第17話 届け、この声
翌朝。俺は黄金の鍋の厨房でガランに昨日作ったばかりの試作品を差し出していた。
「ガランさん、これ、お店の新しいデザートメニューにどうでしょう?」
器に盛り付けたのは透き通るような白の氷の麺に紫色のブドウ果汁が鮮やかなグラデーションを描くスライムシャーベットだ。
「ほう、スライムをデザートにか。……どれ」
ガランが太い指でスプーンを持ち豪快に口へと運ぶ。シャクッ、と小気味よい音が厨房に響いた。
「――うめぇ。冷たさの後に、このブドウのガツンとした甘みが脳に直接届く。これなら間違いなく売れるぞ」
ガランは満足げに頷いたが、すぐに腕を組み、うーむと唸り声を上げた。
「だが、一つ問題があるな、坊主」
「問題、ですか?」
「これを作るにゃ、カッチカチに凍らせたスライムが必要なんだろ? だが、今のところうちの店にも、他の料理人にも、お前みたいに【凍結魔法】を器用に扱える奴がいねぇ。仕込みの量産ができねぇんだ」
「あ……」
言われてみればその通りだ。あのシャーベットはドラセナさんから貰った指輪による魔法の力があって初めて成立したレシピだった。
「それもそうですね……。何か魔法を使わなくてもいいような、別の方法を考えてみます!」
期待の新メニューだったがデザートの実装は一旦保留ということになった。
――そして、営業開始。
黄金の鍋は今日も開店直後から大繁盛だった。
「オーク肉の厚切りグリル!」「リバークラブの唐揚げ、二個くれ!」「こっちもロックボアの野菜スープ!」
注文をさばく俺の手際も、ここ数日でかなり馴染んできている。
「おい、料理人君! 今日の唐揚げも最高だわ!」
「ありがとうございます!」
顔なじみになった常連が、名前も知らないはずの俺に気安く声をかけてくれる。そのことが、いつの間にか当たり前になっていた。
そんな活気溢れる営業の最中、カウンター席についた一人の男が、神妙な面持ちでガランさんに話しかけた。
「ガランのおやっさん。……ちょっと、耳に入れておきたい話があるんだが、いいかい」
「ん? なんだ、改まって」
「実はな……黄金の鍋の看板料理をかたった、とんでもねぇ粗悪品がプレイヤートレードに出回ってるんだよ」
ピキリ、と厨房の空気が凍りついた。俺は手を止め、思わず男の言葉に耳を傾ける。
「ああ……」ガランは苦虫を噛み潰したような顔で、低く声を漏らした。「実はな、俺も少しそれに悩まされててな。昨日も黄金の鍋の料理がまずかったって、見知らぬプレイヤーから店に直接クレームが入って、迷惑してるんだ」
「えっ!? なにかあったんですか?」
俺が思わず割り込むと、ガランはため息をついた。
「黄金の鍋の名を騙って、プレイヤートレードに料理を出す不届き者がいるらしい。料理の噂に便乗して、名前だけをコピーして高値で売ってやがるんだ」
「そんな、なんの目的があってそんなことを……」
「金に目が眩んだのさ。匿名出品ができるシステムを悪用してな」
俺たちの深刻な会話に気づき、周囲のテーブル席から次々とプレイヤーたちが集まってきた。
「ガランさん、今の話、俺たちにも聞かせてもらいましたよ」
「俺、この店が本当に好きなんです。ゲームを始めて、初めてこの店で美味いって心から思える料理に出会えた」
「そうだ! 俺らにできることなら何でも協力しますよ! あんな悪質な詐欺のせいで、この店が潰されるなんて絶対に御免だ!」
常連たちの熱い言葉が、俺の胸に突き刺さる。
「ありがてぇが……」ガランさんは頭を掻いた。「相手はシステムに隠れて姿を見せねぇ。俺たちじゃどうしようもねぇんだ」
顔を曇らせる一同の中で、俺はプレイヤートレードの画面を思い浮かべていた。アイテム名と画像、金額だけしか見えない無機質な取引。
(みんなが安心して、美味しい料理を食べられる場所を守りたい。そのためには――)
「……皆さん、みんなで一斉に、運営へ要望を送りませんか?」
「要望? カスタマーサポートにか?」
プレイヤーたちが俺を見る。
