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第44話 ご注文はスマイルですか?

 開店前。入り口で、ロメリアが楽しそうに木製看板にペンを走らせていた。


『本日のおすすめ:無料スマイル!!』


 それを見つけたプチさんが、目を見開いて看板に飛びつく。


「ちょっと! なんでこんなことが書いてあるのよ!」

「だってガランさんが良いって言ったんだもん!」

「俺は好きにしろと言っただけだ」


 腕を組んだガランが視線を逸らした。


「同じことでしょ! さあ、今日もがんばるぞー!」


 ガラガラッと扉が開き、やってきた常連客が看板を見て目を輝かせた。


「ロ、ロメリア様……このスマイルとは一体……!?」

「はーい! スマイル入りましたー!」


 ロメリアさんはくるりと一回転すると、サイドテールを跳ねさせながら、ビシッと両手でピースサインを作って満面の笑みを咲かせた。


「にこっ♪」

「ぐはっ……尊い……ッ!!」


 客は白目を剥いてテーブルへと崩れ落ちた。周りの常連たちが「また始まったよ」「あいつ撃沈したぞ」と生温かい目で見守る。


 続いて別のテーブルの客が、お盆を抱えたプチさんへと向き直る。


「フィーユちゃん! 俺もスマイル頼む! 無料なんだろ!?」

「な、なんで私がそんなこと……っ!」


 嫌々ながらも前へ進み出ると、プチさんは顔を真っ赤にしながら、両手の指をキュッと立てて小さくピースを作った。


「……っ、これで満足!?」

「「「かわいすぎるー!!」」」

「ごちそうさまでした!!」


 店内に湧き起こる盛大な拍手と歓声。


「~~~~っっ!!」


 プチさんは湯気が立ちそうなほど顔を加熱させると、そのままお盆で顔を隠して厨房へと脱兎のごとく逃げ出していった。ロメリアが「あはは! 可愛いー!」と大爆笑している。


 だが、火の粉は思わぬところから飛び火した。


 カウンターの隅で、昼間から酒の入ったジョッキを傾けていたドラセナさんが、意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見たのだ。


「料理人君。スマイル注文」

「えっ?」

「スマイル」

「お、俺もですか!?」


 逃げ場を失った俺は、必死に顔の筋肉をほぐすと、営業用のぎこちない笑顔を浮かべて引きつったピースを作った。


「い、いつもご来店ありがとうございます……!」


「ちょっと料理人! 真面目にやりなさい! 営業が終わったら特訓が必要みたいね!」

「ひえぇぇ……俺まで!?」

「ぺんさん、笑顔が硬いよー!」


 ロメリアにも笑われ、俺は肩を落とすのだった。


 営業終了。


「ふぅー! 今日も大盛況だったね!」

「もう二度とやらないわ……」


 燃え尽きたようにテーブルに突っ伏すプチさん。

 しかし、プレイヤートレード端末を確認すると、彼女が手掛けたスマイル付き写真の料理は、相変わらずの高値にもかかわらず一瞬で全完売していた。


 プチさんは画面をチラ見すると、「……ふん」と嬉しさを隠すように小さく鼻を鳴らした。


 ――ピコン。


 その時、俺のシステムウィンドウに一通のメッセージが届く。


 菖蒲:包丁できたでござる。鍛冶師ギルドまで来られたし。


「プチさん、俺少し用事ができて……!」

「スマイルの特訓から逃げるつもりね!逃がさないわよ!」

「いえ、ちょっと鍛冶師ギルドへ」


 ガタッと勢いよく立ち上がったプチさんと共に、俺たちは鍛冶師ギルドへと向かった。


 鍛冶師ギルドの作業場。案内された部屋で待っていた菖蒲は、無言で作業台の上の布をサッと払い除けた。


 そこに鎮座していたのは、用途ごとに整然と並べられた四本の包丁セットだった。


「……すごい」


 プチさんが思わず息を呑む。

 一本一本が全く異なる美しさを放っていた。


 堂々たる長身と力強い背を持つ、万能の切り込みを可能にする牛刀。

 緩やかな反りと扱いやすさを極めた、三徳包丁。

 手のひらに収まる小ぶりさでありながら、刃先が恐ろしいほど鋭利な細工用ペティナイフ。

 そして、重厚な厚みとずっしりとした重量感を誇る、大型の魚を叩き切るための出刃包丁。


 四本すべてに共通しているのは、幾重にも炭素鋼を折り重ねて鍛え上げられた、流れるような美しい刃文。鏡のように周囲を鮮明に映し出す刀身と、手に吸い付くように馴染む木目の美しい柄。


