第14話 リバークラブの唐揚げ
翌朝。朝靄がまだ薄く残る時間帯に黄金の鍋へ向かい、いつものように仕込み作業を始めようとしたところで、俺はふと思い出してシステムウィンドウを開いた。
プレイヤートレードの出品管理画面。そこには赤地に白抜きで鮮烈な通知が表示されていた。
『商品が売れました!』
【取引内容:オーク肉の厚切りグリル(出来立て)】
【販売価格:500フラグ】
【システム手数料:10フラグ】
【入金:490フラグ】
「――売れてる!!」
誰もいない厨房で思わず拳を握りしめて声を上げた。
「なんだ坊主、朝から騒々しいなぁ……って、あぁ、トレードか」
裏口から入ってきたガランが俺の跳ねるような表情を見て不敵に髭を揺らした。
「よかったじゃねぇか、坊主。お前さんの料理が外の連中に届いた証拠だ」
「はい! 本当に売れるなんて、まだ夢みたいです!」
だが、驚きはそれだけに留まらなかった。
営業が始まると、黄金の鍋に装備を整えたプレイヤーらしき客たちが次々と雪崩れ込んできたのだ。
「おい、ここがプレトレに出てたオーク肉の厚切りグリルの店か!?」
「こっちもオーク肉の厚切りグリルくれ!」
「俺も三人前!」
注文の嵐が厨房を襲う。
「ガハハ! ありがてぇが、うちの仕込みの上限を超えちまった! 悪いな兄ちゃんたち、今日の分のオーク肉は早くも品切れだ!」
ガランが申し訳なさそうに頭を掻く。
気づけば足の裏がじんじんと痺れる頃、ようやく厨房に静けさが戻ってきた。
――営業終了後。
「ガランさん、少し食材集めに行ってきます。何か新しいものが閃くかもしれないので」
「おう、気をつけてな。良いもんが見つかったら見せてくれや」
俺は一本の釣り竿を携え、アスター川へと向かった。
川のせせらぎを聞きながら釣り糸を垂らして周囲をぼんやりと観察する。戦闘職のプレイヤーたちは血眼になって魔物を狩っている。この自然のすべてが宝の山に見える。
ふと、浅瀬の岩陰で何かがカサカサと素早く動くのが見えた。
(ん……? 魚?……)
不思議に思って近づき、水に濡れた大きめの岩を「よっこらしょ」とどけてみる。
「にーちゃん、なにしてるのー?」
後ろから声をかけられ振り返ると、近所の子どもたちが興味津々といった様子で俺を覗き込んでいた。
「ほら、見てごらん。蟹さんだよ」
岩の隙間にいたのは手のひらにすっぽりと収まるサイズの小さな泥色のカニだった。ハサミを健気に振り上げて威嚇してくるその姿を、すかさず【鑑定】する。
【川蟹】
食用分類:甲殻類
肉質:★★☆☆☆
臭み:★★★☆☆
脂 :★☆☆☆☆
推奨調理:塩ゆで、唐揚げ、素揚げ
※魔力耐性が低く、戦闘力を持たない初心者向けの無害な甲殻類。
「ちっちゃーい! 僕も探す!」
「あっちの岩にもいるかな!?」
子どもたちは目を輝かせ、俺の真似をして次々と浅瀬の岩を持ち上げ始めた。水が弾ける感覚や泥の匂いは驚くほどリアルだ。
「えへへー、これ、にーちゃんにあげる!」
しばらくして、一人の男の子が両手で器用に捕まえた大量の川蟹を俺の籠へと移してくれた。
「えっ、いいの? せっかくみんなで見つけたのに」
「うん! だってこれ持って帰ったら、ママに『またそんな虫みたいなの拾ってきて!』って怒られちゃうから!」
「じゃあね~、ばいばーい!」
元気よく手を振りながら去っていく子どもたちを見送り、俺は籠の中にひしめく大量の川蟹を見つめた。
急いで黄金の鍋の厨房へと戻る。
「ガランさん、面白い食材をたくさん貰っちゃいました」
「ほう……川蟹か。小さすぎて肉もほとんどないが、どう料理する気だ?」
「ガランさん、卵と片栗粉を借りてもいいですか? これで唐揚げを作りたいんです」
「唐揚げか!」
ガランは少し意外そうに目を丸くしたがすぐに快く食材を差し出してくれた。
「完成したら一口分けてくれないか。少し興味がある」
「ぜひ! 最高のを作りますね」
泥抜きのためにしばらく真水につけておいた川蟹をタワシを使って一匹ずつ丁寧に洗い流していく。小さな関節の隙間に挟まった細かな砂や汚れを落とすと水気を帯びた甲羅が綺麗な濃緑色に変わった。
次に、ボウルに入れた川蟹たちに調理酒を回しかけ、じっくりと漬け込む。
しっかりと水気を拭き取った後、溶き卵を薄く潜らせ、片栗粉を全体に万遍なく塗していく。
「パチッ……パチパチパチ……」
冷たい状態の油に衣を纏った川蟹をそのまま投入する。
最初は勢いよく立っていた小さな泡がやがてぽつり、ぽつりと控えめな間隔に変わっていく。狐色にゆっくりと色づいていく甲羅を見つめながら、俺はじっと鍋の前を離れなかった。
じっくりと狐色になるまで揚げた川蟹を一旦バットへと取り出して寝かせる。
その間に、コンロの火力を一気に強め、油の温度を極限まで引き上げた。
――今だ。
