第15話 小魚のかき揚げ
翌朝。俺が黄金の鍋へと出勤し、いつものように仕込み作業前のプレイヤートレード画面を確認すると、そこには昨日を上回る鮮やかな完売通知が並んでいた。
『商品が売れました!』×10
【取引内容:川蟹の唐揚げ(2個セット)】
【販売価格:100フラグ】
【入金:98フラグ×10】
「――よし、こっちも全部完売だ!」
思わず顔が綻ぶ。
「がはは! 順調じゃねぇか、坊主」
奥から顔を出したガランが嬉しそうに俺の肩を叩く。
その言葉通り、営業が始まると店は昨日以上の大盛況となった。掲示板の噂を聞きつけたプレイヤーたちが次々と押し寄せ、本日分から正式に店のメニューに加わった川蟹の唐揚げは飛ぶように売れていった。
「この調子なら、うちの新しい看板料理になりそうだな!」
ガランの弾んだ声を聞きながら、俺は空になっていく食材棚を横目に思わず口元を緩めた。
――営業終了後。
「よし、次は何を料理しようかな」
新しい食材のヒントを求めて、俺はいつもの川へと向かった。子どもたちがまた川蟹を捕まえていないか、様子を見るためだ。
せせらぎの音に癒やされながら浅瀬を歩いていると、少し離れた岩場で、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
つんとした癖のある髪に少し大きめの魔法使いのローブ。初級雷撃で小魚を浮かせていたあの少女だ。
懐かしくなってそっと釣りを眺めていると、視線に気づいた彼女が鋭い目付きでパッと振り返った。
「……なによ」
一瞬、不機嫌そうに眉を寄せた彼女だったが俺の顔を見るなり、その大きな目をさらに丸くした。
「あっ!」
「あんた、この前の料理人……!」
少女はみるみるうちに顔を赤く染め、慌てて視線を逸らした。
「べ、別に覚えてたわけじゃないんだからね! また私の釣りを笑いに来たんでしょ!」
「いえ、そんなつもりじゃ……。今日はちょっと、蟹でも探そうかと思って」
「ふふーん! だとしたら残念だったわね。今日の私は、この前みたいにはいかないんだから!」
彼女はふんぞり返り、ふふんと鼻を鳴らしながら、足元に置いてあったバケツを大得意げに示してみせた。
中を覗き込むと、そこには数十匹のきらきらと輝く小魚が元気に跳ねていた。
「わあ、いっぱい釣れましたね。凄いです」
「当然よ! これくらい、私にかかれば朝飯前なんだから……」
少女は誇らしげに胸を張った。だが、ふっと視線を落とし、小さな声でポツリと呟く。
「……でも、全部ギルドに売っても、二百フラグくらいにしかならないんだけどね。」
その瞬間。
ぐぅぅ~~~~~……。
静かな川原に、彼女のお腹の虫の音が長々と響き渡った。
(……普通に低レベルのモンスターを倒した方が、効率よく稼げるしお腹も空かないんじゃ……)
そんな疑問が頭をよぎったが、プライドの高そうな彼女の手前、口が裂けても言えなかった。
「ち、違うから! 今のは私のお腹の音じゃないから! 風の音よ!」
「あ、はい、そうですね」
ぐぅぅ~~~……。
二度目の正直と言わんばかりの追撃に少女は完全に硬直した。真っ赤を通り越して茹蛸のようになった彼女を見て、俺は苦笑交じりに提案した。
「あの、そのお魚、自分で食べたりはしないんですか?」
少女は気まずそうに指先をいじりながら、ぷいと横を向いた。
「……料理なんて、できないの。生産スキル、持ってないし……」
「それなら、俺が今から料理しましょうか? 場所もすぐ近くですし」
「べ、別にお願いしてるわけじゃないんだからね!」
ひとしきり強がった後、彼女は上目遣いにこちらを盗み見て、蚊の鳴くような声で付け加えた。
「……でも、あんたがどうしてもって言うなら、食べてあげなくもない、けど」
つんとそっぽを向いたままの横顔に、小さく笑いがこぼれた。俺は「じゃあ、行きましょう」と彼女を案内し、黄金の鍋の厨房へと戻った。ガランも「新しい客か?」と興味津々で出迎えてくれた。
さっそく小魚の下処理に取りかかる。
まずは一匹ずつ丁寧に内臓を取り除き、冷水で血合いを綺麗に洗い流す。水気を完全に拭き取った後、細切りにしたアスターオニオンとグリーンキャロットを少しだけ混ぜ合わせ、彩りと食感のアクセントを加える。
ボウルに卵と冷水を合わせ、片栗粉をさっと切るように混ぜて、薄く軽やかな衣を作る。
熱した油の中に形を整えた小魚と野菜を木べらから静かに滑り込ませる。
シュワァァァァァァァ!!!