「さあ、試してみるがよい」


 俺はまだ冷気を纏った氷雪サーモンの大きな一尾を取り出し、まな板に載せた。

 重厚な出刃包丁の柄をぎゅっと握り締める。


 その瞬間――。


(――……ぞわっ!)


 全身の産毛が逆立つような鋭い感覚。自然と身体の中の刀気が動き出し、包丁の刀身に沿って滑らかに流れ込んでいく。

 鏡のような刃先が、淡く神秘的な黄色の光を帯びた。


「……!」

「それがお主の気に応える刃でござる」


 俺は刀気を纏わせた出刃包丁を氷雪サーモンの首元へと静かに振り下ろした。


 ――スッ……。


 手元には、何の抵抗も伝わってこない。

 まるで空気を切り裂いたかのような感覚。あまりの手応えの無さに、一瞬失敗したかと思ったほどだ。


 ぽてん。


 次の瞬間、硬い骨に守られていたはずのサーモンの頭が、ぬるりと滑らかにまな板の上に転がり落ちた。

 切断面はまるで研ぎ澄まされた鏡のように平滑で、細胞が潰れることなく鮮やかなピンク色の断面を見せている。


「切った手応えすら……なかった……! 凄い切れ味です……!」

「満足してもらえたようで何よりでござる」


 菖蒲が満足そうに胸を張る。


「あの、菖蒲さん。おいくらお包みすればよろしいでしょうか」

「練習品のようなものでござるからな……気持ちでよいぞ」


 俺は財布を確認した。


「……三十万フラグで足りますでしょうか?」

「ふむ! それだけあれば十分すぎるほどでござる。ありがたく頂こう!」


 帰り道、包丁を大事に抱える俺の横で、プチさんがじーっと俺の手元を見つめていた。


「料理人……なかなか良い包丁をもらったみたいね。私も同じものを作ってもらおうかしら」

「でもプチさん、高級な包丁はお金がかかりますよ? 菖蒲さんの特注となると……」

「ふふーん! 見なさい!」


 プチさんが得意げに財布を広げて見せる。


「に、し、ろ……す、すごい! 一万フラグ硬貨がこんなにたくさん……!?」

「どうよ!」


 プレイヤートレードでいつの間にこれだけの額を稼いでいたのだろう。


(これは……俺も料理人として負けていられないな!)


【フラミス】サービス21日目 雑談スレ Part11


 101:名無しのバーバリアン

 今日は糖分過剰摂取しすぎたわ。

 ロメリア様の太陽のような笑顔、あれだけで体中の細胞が活性化される。


 102:名無しのバーバリアン

 フィーユちゃんのツンデレ様式美を捨てられないぞ!

 嫌々ピースをして恥ずかしがるまでがセットだ!


 103:名無しのバーバリアン

 拙者はピースすらしてもらえなかったぞ!

「あんたなんかにあげる笑顔はないわ」って言われたでござる!


 104:名無しのバーバリアン

 なんだそのご褒美は!? いくら払ったらやってもらえるんだ!!


 105:名無しのバーバリアン

 日頃の行いの賜物でござるな。拙者のように徳を積まないと。


 106:名無しのバーバリアン

 店長のスマイルもいいぞ!


 107:名無しのバーバリアン

 ガランさんの笑顔なんか怖いwww

 食材を見てニヤついてる顔にしか見えんwww


 108:名無しのバーバリアン

 それにしても料理人君かわいそうだったな。


 109:名無しのバーバリアン

 ドラゴンスミスのヤケ酒に絡まれて無理やりスマイルさせられた挙句、フィーユちゃんからもマジギレされてたの草。


 110:魔法使いギルド総帥

 >>105

 何が徳よ!ウザがられてるだけじゃない!ゴミは焼却処分してあげるわ。


 111:名無しのバーバリアン

 ダメっすよ、姉御。それも彼にとっては……

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