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第37話 クラーケンリングとイカ墨パスタ

 俺が腕をまくってクラーケンの巨大な肉片に向き合うと、背後から足音が近づいてきた。

 振り向くと、どこから用意したのかピンクのフリルがついたエプロンを身に纏い、腕組みをしたプチさんが立っていた。


「私も手伝ってあげるわ!」

「えっ、本当ですか!? 助かります、ありがとうございます!」

「感謝しなさいよね……!」


 少し頬を赤らめながら、プチさんが調理台の前に並ぶ。

 だが、まな板の上に載せられたクラーケンの肉片を見るやいなや、彼女は両手で鼻を覆って顔を顰めた。


「くっさいわねこれ!? 本当に食べられるようになるの!?」

「ふふ、だからこその下処理ですよ」


 まずは肉片に塩を多めに振りかけ、生々しい表面を念入りにもみ込んでいく。浮き出てきた雑味とぬめりを冷水で一気に洗い流し、キッチンペーパーで表面の水分を丁寧に拭き取った。さらに少量の酒を振りかけて、少し置く。


「あ……本当に匂いが消えていく……」

「ここからが本番です!」


 下処理を終えたクラーケンの肉を細い短冊状に切り分け、さらに噛み切りやすくなるよう細かく隠し包丁を入れる。それを丸く結んで輪っかの形に整えた。

 塩コショウで下味をつけ、薄力粉、卵、水を合わせたバッター液にたっぷりとくぐらせ、粗目のパン粉を隙間なく塗していく。


「プチさん、これを揚げてもらえますか?」

「任せなさい!」


 プチさんが鍋を満たす真っ赤なヘルフレイムオイルにクラーケンリングを投入する。


 ――ジィジィジィッ……! ジュワァァァァッ!!


 パチパチと脂の音とともに、香ばしい衣の香りが厨房いっぱいに広がっていく。

 プチさんに揚げ作業を任せている間、俺は次の工程に入った。


 今度は肉を麺のように長め、そしてかなり細くカットしていく。

 できた肉の麺をぬるめの湯にくぐらせて軽く加熱する。

 続いてフライパンへマグガーリック、竜の爪、そしてヘルフレイムオイルを投入して火にかけた。


 ――ジュワッ……!


