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第40話 あじのなめろう

「……次は、私もやってみる」


 プチさんはピチピチと跳ねる潮香アジを一匹取り出した。その手には、まだ少しぎこちない力が入っている。


「じゃあ、アジのなめろうを作りましょうか!」

「よろしくお願いします……先生」

「先生なんて大げさですよ」

「いいから教えなさい!」


 少し頬を赤くしながらも、プチさんは真剣な眼差しで右手で包丁を握りしめた。


「まずはウロコから剥いでいきますよ。包丁を横に寝かせて、表面を優しくさするみたいに……」


 俺はプチさんの背後に回ると、包丁を持つ彼女の右手にそっと軽く手を添えた。


 ――シャッ、シャッ……!


「やってみてください」

「わかったわ」


 一人で包丁を動かすプチさん。力を入れすぎてしまい、途中で「あっ!」と皮まで削ってしまったが、その表情は真剣そのものだ。


「大丈夫、最初はみんなそうですよ。ウロコが取れたら水洗いしましょう」


 続いてカマの切断だ。


「カマの後ろから包丁を入れて、まっすぐ落とします」

「カマ……?」

「この胸ビレのところです。ざっくりいっちゃってください」


 プチさんは小刻みに頷くと、意を決して刃を押し当てた。


 ――ザクリ。


「うへぇ……気持ち悪いわね」


 断面から覗く内臓に、プチさんが少し顔を顰める。


「がんばりましょう! 腹に切り込みを入れて内臓を取り出したら、血合いを洗い流して水分を拭き取ります」

「料理人って、思ったより大変なのね……」

「その分、とびきり美味しい料理になりますから」


 下処理を終え、次はいよいよ最大の難所である三枚おろし。

 慣れない手つきで包丁を入れるプチさんだったが、刃が中骨から外れてしまい、アジの身がガタガタのボロボロになってしまった。


「あぁ……」


 落ち込むプチさんの手に、俺は再びそっと手を重ねた。


「大丈夫です。押さずに、刃先を滑らせるイメージで……」


 一緒に包丁を走らせると、すうっと美しい断面を描いて身が離れていく。


「できた……!」

「上手です! 次は腹骨を削ぎ落として、中骨を抜きますよ」


 ちっちゃい、と呟きながら一本ずつ小骨を抜き取っていくプチさん。俺も反対側の身の骨抜きを手伝った。


「しっかり抜かないと、食べたとき喉に刺さっちゃいますからね!

「次は皮を剥ぎます。お腹側の皮に少し切れ込みを入れて……指の腹でなぞるようにぐっと!」


 ――ペリ、ペリペリッ……!


 途切れ途切れになりながらも、綺麗に銀色の皮が剥がれていく。


「次は身を細切れにしていきましょう! サイコロステーキを作るみたいに、好きな大きさに切っちゃってください」

「それならできそう!」


 トントンとテンポよくアジを刻んでいくプチさん。その間に俺は調味料の準備に入った。ボウルに白味噌、酒、みりん、少量の砂糖を入れて混ぜ合わせる。小鍋にごま油を垂らし、合わせ味噌を投入して火にかけた。ふつふつと香ばしい香りが立ち上ったところで一度火から下ろす。


「プチさん、この薬味をみじん切りにしてもらえますか?」


 生姜、ミョウガ、大葉を渡すと、プチさんはトントントンと軽快な音を響かせた。


「さっきより包丁使いが綺麗ですね」

「……ふふん、これくらい余裕よ」


 嬉しそうに胸を張るプチさんから薬味を受け取り、先ほどの小鍋でサッとごま油と炒めて香りを立たせ、味噌と合わせる。そこへ細切れにしたアジの身を投入し、まな板の上で包丁の背と刃を使って叩いていく。


 ――トントントントンッ……!


 アジの身と香ばしい薬味味噌が完全に一体化し、ねっとりとした質感に変わっていく。


「完成です!」

「やったわ!」


 盛り付けたお皿を前に、二人で手を合わせた。


「「いただきます!」」


 箸先でぽってりと掬い上げ、そっと舌の上へと乗せる。


 その瞬間、まず口内を激しく支配するのは熱されたごま油の芳しい香りと、焦がし焼き味噌の濃厚で香ばしいコクだ。まろやかで温かな脂の膜が、一瞬で舌全体を優しく包み込んでいく。


 前歯で噛み締める必要すら一切ない。


 包丁で丹念に叩き上げられたアジの身は、口内の体温に触れた途端、ねっとりと極上のペーストのように解きほぐれ、驚くほど滑らかにとろけていく。


 舌の上で滑らせるたび、溢れ出してくるのは新鮮なアジ特有の力強く甘い脂と旨味の濁流。


 それを追うように、サッと熱を通した生姜とミョウガのシャキッとした涼やかな辛味、そして大葉の突き抜けるような清涼な芳香が、鼻腔をダイレクトに駆け抜ける。魚特有の生臭さやクセは、薬味たちの鮮やかな青い香りによって完璧に打ち消されていた。


 すり潰すごとに、身のねっとりとした甘みと、薬味の爽快な刺激、そして合わせ味噌のまろやかな塩気が絶妙なグラデーションを描き出し、味覚を強く揺さぶってくる。


 舌に纏わりつく余韻を惜しみながらゴクリと呑み込むと、濃厚な味噌と魚介の旨味が、喉奥へとなめらかに滑り落ちていった。


「美味しいですよ、プチさん!」

「ふふん! 私の筋がいいのよ!」


 誇らしげに鼻を鳴らすプチさんの瞳がきらきらと輝いていた。


【フラミス】サービス17日目 雑談スレ Part1


 867:名無しのバーバリアン

 悲報、ワイ氏鍛冶師に転職することになった件。


 868:名無しのバーバリアン

 なんでや?


 869:名無しのバーバリアン

 酒の飲み比べに負けた。


 870:名無しのバーバリアン

 断れよwww


 871:名無しのバーバリアン

 だがしかし!

 もし鍛冶師になったら、あのメイドさんに毎日会えるんじゃないかと思うんだ。


 872:名無しのバーバリアン

 メイド目当てかよ!


 873:名無しのバーバリアン

 ふっ……計画通り。


 874:名無しのバーバリアン

 後付けやんそれ絶対。


 875:名無しのバーバリアン

 飲み比べに勝ったら武器作ってくれるなんて口車に乗せられたとか口が裂けても言えない。


 876:名無しのバーバリアン

 口裂けてるやんwww


 877:名無しのバーバリアン

 武器作ってもらえるなら俺もその飲み会エントリーしたいわ。

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