「はい。今のプレイヤートレードはアイテム名と画像、金額しか設定できません。これだと、いくらでも名前を偽造してゴミを出品できてしまいます。一人ひとりの声は小さくてもみんなで名前を集めて、システム改善を訴えるんです」
「そんな上手くいくか……?」
「いや、やってみなきゃ分からねぇだろ!」一人の戦士が拳を握った。「俺も賛成だ!」
「でも、具体的にどう改善させるんだ?」
「本物かどうか分からないのが困るんですよね。」
「品質表示欲しい。」「いや、それだけじゃ偽物作れる。」「アイテム情報そのまま見えれば?」「ゲームならデータ持ってるんだから出来そうじゃね?」
「……その辺も全部書いて送ってみましょうか!」
「案外悪くねぇな。」
周囲のプレイヤーたちの目が輝き始めた。
「それ、めちゃくちゃいい考えじゃん! それなら偽物を完全に駆除できる!」
「よし、料理人君! 俺たちの手で、安心して飯が食える平和な勝利を掴み取ろうぜ!」
「はい!」
そこからの行動は早かった。俺は皆のアドバイスを受けながら、プレイヤートレードに関する仕様修正の嘆願書をメッセージウィンドウに書き殴った。常連たちが次々と自分のプレイヤーネームをそこに連ねていく。
初めて行う、ゲーム運営への直接の意思表示。カスタマーサポートの送信ボタンを前にして、指先が少しだけ緊張で震えた。
――送信。
「よし……送りました!」
「おう! 俺も自分のアカウントから、同じ内容でメッセージを入れておくわ!」
「俺は掲示板にこの件を拡散して、さらに署名を集めてくる!」
「なんだか燃えてきたな!」
プレイヤーたちが一丸となって動き出す。店を出ていく彼らの背中を見つめながら、俺は(本当に、たかが料理人の声でゲームが変わるのかな……)と、思わず自分の手のひらを見つめた。
そんな俺の肩にガランさんの大きな手が置かれた。
「坊主」
「あ、ガランさん」
「声を上げねぇ奴の願いは、誰の耳にも届かねぇ。だが、お前が上げた小さな声は、これだけ多くの人間を動かしたんだ。自信を持ちな」
「……! はい!」
【フラミス】サービス8日目 雑談スレ Part4
0712:名無しのバーバリアン
【速報】プレイヤートレードの機能修正に関する、一斉要望と署名活動が始まったぞおおお!
0713:名無しのバーバリアン
例の、黄金の鍋の偽物料理を出品して4999フラグ騙し取った詐欺の件か?
0714:名無しのバーバリアン
それそれ。料理だけじゃなくて、今後の武器や防具の詐欺対策にもなるからって、今黄金の鍋の常連たちが中心になって動いてるらしい。俺もカスタマーサポートに要望送ったわ。
0715:名無しのバーバリアン
俺も送ってきた。料理人くんを守れ!
0716:名無しのバーバリアン
これ、ぶっちゃけ運営動いてくれるかな? 仕様変更って結構大掛かりでしょ。
0717:名無しのバーバリアン
動かすんだよ! 要望送るのめんどくさい奴のために、ワンクリックでメッセージテンプレートコピーできるオンライン署名サイト突貫で作ったわ。URL貼っとく。
0718:名無しのバーバリアン
仕事早すぎwww天才かよwww
0719:名無しのバーバリアン
よしお前ら、拡散だ拡散! お祭り騒ぎにして運営の目にとまらせるぞ!
0720:名無しのバーバリアン
SNSのトレンドにもハッシュタグ#フラミス運営に届け で流しといた。
0721:名無しのバーバリアン
有能。ついでに翻訳して海外サーバー勢のフォーラムにも投げてきたわ。あっちでもトレード詐欺が多発しててキレてたから、めっちゃ賛同者集まってるぞ。
0722:名無しのバーバリアン
これ、料理人を助けるためだけの祭りじゃないよな。
0723:名無しのバーバリアン
そうそう。俺らがこれからこのゲームを続けていく上で、誰もが安心してアイテムを売買できる、まともなゲームになってほしいからやってんだよ。
0724:名無しのバーバリアン
署名数がすでに一万超えてて草。運営、マジで頼むぞ。グラフィックと味は最高なんだから、システム周りもしっかりしてくれ!
めっちゃメッセージ送られる運営かわいそう()
声は届くのでしょうか!?
現実でもこういうシステムあったらいいのに……




