第46話 天使の口づけ
「料理人! これを大量生産するわよ!」
「え?」
一さじのショートケーキを口に含んだ瞬間、プチさんがハッと目を見開き、手にしていたフォークを鋭く俺の鼻先に突きつけてきた。
「このショートケーキには間違いなくとんでもない需要があるわ! プレイヤートレードで高く売りつけるのよ!」
「高、高く売りつけるって……プチさんみたいに俺、商才なんてないですよ?」
「私に任せなさい! ほら、食いしん坊は追加の材料買ってきて!」
「ぷちちゃん人使いが荒いー!」
プチさんに手渡されたメモをひったくると、ロメリアは文句を言いながらも「新しいケーキ!」と瞳を輝かせて厨房を飛び出していった。
「まずはスポンジからよ!」
プチさんの威勢の良い声が厨房に響く。
俺は先ほどの手順を反芻しながら、再びボウルへと卵を割り入れた。プチさんも横に並び、見よう見まねでボウルへ向かい、手際よく泡立て器を振るい始める。
――シャカシャカシャカシャカッ!
「プチさん、泡立ちが足りませんよ! 手首の力を使って、空気をもっと巻き込むように……もう少し念入りに!」
「ぐっ……ま、まだ必要なのね!? 頑張るわよ!」
必死に手を動かすプチさんの横で、俺は優しく手本を見せる。
「はい、こうやって丁寧にかき混ぜると、焼いたときに気泡が均一になって、ふわっふわに仕上がりますからね。頑張りましょう!」
「ふん、言われなくても分かってるわよ……っ!」
文句を言いながらも、プチさんの目つきは真剣そのものだ。ただの真似事ではなく、俺の教えを吸収しようと食い入るように手元を見つめている。
二台、三台とスポンジを焼き上げ、出来上がった生地を冷却しつつクリームを仕込んでいたその時、厨房の扉が勢いよく開いた。
「ハァ……ハァ……! はい、プチちゃん! 頼まれたもの買ってきたよ!」
息を切らしたロメリアさんが、両手いっぱいに重そうな袋を抱えて帰ってきた。
袋の中から溢れ出したのは、みずみずしく甘い香りを放つ極上のフルーツたちだ。
鮮やかなエメラルドグリーンのキウイ、濃厚な甘みを予感させるバナナ、うっすらと赤みがかった桃色の桃、太陽の光を吸い込んだような黄色いマンゴー、そして深い紫色に輝く大きなぶどう。
「ありがとうロメリア、助かったわ! ……よし、早速始めるわよ!」
色とりどりの果実をまな板に並べ、器用に切り分けていくプチさんの顔は、いつにも増して生き生きとしていた。
作業を重ねること一時間余り。
作業台の上には、整然と並べられた八台のホールケーキ。
「……できたわ……八個も……!」
プチさんが汗の浮かぶ額を拭い、感慨深さに胸を張る。
彼女はそのうちの一台にすっとナイフを入れ、綺麗な一ピースを少しだけ外してみせた。
切断面からは、雪のように白い生クリームの層に抱かれた、赤、緑、黄、紫の鮮やかなフルーツたちが一斉に顔を覗かせる。
「……完璧。ベストショットだわ!」
パシャリ、とシステム端末のシャッター音が響く。
プチさんは即座にプレイヤートレードの出品画面を開き、完成したケーキのうち七台を登録し始めた。
入力された価格を見て、俺は思わず二度見した。
「ぷ、プチさん……一台七万フラグって、いくらなんでも高すぎやしませんか!?」
「何言ってるのよ! ギルドハウスの修復にはたくさんのお金が必要なのよ!?」
「そ、それもそうなんですが……!」
「はいはい、無駄話はおしまい! 写真撮影行くわよ!」
プチさんは強引に会話を打ち切ると、撮影用に切れ込みを入れたホールケーキを俺の手に押し付けた。
「食いしん坊はこっち!」
「私も撮るんですか!?」
「スマイル!」
「まかせて!」
ロメリアは待ってましたとばかりに一歩前へ出ると、両手でピースを作り、きらんと弾けるような満面の笑みをカメラへ向けた。
「店長は後ろ!」
「……俺も入るのか? ケーキ作りは手伝ってないぞ」
腕を組んで静観していたガランも、プチさんに背中を押されて苦笑しながら後ろへと立つ。
最後にプチさん自身も俺の隣へと滑り込み、カメラのセルフタイマーをセットした。
「はい、みんなで~……スマイル~!!」
――パシャッ!
カメラの光が弾け、一枚の写真が記録される。
中央でケーキを抱える俺、その隣で胸を張るプチさん、前に出て弾ける笑顔のロメリア、そして後ろで重厚な存在感を放ちながら不器用に微笑むガラン。
「ふふん、なかなか良い感じに撮れてるじゃない」
端末の画面を確認し、満足そうに頷くプチさん。
すると、ロメリアがぽんぽんと彼女の袖を引っ張った。
「はい! プチちゃん! 質問です!」
「何よ、食いしん坊」
「く、食いしん坊呼びはやめてよ! じゃなくてね……そのケーキって、私たちで食べていいの?」
「そうね。ロメリアも美味しいフルーツを買ってきてくれたものね」
プチさんは小さく微笑むと、撮影用に使った一台のケーキを丁寧に四等分へ切り分けた。
ロメリアの皿に載せられた一ピースは、他のものよりも露骨に一回り大きく切り分けられていた。
「わぁぁっ! プチちゃん大好きー!」
【フラミス】サービス22日目 雑談スレ Part12
270:名無しのバーバリアン
おい! プレトレに話題のケーキが出品されてるぞ!!
271:名無しのバーバリアン
マジだ!! やっぱりあのケーキ、料理人君の作品だったかwww
272:名無しバーバリアン
これじゃあ10万フラグの懸賞金は立ち消えだな。
273:名無しのバーバリアン
ガランさんまで写ってるけど黄金の鍋の期間限定メニューとかなのかな?
274:名無しのバーバリアン
よし、明日行ってみるわ!
275:名無しのバーバリアン
てか、高すぎるwww
276:名無しのバーバリアン
>>275
甘えんな! フィーユちゃんとロメリア様に貢げると思えば喜ばしき光栄だろうが!!
277:名無しのバーバリアン
ていうか、既に買ってる猛者が5人いる模様www
278:名無しのバーバリアン
あ、いま全部売り切れたわ。
279:名無しのナイト
切り分けると、中から顔を出す色とりどりの宝石たち。
程よいフルーツの甘酸っぱさがクリームの上品な甘みを引き立て、ふわっふわの生地と共に口の中で解け、胃へと流し込まれていく。
まさに天使の口づけ。
280:名無しのバーバリアン
なんかポエマーが詠唱始めたぞwww