バットの川蟹を高温の油へと再び投入する。二度揚げだ。
シュワアアアアア!!!と、厨房中に小気味よい激しい爆音が響き渡る。
一瞬で甲羅が鮮やかな朱色へと染まり、香ばしい甲殻類特有の濃厚な香りが爆発的に立ち上った。衣が弾けるように白く浮き上がり、見た目にも完全にサクサクの状態になったところで油から引き上げる。
仕上げに上質な岩塩をパラパラと軽く振りかけた。
「――できました!」
皿の上で真っ赤に輝く、大盛りの『川蟹の唐揚げ』。
まずはガランの前へと差し出す。ガランは無言でその肉厚な指で一匹を摘み上げると、まじまじと見つめてから、口へと放り込んだ。
パリッ――、サクッ……。
静かな厨房に信じられないほど軽快で小気味よい音が響く。
ガランは目をカッと見開いたまま、しばらく無言で咀嚼を続けた。
「……美味ぇ」
ぽつりと漏らしたガランの声は深く震えていた。
「殻の硬さがまったくねぇ。パリパリと香ばしく砕けたかと思えば、中の濃厚な蟹の旨味がじゅわっと口いっぱいに広がりやがる……! 坊主、これは美味い。うちの店の新メニューにしようじゃねぇか!」
「本当ですか!? 嬉しいです、ぜひそうしましょう!」
俺も堪らず一匹、口へと放り込む。
――パリッ!と衣が弾けた瞬間、口内を襲ったのは圧倒的な香ばしさだった。
硬いはずの甲羅が小気味よく前歯で断ち切られ、割れた甲羅の隙間から、極限まで濃縮された蟹の甘みと旨味を含んだ汁がブツブツと舌の上に飛び出てくる。塩気によって引き締められたその味わいは噛み締めるたびに脳を揺さぶるほどのギャップを生み出していた。おやつにも、そして何より酒のつまみにも合いそうだ。多分ドラセナが見たら喜ぶに違いない。
店用の仕込みを終えた後、俺はプレイヤートレード用に二個セットの袋詰めをいくつか作った。
「二個セットで、100フラグくらいなら買いやすいかな……」
【商品名:川蟹の唐揚げ(2個セット)】
【販売価格:100フラグ】
【出品数:10】
※効果:一定時間、物理防御力UP
「よし、出品っと」
画面のYESを押し、俺は画面を閉じた。
【料理人ギルド修復費用まで】
111,490/50,000,000フラグ
前日比:+990
(内訳:プレイヤートレード +490 / バイト代 +500)
達成率:0.2%
【フラミス】サービス5日目 雑談スレ Part4
0412:名無しのバーバリアン
いやー、昨日掲示板で話題になってたオーク肉の厚切りグリル食べてみたんだけどさ。マジでめちゃくちゃ美味かったわ。
0413:名無しのバーバリアン
マ? 俺が夕方に見たらすでに品切れで買えんかったわ。羨ましい。
0414:名無しのバーバリアン
ドンマイ。あの店、大繁盛してたみたいだから、次からは朝一でチェックしないとな。
0415:名無しのバーバリアン
なあなあ、また変な料理が出品されてるぞ。
0416:名無しのバーバリアン
どれどれ……川蟹の唐揚げ2個セットで100フラグ? 川蟹ってあの浅瀬にいる無害な雑魚じゃん。肉とかあんの? 俺は今回はパスかなぁ。
0417:名無しのバーバリアン
安すぎるしハズレでもいいわ、おれ2個ポチってみたwww
0418:名無しのバーバリアン
お、買った奴きた。味はどうよ?
0419:名無しのバーバリアン
待ってこれ、思ってたのと全然違うんだけど!!!
口に入れた瞬間、殻がカリッパリッってめちゃくちゃ軽快に砕けて、そんで割れた甲羅の奥から、蟹の旨味が限界まで詰まった熱い汁がじゅわっと飛び出てくる! 香ばしさと塩気のバランスが完璧で、無限に食えるわこれ!!
0420:名無しのバーバリアン
食レポガチ勢現れて草。そんなに美味いんか?
0421:名無しのバーバリアン
美味そうすぎて耐えられん、やっぱおれも買うわ!
0422:名無しのバーバリアン
俺も!
0423:名無しのバーバリアン
うわあああやばいこれ本当に美味い! 止まらん!
0424:名無しのバーバリアン
近所に川あるから、ログアウトしたらサワガニ獲ってきて俺も唐揚げ作ろうかな……。現実でも食いたくなってきた。
0425:名無しのバーバリアン
わかるwww
0426:名無しのバーバリアン
くっそー! 出遅れた! もう売り切れじゃねえか!!
0427:名無しのバーバリアン
おいちょっと待て、この料理を食ったらステータス画面に防御力UPのバフがついてるんだが!?
0428:名無しのバーバリアン
ほんとだ! 俺も今気付いた! たかが100フラグの料理なのに!?
0429:名無しのバーバリアン
安くて、異常に美味くて、その上バフまで付いてくるとか最高かよ。
サワガニの唐揚げ!是非試してみてください!
泥抜きは忘れないようにしてくださいね!
15話書けました!21時10分に投稿します!