 フワリと立ち上るニンニクの強烈な芳香! 紅色に色づいたところで刻んだアスターオニオンを加えて炒め、最後にクラーケンの墨を投入してじっくりと煮詰めていく。

 湯がいた肉の麺をフライパンへ投入し、真っ黒な墨ソースと手早く和え、塩コショウで味を調える。


 こうして、クラーケンリングとクラーケン墨そうめんが完成した。


 出来上がった大量の料理を抱え、氷の広場へと繰り出した。

 外では未だにクラーケンの解体作業が進んでおり、途方に暮れて氷上にテントを張るプレイヤーの姿もあった。


 その片隅で、船乗りのNPCに詰め寄っている女性魔法使い――プチさんの姉の声が響いていた。


「なんで船が動かせないのよ!!!」

「も、申し訳ありませんお客様! 船体が大破しておりまして、修理にはかなりの時間が……」

「あーもう! そればっかり! こんなことなら船なんて乗るんじゃなかったわ!」


 相変わらず周囲の空気はピリピリと荒れていた。

 俺はまずドラセナの元へ向かい、試作品を差し出した。


「ドラセナさん、味見をお願いします!」

「おっ、できた? どれどれ……」


 クラーケンリングを一口かじった瞬間、ドラセナの目が丸くなった。


「う、うまっ!? 臭みが完全に消えてる……! こんなに変わるなんて、やっぱり料理人君の腕は最高だよ!」

「他のできたてもじゃんじゃん持ってきますね!」

「オレたちも手伝うぜ、料理人君!」


 声のした方を向くと救助を終えたマッチョ三人組が爽やかな笑顔で立っていた。

 彼らは筋肉のパワーを駆使し、氷を砕いて即席の彫刻テーブル、ベンチ、盛り付け台を次々と組み上げていく。あっという間に氷の上に特設レストランが誕生した。


「ほら、お前らも喧嘩してないで食え食え!」


 マッチョたちが料理を配膳していく。

 最初は「クラーケンの肉なんて食えるかよ」「いらねーよ」と突っぱねていたプレイヤーたちも、漂ってくる悪魔的な香気に抗えず、おそるおそる料理を口へと運んだ。


 プランツも氷の席についてクラーケンリングを豪快に頬張る。


「……! 素材争奪戦には負けたが、こんな美味い飯が食えるならラッキーだわな!」


 俺たちもテーブルにつき、出来立ての料理に舌鼓を打った。


 まずは、紅色の衣に包まれたクラーケンリング。

 前歯を立てると、「ザクッ……!」と澄んだ破壊音が響き、香ばしい衣が弾ける。その先で待っていたのは、前歯を押し返すような弾力を持ったクラーケンの身。

 噛み締めた瞬間に、閉じ込められていた熱い旨味が溢れ出し、噛むほどに濃密な甘みが口いっぱいに広がる。トッピングした獄炎マヨネーズのコクと強い塩気が、肉の旨味を極限まで引き立てていた。


 続いて、見た目が真っ黒でショッキングなクラーケン墨そうめん。

 湯気とともに立ち上るのは、豊かな磯の香りとマグガーリックの食欲をそそる芳香だ。

 フォークで巻き取って口へ運ぶと、麺に見立てた肉は驚くほどモチモチと柔らかい。真っ黒な墨ソースは見た目に反して苦味や癖が一切なく、まるで濃厚な魚介出汁を凝縮したような深みのある旨味が脳を直接揺さぶる。


「う、美味すぎる……!」

「なんだこれ、体の中から熱くなってくるぞ……?」


 夢中で食べていたプレイヤーがふと首を傾げた。


「ん……? なんか変な通知が出たな。潜在能力……なんだこれ?」

「俺もなんか出たぞ? 」


 首を傾げた彼らはそれでも次の一口へと箸を伸ばしていた。あちこちの氷のテーブルから、笑い声とフォークの音が絶え間なく響いてくる。


 ふと見ると、先ほどまで船乗りNPCと怒鳴り合っていた魔法使いが遠くでポツンと不機嫌そうに佇んでいた。


「……よし」


 俺は出来立てのクラーケンリングと墨そうめんをトレーに乗せ、彼女の元へと足を進めた。


【フラミス】サービス16日目 雑談スレ Part13


 30:名無しのバーバリアン

 [画像]

 鍛冶師ギルドからおすそ分け来たんだが。


 31:名無しのバーバリアン

 なにこれwww


 32:名無しのバーバリアン

 クラーケンのフライとパスタらしいぞ


 33:名無しのバーバリアン

 食いもんより素材を分けてくれよ!


 34:名無しのバーバリアン

 まあでも食ってみたらバカ美味かったわ。飛ぶぞこれ。


 35:名無しのバーバリアン

 てか飯食ってたら潜在能力解放ってスキル出てきたんだけどこれ何?


 36:名無しのバーバリアン

 なにそれ? 新種のスキル? 見たことないんだけど。


 37:名無しのバーバリアン

 あ、俺も出たわ。説明読んでもよくわからんかったww


 38:名無しのバーバリアン

 でもなんかステータス欄で怪しく光ってるしやばそうww


 39:名無しのバーバリアン

 クラーケン料理の特殊効果じゃねーの!? こんど遭遇したら俺も食ってみるわ!


 40:名無しのバーバリアン

 検証頼むわww


 41:名無しのバーバリアン

 うわ美味そう! それどこで食えるん?


 42:名無しのバーバリアン

 海上www

 [画像]


 43:名無しのバーバリアン

 海凍らせてて草w

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