第38話 料理人になる
「魔法使いさんもいかがですか?」
トレーを差し出すと彼女は鋭い眼光で俺を睨みつけてきた。
「何よ。負けた私を笑いに来たの?」
「いいえ、そんなつもりじゃ……ただ、温かいうちに食べていただきたくて」
「……置いていきなさい。」
ぶっきらぼうに言い捨てると彼女は素気なくトレーを受け取った。
半信半疑のまま、まずは真っ赤な衣に包まれたクラーケンリングを一つ摘まみ、おそるおそる口へと運ぶ。
――ザクッ……!
澄んだ軽い破砕音が響いた。
続いてクラーケンの墨を纏ったパスタをフォークで一口。
「……ッ」
怒りに満ちていた彼女の表情が少しだけ緩む。
後ろから恐る恐る近づく足音があった。
「お、お姉ちゃん……!」
振り返るとエプロン姿のプチさんが指をモジモジとさせながら立っていた。
「これ……私も作るの手伝った……の」
「さゆり……」
姉は皿から視線を外し、ゆっくりと妹の方へ向き直った。
トレーを即席の氷のテーブルにそっと置くと静かな歩調でプチさんへ歩み寄る。緊張で身体をこわばらせるプチさんの前に立つと、そっとその両手を優しく包み込んだ。
「……この前は、悪かったわ」
「え……?」
「もう、あんたのことを役立たずなんて言わないから……だから、戻ってきてくれない?」
プチさんは小さく目を見張り、それから柔らかく微笑んだ。
「いいの……もう気にしてないから」
その言葉を聞いて、お姉さんの顔にぱっと安堵の笑顔が戻る。
「じゃ、じゃあ! 私がちゃんと魔法の使い方を一から教えてあげるからね! また一緒にパーティ組んで頑張りましょ!」
手を取り合って喜ぶ。だが、プチさんは静かにその手を解き、真っ直ぐに目を見つめた。
「お姉ちゃん。私……魔法使い、やめることにしたの」
「――え?」
笑顔が崩れた。
「ど、どうしてそうなるのよ!?」
「だって……モンスターと戦うの怖いし。それに、他にやりたいこと見つけたの」
「やりたい……こと?」
「うん。私、決めたの。料理人になる!」
静かだが固い決意の籠もった声。
お姉さんは信じられないといった様子で首を振った。
「料理人なんて……っ! 私と二人で、最強の魔法使いになるって決めたじゃない!」
「それ、お姉ちゃんが勝手に決めたことでしょ!」
プチさんの声が跳ね上がった。
「いっつもそう! お姉ちゃんは自分の理想ばっかり押し付けて……たまには私の気持ちも考えてよ!」
「わ、私だってあんたのことを思って――」
反論しようとしたお姉さんだったがプチさんの目から溢れ出そうになっている涙を見て、絶句した。
魔法使いは大きく深呼吸をすると、その鋭い威圧感を纏い直し、すたすたと俺の方へ歩いてきた。
(ひえっ!?)
俺の胸元に人差し指を突きつけ、顔を至近距離まで寄せて睨みつけてきた。
「……私のかわいいかわいいさゆりをたぶらかしやがって。絶対に許さないんだからねッ!」
冷や汗を流す俺を威嚇すると彼女はクラーケンリングをひょいと一つ摘まみ上げ、パクッと口に放り込んだ。
モグモグと噛み締めながらフンッと鼻を鳴らして去っていった。
去っていく背中を苦笑いで見送ってから、プチさんに振り向いた。
「えーと……プチさん。料理人になるって、本当ですか?」
「ええ、そうよ!」
プチさんは胸を張り、照れくさそうに、けれど誇らしげにニッコリと笑った。
「私、料理を作ってる時の方がずっと楽しいの。それに……こっちの方が向いてる気がしたんだもの!」
その澄んだ瞳と輝く笑顔を見て、俺は小さく頷くのだった。
【フラミス】サービス16日目 雑談スレ Part13
44:魔法使いギルド総帥
あの料理人絶対に許さないわ!!!
45:名無しのバーバリアン
何があったwww
46:名無しのバーバリアン
姉御~ここ一般スレですぜ。
47:魔法使いギルド総帥
知ってるわ!魔法使いギルドはあの料理人に宣戦布告するわ!
48:名無しのバーバリアン
一般魔法使いのワイ氏ギルド総帥とか知らない件について。
49:名無しのバーバリアン
ややこしくてすまん。姉御が勝手に名乗ってるだけだから……
50:名無しのバーバリアン
それにしてもフィーユちゃんが料理人になるなんてねえ
51:名無しのバーバリアン
姉御のスパルタ教育に耐えかねたんですよ
52:魔法使いギルド総帥
分かってるわよ!反省しているのわ!
53:名無しのバーバリアン
フィーユちゃんの手料理食べれるとか最高ぢゃん。
54:名無しのバーバリアン
てか俺らのフィーユちゃんを独り占めするとか許せねえなあ!どこの料理人だ。
55:魔法使いギルド総帥
そうよね!許せないよね!
56:名無しのバーバリアン
まーた始まったよ。もうこれで何回目さ。
57:名無しのバーバリアン
料理人君逃げて超逃げて!