投入した瞬間、鉄鍋の中で猛烈な泡の爆発が巻き起こった。
高温の熱泥の中へ飛び込んだ小魚と細切り野菜の輪郭から、水分が激しい白い気泡となってブツブツと無数に湧き上がり、油の表面で弾けていく。
(バラバラに散らせない……素材同士を衣の熱で繋ぐ)
菜箸の先で優しく形を整えながら、火の通りを見つめる。
高温の油に晒された玉ねぎが熱でキュッと縮み、透明感を帯びながら自身の甘みを水分ごと油の中へと絞り出していく。衣の水分が完全に蒸発し、小魚の表面が水分を失ってカリカリとした微細な突起へと変化していくのが目に見えて分かった。
泡の勢いが次第に小さくなり、激しかった爆音が「チリチリ……」という軽快な乾いた音へと変わっていく。
網ですくい上げると、余分な油がシャッと切れ、黄金色の衣が空気に触れて一瞬でカチッと凝縮された。
「――できました。小魚のかき揚げです」
皿の上で立体的にそびえ立つ、揚げたて熱々のかき揚げに塩を振って彼女の前へと差し出す。
少女はゴクリと喉を鳴らしながらも、まだ少し強がった表情を崩さない。
「ふーん。まあ、そんなに期待はしてないけど……」
箸を入れた瞬間、サクッ、と繊細な薄氷が割れるような小気味よい音が厨房に響き渡り、閉じ込められていた小魚の香ばしさと玉ねぎの濃密な甘い香りが、熱い湯気と共に一気に弾けた。
お箸で小さく崩し、ふぅふぅと息を吹きかけてから、口へと運ぶ。
途端に少女の動きがピタリと止まる。
「……あ」
彼女は驚いたように目を見開くと、もう一口、さらにもう一口と、夢中でかき揚げを口へと運び始めた。
「どうですか?」
問いかけると、少女の目から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「えっ!? だ、大丈夫ですか!? 口に合わなかったですか?」
「べ、別に泣いてないわよ! ちょっと、熱かっただけ!」
慌ててローブの袖でゴシゴシと涙を拭うが、それでも次から次へと涙が溢れてきて止まらない。
彼女はかき揚げを見つめたまま、震える声で呟いた。
「……こんな、誰も見向きもしない雑魚魚なのに。市場で売っても大したことない、ただのゴミみたいな魚なのに……なんで、こんなに優しくて、美味しいの……」
「大事なのは食材に対する愛だと思います」
俺が微笑むと、少女は顔を真っ赤にしたまま、消え入りそうな小さな声で呟いた。
「意味わかんない……でも、ありがと」
その素直な一言に、俺の胸の奥もじんわりと温かくなる。
「また魚が釣れたら、いつでも作りますよ」
「か、勘違いしないでよね!」
少女はバケツを引ったくるように持つと、廊下へ向かいながら叫ぶように言った。
「次に魚が釣れたら……あんたの分も、少しくらい分けてあげてもいいんだから! 本当に、少しくらいなんだからね!」
そう言い残して、彼女は嵐のように店を飛び出していった。
「不器用な可愛いお嬢ちゃんだな。なぁ、坊主」
ガランの言葉に、俺はただ「はい」と笑って頷いた。名前すら知らない少女が駆け去っていった店の入り口を、俺はしばらく見つめていた。
【料理人ギルド修復費用まで】
112,470/50,000,000フラグ
前日比:+1,480
(内訳:プレイヤートレード +980 / バイト代 +500)
達成率:0.2%
【フラミス】サービス6日目 雑談スレ Part5
0512:名無しのバーバリアン
おい、今プレイヤートレード見たら、例のオーク肉の厚切りグリルが出品されてるぞ!
0513:名無しのバーバリアン
マジか! と思って見に行ったら、販売価格4999フラグになっててワロタwwwww
0514:名無しのバーバリアン
高すぎて草。前まで500フラグだったじゃん。一気に10倍かよ。
0515:名無しのバーバリアン
いや、もしかしてこれ、何か特別なバフが付いてる特別仕様のグリルなんじゃね? だから高いとか。
0516:名無しのバーバリアン
気になるわ……。お前らちょっと待ってろ、俺が買って確かめてみる。
0517:名無しのバーバリアン
おお、4999フラグをドブに捨てる覚悟の勇者現るwww レポ頼むわ!
0518:名無しのバーバリアン
買った。今トレードボックスから届いたわ。
0519:名無しのバーバリアン
どうだった!? 神バフ付いてたか!?
0520:名無しのバーバリアン
……いや、アイテム詳細開いたんだけどさ。これ、ただの生のオーク肉だったんだが?
0521:名無しのバーバリアン
は?????
0522:名無しのバーバリアン
調理されてない生肉wwwww 料理ですらねぇじゃんwww
0523:名無しのバーバリアン
最悪だな、完全に偽物つかまされたなそれ。便乗詐欺だ。
0524:名無しのバーバリアン
プレトレの出品って基本、出品者が非公開に設定してたら誰が出したか分からねぇからな……。
0525:名無しのバーバリアン
嘘だろ、じゃあ昨日話題になってた美味い本物のグリルは、どうやって見分ければいいんだよ。
0526:名無しのバーバリアン
クーリングオフ適応できねえかなあ。
0527:名無しのバーバリアン
せっかく美味い料理が買えるって盛り上がってたのに、人気が出るとすぐにこういう悪質な奴が出てくるんだな……。最悪だわ。
ツンデレ魔法使いさんどうでしたか?少しデレが多すぎますかね。
ちなみに3話で登場してた子です!
偽物出品の問題……この先どうなっていくんでしょうか!?
日間6位ありがとうございます!!精進します!




