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第42話 スマイル五千フラグ

 黄金の鍋の賑やかな営業中、入口のドアが荒々しく開かれた。


 ――バーン!


「……ッ!?」


 店内の視線が一斉に注がれる。立っていたのは、クラーケン戦の時に出会ったあの魔法使い――プチさんのお姉さんだ。背後には護衛のように二人の魔法使いを従えている。


 彼女は店内に足を踏み入れると、真っ先にエプロン姿のプチさんを捉えた。


「お待たせしましたー! 4番テーブルのお客様、お冷です!」


 ぎこちなくも一生懸命に料理や飲み物を運ぶ妹の姿を目撃し、お姉さんは目を見開いて「なっ……!?」と口をパクパクさせた。


 しかし、暴れ出すかと思いきや、彼女は取り巻きを引き連れて無言で空いているテーブル席へと着席した。そのまま静かに料理を注文し、一口食べると「……ッ」と微かに目を見張りながら、ごく普通に食べ進めていく。


 プチさんもお姉さんの存在に気づいていたが、注文の声が飛ぶたびに視線を逸らし、二人は一度も目を合わせなかった。


 やがて料理を食べ終えると、お姉さんは会計のためにカウンターへと歩み寄ってきた。


 ――ドンッ!


「……これで足りるでしょ」


 カウンターへ硬貨を乱暴に置くと、彼女はそのまま厨房にいる俺の元へとズカズカ踏み込んできて、いきなり耳をキュッと引っ張ってきた。


「痛っ……!? ちょっと、お姉さん!?」

「ちょっと、どうなってるのよ小僧!」


 耳元で低く鋭い小声を響かせる。


「どうとは……?」

「さゆ……妹は料理人になるって言ったじゃないの! なんで料理運びなんて雑用やらせてんのよ!」

「プチさんはまだ料理人見習いというか……包丁の扱いも危険ですし、まずは接客やお店の基本から学んでいるんです。厨房に立つには基礎が必要なんですよ」

「……信じらんない!」


 俺の言葉に吐き捨てるように言うと、お姉さんはぷいっと背を向け、店の外へ出て行った。去り際、入り口で一瞬だけ足を止め、妹の背中を振り返る。


「お姉ちゃん……」


 その視線に気づいたプチさんが小さく呟いたが、お姉さんはそのまま何も言わずに店を出ていった。


 営業終了後。片付けを終えたところで、プチさんが俺の元へ歩み寄ってきた。


「料理人……相談があるの」

「はい、なんでしょう?」

「私……接客だけじゃなくて、やっぱり厨房に立ちたいわ」


 真っ直ぐな瞳。俺は穏やかに頷いた。


「もちろんです。ですが、まずは包丁を上手に使えるようにならないとですね。今日は一人で魚を捌いてみましょう」


 さっそく二人でアスター川の河原へと向かった。

 跳ねるリバーパーチを釣り上げた俺は包丁とまな板をセットし、プチさんに渡す。


「今日は俺、一切手を貸しません。アドバイスだけにしますから、全部一人でやってみてください」

「……わかったわ!」


 気合いを入れて包丁を構えるプチさん。


 ――シャッ、パチッ!


 勢い余って引き剥がされたウロコがバチバチと跳ね、彼女の頬や服に飛び散る。


「うぅ……っ!」

「焦らなくて大丈夫ですよ」


 刃先を入れる角度を誤り、腹を裂いた瞬間に「あっ!」と内臓を破いてしまった。ぬるりとした感触と独特の生臭さが広がり、プチさんは顔を顰める。血合いの洗い流しも甘く、何より一番難しい三枚おろしでは、中骨に身が大量に持っていかれてガタガタの無惨な姿になってしまった。


