第19話 小魚の佃煮
翌朝、ログインしてすぐにプレイヤートレードを確認すると、昨日出品しておいたオーク肉の魯肉飯十個は綺麗に完売していた。
(おお、完売してる……! 良かった、みんなに喜んでもらえたみたいだ)
売上金の五千八百八十フラグを回収し、俺はほくほく顔で黄金の鍋へと向かった。
店に到着するとガランがニヤリと不敵な笑みを浮かべて木札を指差した。そこには力強い文字で『新メニュー:オーク肉の魯肉飯・六百フラグ』と書き加えられている。
そして、営業開始の鐘が鳴るやいなや、店内は昨日以上の大騒ぎになった。
「おい、もうメニューに追加されてるじゃん! ガランさん、これ一杯!」
「俺も俺も! 昨日トレードで買えなくて悔しい思いしたんだよ!」
「このトロンとした脂身とスパイスの香りがたまらねぇ……白米が秒で消える!」
注文は怒涛の勢いで押し寄せ、オーク肉の魯肉飯は文字通り飛ぶように売れていった。
そんな賑やかなカウンターの片隅には昨日に引き続きドラセナの姿があった。俺が仕込みの合間にサービスとしてシュガースライムの果汁を使った特製カクテルを差し出すと、彼女は目を丸くして喜んでくれた。
「わ、これめっちゃ好きやわ! 甘みと冷たさがガツンと来て最高!」
――やがて大盛況の営業が終わり、客たちが引いた後もドラセナはカウンターに座ったまま残っていた。グラスを揺らしながら、彼女がふと俺に視線を向ける。
「そうだ、料理人君さ。明日とかって暇だったりする?」
「え? はい、ここのバイトが終わってからの時間なら空いてますけど……」
「あちゃー、明日もバイトか。逆にいつなら丸一日空いてるの?」
「いや……基本毎日シフト入ってるので、休みとかは特にないですね」
俺が率直に答えると、ドラセナは大袈裟にのけ反って厨房の奥を睨みつけた。
「ガランのおっちゃん、そりゃひどすぎるわ! ブラック労働やん!」
「おいおい、俺が無理やり働かせてるみたいな言い方すんじゃねぇよ」
ガランさんが呆れたように髭を揺らす。俺も慌てて手を振った。
「違いますよドラセナさん! 俺が勉強したくて、好きで毎日入らせてもらってるんです。ここで学べること、本当に多いですから」
「うーん、そっかぁ。実はさ、今度ちょっとしたレイドに行くことになってね。料理人君にも同行してもらおうと思って声をかけたんだけど……」
「レイド、ですか?」
思わぬ大規模戦闘の単語に俺が目を瞬かせると、それまで黙って聞いていたガランさんが、俺の背中をバシッと力強く叩いた。
「おい坊主。面白そうじゃねぇか、行ってきな」
「えっ!? でも、お店の仕込みや営業が……」
「気にするな。店は俺一人でも回せる。お前は料理人だが、ずっとこの狭い厨房に引きこもってちゃそれ以上の成長はねぇぞ。外の広い世界に出りゃあ、もっと面白い食材や新しいレシピがいくらでも転がってる。そいつは必ずお前のためになるはずだ」
「ガランさん……」
しばらく言葉が出てこなかった。ようやく絞り出すように、俺は頭を下げた。
「……ありがとうございます! ぜひ、行かせてください!」
「よし、前向きな返事が聞けて良かったよ」ドラセナは満足げに微笑んだ。「じゃあ、詳しい話は明日まとめて持ってくるね。あ、それと、カクテルもう一杯おかわり!」
「はい、どうぞ!」
「お嬢が来ると酒の在庫の減りが早くてかなわんな」
そんな和やかな会話を交わしていると、突然、店の扉がバーン!と勢いよく開け放たれた。
「営業時間はもう終わったぞ」
そこに立っていたのはこの前かき揚げを作ってあげた、あの魔法使いの女の子だ。彼女は大きな木製のバケツを両手で抱え、ずかずかと俺の元へと歩み寄ってきた。
「ふん、どうよ料理人! 今日はこんなにたくさん集めてあげたわよ!」
バケツの中を覗き込むと、銀色にきらめく新鮮な小魚がみっしりと詰まっていた。
「わあ、いっぱいですね! こんなに集めるなんて本当に凄いです!」
「ふ、ふんっ! 私にかかればこの程度、楽勝に決まってるじゃない!」
少女は顔をわずかに赤くしながら、ふんぞり返って得意げな声を上げた。
さて、この大量の小魚をどう調理しようか。この前はかき揚げにしたが飽きないように今回は別のものにしようか。
まずは小魚の頭と内臓を丁寧に取り除いていく。下処理を終えた小魚を熱した中華鍋へ投入し、油をひかずにじっくりと乾煎りしていく。
シャラシャラ……と、鍋肌と魚が擦れ合う乾いた音が響く。水分が抜けるにつれて、魚の生臭さが消え、香ばしい磯の香りが立ち上ってきた。
「今日はあのかき揚げじゃないのね」
少女が物珍しそうに鍋の中を覗き込む。
「はい、じっくり煮詰めて味を染み込ませるんです」
別の鍋に醤油、砂糖、みりん、酒を合わせ、中火で一煮立ちさせる。そこへ乾煎りした小魚を一気に投入した。とろみのついた甘辛いタレが、魚の繊維にじわじわと染み込んでいく。
