第13話 初めてのプレイヤートレード
「はい。これは今回のごちそうに対する、うちからのお礼ね」
ドラセナがぽんと机の上に置いたのは、ずっしりとした重みのある革の袋だった。
口を縛る紐が解かれると、中から眩い光がこぼれ落ちる。
「足りるかな?」
袋の中に整然と並んでいたのは鈍い黄金の光沢を放つ金貨が、ぴったり十枚。
この世界フラミスにおける十万フラグ。
「じゅ、十万フラグ!? こ、こんなにもらっていいんですか!?」
思わず素っ頓狂な声が裏返った。
俺がこれまで食堂で働いて得ていた日給は一日たったの五百フラグ。十万フラグといえば、実に俺の二百日分の給料に相当する。
膝がガタガタと目に見えて震え出し、嫌な冷や汗が背中を伝う。
狼狽する俺の背中をガランが大きな手のひらでドン、と豪快に叩いた。
「おいおい、情けねぇ声を出すんじゃねぇよ坊主。これはお前さんの腕前、ドラゴンの肉を極上に仕上げた技術に対する正当な対価だ。職人が作ったもんを、客が気に入って金を払う。黙って受け取るのが道理ってやつよ」
「あ……ありがとうございます!」
震える手で俺はその温かい革袋をしっかりと胸に抱きしめた。
だが、同時に一つの疑問が浮かぶ。
「でも、ドラセナさん、こんなに一度に散財して大丈夫なんですか? その……破産したりしませんか?」
「あはは! 心配ご無用!」
ドラセナは残った酒を喉に流し込み、豪快に笑い飛ばした。
「うちはこれでも腕利きの鍛冶師だからね。プレイヤートレードで装備を流して、がっぽり荒稼ぎしてるのさ」
「ぷれいやー、とれーど……?」
聞き慣れない単語に俺は首を傾げた。
「おいおい、坊主。生産職のくせに、プレイヤートレードを使ったことがねぇのか?」
ガランが呆れたように髭を揺らす。
ドラセナが「しょうがないなぁ」と肩をすくめながら、人差し指で空中にシステムウィンドウを呼び出した。
「プレイヤートレードっていうのはね、システムを介してプレイヤー間で自由にアイテムを売買できる仕組みのことだよ。手数料は少し取られるけど、お互いがどこにいても取引できるんだ」
彼女は真剣な目で俺を見つめ、不敵に微笑んだ。
「これだけのものを作れるんだ。君の料理なら、プレイヤー向けに売り出せば絶対に高く売れると思うんだけどなぁ」
「俺の、料理が……ですか!?」
まさか、自分の料理が他のプレイヤーに売れるなんて考えもしなかった。
「なんだぁ坊主。新しい商売でも始める気になったか?」
「い、いえ……。まだそうと決まったわけでは。それに、俺の所属している料理人ギルドのハウスは、あんな風に半壊しています。まともに調理をする場所すらありませんから……」
そう、調理器具も設備も、あの瓦礫の山の中だ。
俺が肩を落とすと、ガランは不敵な笑みを浮かべて、太い腕を組んだ。
「なんだ、そんなことか。なら、ここの厨房を貸してやるよ」
「えっ?」
「うちの店が閉まってる営業時間外なら、好きに使って構わねぇ。設備は一通り揃ってるからな」
「で、ですが、そんな……ただでさえお世話になっているのに、これ以上は気が引けます」
「気にするんじゃねぇ。同じ料理人だろ? 困ったときはお互い様、ってな」
ガランの不器用だが真っ直ぐな温かさが胸にじわりと染み渡る。
俺は深く、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、ガランさん。この恩は、いつか必ず返します」
「よせやい、柄にもねぇ。恥ずかしいだろうが」
照れくさそうに顔を背けるガランの横から、ドラセナが身を乗り出してきた。
「それで、最初の商品は何にするんだい?」
「まだ、何も決まっていなくて……。何が売れるんでしょうか」
「そうだな……。それなら、うちの看板メニューの『オーク肉の厚切りグリル』から始めてみるのはどうだ?」
ガランの提案に、俺は驚いて目を丸くした。
「えっ? でも、それってこのお店のレシピですよね? 俺が勝手に売ったら、ガランさんのお店的にまずいんじゃ……」
「馬鹿言え。プレイヤートレードで流れた料理を見て、黄金の鍋の味に興味を持つ奴が増えれば、うちの店の宣伝にもなる。WINWINってやつよ。そうと決まれば、善は急げだ。早速調理に取りかかれ!」
「は、はい! ……あ、でも、俺、オーク肉持っていません」
「細かいことは気にするな! 肉代は出世払いだ!」
ガランはガハハと笑いながら、丸々と肥えた上質なオークのロース肉をまな板の上にドンと置いた。
ドラゴンの肉が野生の暴力なら、オークの肉は慣れ親しんだ日常の極みだ。
俺は包丁を握り、精神を集中させた。
ずっしりとしたオーク肉の表面を見つめ、繊維の流れる方向と、網目状に入る美しい脂身のバランスを見極める。包丁を斜めに入れ、一気に引き下ろした。
――サクッ、サクッ。
心地よい手応えと共に、均一な厚みに切り分けられていく肉片。
そこにシンプルな塩と、香りの強い粗挽き胡椒を均等に振る。手のひらで肉を軽く叩き、調味料をしっかりと馴染ませていく。
じっくりと熱した分厚い鉄板に、肉を並べる。
ジューーーーーッ!!!