 皮を剥ぐ際も途中でプチプチと千切れてしまい、小骨を抜く手つきもおぼつかない。


 それでも、プチさんは一匹の魚を最後まで自分の手で切り分けた。


「……できたわ」

「お疲れ様です。さあ、食べてみましょう」


 完成した歪な刺身を一筋、プチさんが口へと運ぶ。


「――いたっ!?」


 次の瞬間、プチさんが喉を押さえて顔をしかめた。


「骨が……っ!」

「小骨の抜き残しですね。魚の骨は喉に刺さると危ないですから、もっと丁寧に取ってあげてくださいね」

「うぅ……」


 悔しそうに落ち込むプチさん。しかし俺は、彼女の頭にぽんと手を置いた。


「でも、ちゃんと綺麗な刺身になっていますよ。一人で最後までやりきったんです。最初からここまでできる人なんて、そうはいません」

「……ほんとう?」

「はい。もう少し練習すれば、すぐに上手になりますよ!」


 俺の言葉に、プチさんの表情にパッと明るい笑顔が戻った。


 黄金の鍋の厨房に戻った俺たちは大量に釣れたリバーパーチを前に腕を組んでいた。


「さすがに……こんなに大量の刺身、私たちだけじゃ食べきれないわね」

「うーん、そうですね……」


 俺は少し考えてから、アイデアを口にした。


「では、プレイヤートレードに出品してみませんか?」


 炊きたてのご飯に酢と砂糖、塩を合わせて甘酸っぱい香りの立つシャリを作り、プチさんが捌いた身を乗せて『川魚のお寿司』を作り上げた。


 プレイヤートレードを二人で覗き込む。


「えーっと、商品名は……『川魚のお寿司』でいいかしら。……ねえ、この『適正価格:500フラグ』って何?」

「俺も見たことないですね……相場でしょうか?」

「500フラグなんて安すぎるわ! 私はこれを……5000フラグで売るわ!」

「えっ!? 10倍ですか!? 高すぎませんか!?」

「私の努力の結晶よ! 安売りなんて絶対にしないわ!……あ、生産者表示? これも登録できるのね」

「そんなものも追加されてるんですね」

「任せなさい!」


 カメラに向かって、プチさんはびしっとピースサインを決め、弾けるような満面の笑顔を見せた。


 パシャリ。


 登録完了。5000フラグという破格の値がついたお寿司がトレード市場へと流れる。


「……まあ、流石にこの値段じゃあすぐには――」


 ――ピロンッ♪ 『商品が購入されました!』


「売れたわ」

「えぇぇぇぇ!?」


 出品してほんの数分。まさかの即完売通知に俺は目を見開いた。

 端末に届いた購入者レビューを開いてみる。


『★★★★★:笑顔が最高でござる』


(……これ、料理の感想?)

「ふふーん! どうよ料理人! 私の笑顔の価値よ!」


 胸を張って誇らしげに鼻を鳴らすプチさん。



【フラミス】サービス19日目 雑談スレ Part9


 19:名無しのバーバリアン

 うおおお! フィーユたんが寿司を出品しているでござる!


 20:名無しのバーバリアン

 な、なんだってー!?(フィーユたんって誰や!?)


 21:名無しのバーバリアン

 拙者、早速ポチったでござる。笑顔が眩しかったでござる。


 22:名無しのバーバリアン

 あの5000フラグの寿司か。


 23:名無しのバーバリアン

 買ったのお前だったのかwww


 24:名無しのバーバリアン

 高すぎて誰も買わんと思ってた。


 25:魔法使いギルド総帥

 何勝手に買ってるのよ!!


 26:名無しのバーバリアン

 うおw総帥きたwww


 27:魔法使いギルド総帥

 プレイヤートレードに出品されてるなんて盲点だったわ……。

 これから毎日巡回するわ!


 28:名無しのバーバリアン

 ほう、拙者と早押し勝負でござるか。


 29:魔法使いギルド総帥

 受けて立つわ! 絶対負けないんだから!


 30:名無しのバーバリアン

 ところで寿司、美味かったの?


 31:名無しの侍

 天にも昇る味でござった。


 32:名無しのバーバリアン

 感想がふわっとしすぎwww


 33:名無しのバーバリアン

 皆の者、小骨には注意するでござるよ。


 34:名無しのバーバリアン

 あっ察し。

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