、お礼なんだけど何が欲しい!?」

「お礼なんて、そんな……ここから出してもらえれば十分です!」

「そっか……そうだよね……」


 アザミがシュンと眉を下げ、洞窟内に気まずい沈黙が流れた。

 このままでは空気が重いと感じた俺は、ふと思いついてメニューウィンドウを開いた。


「あ、あの……ここで会ったのも何かの縁ですし、もしよければフレンドになりませんか?」


 アザミとリンにフレンド申請を飛ばす。

 リンの申請はすぐに承認され、フレンドリストに新しい名前が追加された。

 しかし――。


【エラー:NPCはフレンド登録できません】


 目の前に無機質なシステム警告が弾き出された。


(えっ……? NPC……!?)


 驚いて目を見開く俺の前で、アザミはシステムエラーなど気にする様子もなく、満面の笑みを咲かせた。


「友達! 今日から私とペンタスさんが友達ってことだよね!」

「あ、はい! そうです! 友達です!」

「やったー! リンちゃん、私、友達できたよ!」


 リンはいつものように無言のまま、だがどこか優しい眼差しで頷いていた。


「嬉しいなぁ、新しい友達。ねぇペンタスさん、今度はいつ遊びに来てくれる?」

「毎日は……ちょっと来れませんが、また珍しい料理を作りに来ますよ」


 俺は洞窟の奥に積まれた、未知の食材の山へ視線を送った。


「本当!? 絶対だよ!」


 ◇


 リンに案内され、洞窟の外へ出ると、視界一面に鮮やかな朱色の夕暮れが広がっていた。

 思わず目を細め、しばらくその場に立ち尽くす。


 右手に抱えたラム酒の瓶を見つめる。


「……まずは、これをお店に返しに行かないとな」


 無銭持ち逃げの汚名を返上するため、俺はアスタータウンの市場を目指して小走りで歩き出した。


【フラミス】サービス24日目 雑談スレ Part11


 145:名無しのバーバリアン

 今日黄金の鍋行ってきたんだけど、フィーユちゃん、なんか笑顔に元気がなかったぞ。


 146:名無しのバーバリアン

 まじで? 天使の笑顔が曇るなんて一大事じゃん。


 147:名無しのバーバリアン

 料理人君が今日も厨房にいなかったし、店全体の雰囲気がちょっと暗かったんだよな。


 148:名無しのバーバリアン

 ガランのおっちゃんもロメリア様も大丈夫とは言ってたけど、料理人君の身に何かあったのかな。


 149:名無しのバーバリアン

 前にも仕入れだかなんだかで数日休んでることあったし、まあそんな珍しいことでもないでしょ。


 150:名無しのバーバリアン

 どうせまたレシピ探しの旅にでも出てるんでしょ。


 151:名無しのバーバリアン

 それならいいんだけどな……。

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