その時、少女の視線が、ドラセナが美味そうに煽っているカクテルへと移った。
「あ……。おばさん、なんか凄くおいしそうなジュース飲んでる」
ピキッ、とドラセナのこめかみに青筋が浮かぶ。
「おばさんって……これは大人の飲み物。ガキにはまだ百光年早いねぇ」
「なっ……! 私、もう子供じゃないんだからー!! ぷんすか!」
小さな拳を握って怒る少女と、それをからかうように笑うドラセナ。
「はいはい、二人とも喧嘩しないの。完成しましたよ」
調味料が完全に小魚に絡み、美しい飴色のツヤが出たところで火を止める。皿に盛り付けると、濃密な醤油と砂糖の香ばしい匂いが厨房を満たした。
「わあ……! すっごく美味しそう……!」
「さあ、召し上がれ」
箸でまとめて口に運んだ少女の目が、一瞬で輝いた。
――サクッ、むぎゅ。
乾煎りしたことで凝縮された小魚の旨味が、甘辛いタレの濃厚な塩気とギャップを生み出し、噛み締めるたびに口いっぱいに広がる。素朴ながらも、一切の手抜きがない奥深い味わいだ。
「料理人君、これ美味そうやん。うちにも少し分けてもらえない?」
「どうでしょう……彼女が頑張って集めた食材ですから、彼女に聞いてみてください」
「む……。ま、一個くらいなら、分けてあげないこともないわよ!」
少女が少し照れくさそうに言うと、ドラセナは「ありがと」と容赦なく何匹もの佃煮をまとめてつまんで口に放り込んだ。
「わああっ! ちょっと取りすぎ! これ私のなんだからね! ガルルルル!」
「あはは、怒んなって。美味いなぁこれ」
そんな二人の騒がしいやり取りを微笑ましく横目で見ながら、俺は手早く凍結魔法の指輪を使いシュガースライムをカチカチに凍らせて即席のシャーベットを作った。
「はい、魔法使いのお嬢さん。頑張ってくれたお礼です」
「ええっ……私にくれるの!? ……あ、ありがと」
真っ白な氷の麺にオレンジの果汁がとろりとかかったシャーベットを受け取り、少女は嬉しそうに頬を緩ませた。それを見たドラセナがすかさずグラスを差し出してくる。
「なぁなぁ料理人君、そっちの冷たいのも美味そうやな。うちはシロップに氷結スカッシュで一杯頂戴!」
「わかりました。本当にぶれませんね、ドラセナさんは」
炭酸水がシュワシュワと弾ける爽快なシャーベットを差し出すとドラセナは嬉しそうに喉を鳴らした。
【料理人ギルド修復費用まで】
596,350/50,000,000フラグ
前日比:+6,380
(内訳:オーク肉の魯肉飯 +5,880 / バイト代 +500)
達成率:1.2%
【フラミス】サービス10日目 雑談スレ Part4
0812:名無しのバーバリアン
おいお前ら! 運営からのお知らせ見たか!?
0813:名無しのバーバリアン
見た見た! 「プレイヤートレードにおける仕様変更の検討について」ってやつだろ!
マジで俺たちの署名要望が通ったんじゃねえのこれ!?
0814:名無しのバーバリアン
おおー! 対応検討ってことは、近いうちに出品者の名前とかアイテムのステータスが見えるようになるかもな。楽しみだわ。
0815:名無しのバーバリアン
チッ……クソ運営が。余計なことしやがって。せっかく名前偽装してゴミ料理を高値で売って荒稼ぎできると思ってたのによ。
0816:名無しのバーバリアン
お? 早速あぶり出されてて草。転売ヤーというか詐欺師くん息してるー?ww
0817:名無しのバーバリアン
>0815 こいつ特定しろ特定。通報フォーム投げておくわ。
0818:名無しのバーバリアン
うわ、こいつのID調べたらVPN使って海外経由にしてやがる。自衛だけは一丁前だな。
0819:名無しのバーバリアン
当然だろ。規約の穴を突いて稼ぐのは自由だわ。真面目に料理作ってる奴らが馬鹿なだけ。善人ぶった奴らウザ。
0820:名無しのバーバリアン
他人に迷惑かけて楽しいか? お前みたいなやつがいるからシステムが不便になるんだよ。
0821:名無しのバーバリアン
規約に書いてなきゃ何やっても自由だろ。トレードが修正されて使えなくなるなら、今度は街の外でぼっちの生産系NPCとか弱いプレイヤーをキルしまくって身ぐるみ剥いで稼いでやるわwww
0822:名無しのバーバリアン
お前ガチのサイコパスかよ……。
0823:名無しのバーバリアン
えっぐ……。
0824:名無しのバーバリアン
おい、お前ゲーム内で見つけたらマジでPKして引退させてやるからな。名前教えろよ。
0825:名無しのバーバリアン
教えるわけないだろバーカwww せいぜいお前らはおままごと料理でも食って喜んでろよwww
百光年は時間じゃなくて距離やないかーい!って突っ込み待ってます。
※オーク肉の魯肉飯(600フラグ-手数料2%12フラグ)×10で5880フラグです!手数料については第14話で触れたので情報量の削減のために圧縮しました。