一瞬で、小気味よい激しい音と煙が立ち上った。
鉄板の熱を吸って、オークの肉がみるみるうちに美味しそうな褐色へと染まっていく。
肉の表面からブツブツと染み出してきた透明な脂が、鉄板の上で弾けては香ばしい匂いを爆発させる。
肉を裏返し、側面にもしっかりと火を入れ、旨味を内側へと完全に閉じ込めていく。仕上げに特製の醤油ベースのソースを回しかけると、ジュワッと一際大きな爆音と共に、甘辛く、焦げた醤油の暴力的なまでの薫香が厨房を優しく包み込んだ。
「……よし、完成です」
皿に盛られたグリルは表面が艶やかにテカリ、フォークを刺さずともその柔らかさとジューシーさが伝わってくる仕上がりだった。
「どうですか、ガランさん」
「うむ、完璧だ。外に出しても恥ずかしくない立派なオーク肉の厚切りグリルだな」
ガランの太鼓判に、胸を撫で下ろす。
「価格はいくらで売りましょうか」
「うちの店だと、ちょうど五百フラグで出してる。店と同額でいいだろう」
「ありがとうございます。……よし」
俺はドラセナに操作方法を教えてもらいながら、目の前のシステムウィンドウを操作した。
出品メニューを開き、出来立てのグリルをシステムに登録する。
【商品名:オーク肉の厚切りグリル(出来立て)】
【販売価格:500フラグ】
【出品数:1】
画面に表示された「出品しますか?」の文字に対し、俺は「YES」を静かに押し込んだ。
ピッ。
電子音と共に、出品が完了する。
(……本当に、売れるのかな)
心臓がどきどきと、少し痛いほどの速さで鼓動を刻む。
握った拳の中で指先だけがじっとりと汗ばんでいた。
【料理人ギルド修復費用まで】
110,500/50,000,000フラグ
(達成率:0.2%)
【フラミス】サービス4日目 雑談スレ Part14
0321:名無しのバーバリアン
おい、今プレイヤートレードの食品カテゴリ見た奴いるか?
0322:名無しのバーバリアン
見た。オーク肉の厚切りグリルが出品されてて二度見したわwww
0323:名無しのバーバリアン
え、転売か? あの黄金の鍋の人気メニューだろ?
0324:名無しのバーバリアン
いや、価格見たけど店と同じ500フラグだったぞ。転売にしては良心的すぎる。
0325:名無しのバーバリアン
ってことは、店がテイクアウトとか宅配サービス始めたってコト!?
0326:名無しのバーバリアン
なんか気になったから一瞬でポチって買ってみたわwww
0327:名無しのバーバリアン
うわ先越されたわ。どうよ、味は?
0328:名無しのバーバリアン
うんめえ!!!
0329:名無しのバーバリアン
いや感想それだけかよwww もっと詳細にレポしろやwww
0330:名無しのバーバリアン
美味いもんに美味い以外の言葉必要ねえって!
0331:名無しのバーバリアン
一理ある。
0332:名無しのバーバリアン
わざわざ混んでる店まで足を運ばなくても、その場で出来立てが食えるの神仕様すぎんか?
0333:名無しのバーバリアン
今度店長に量産頼んでみっか。
0334:名無しのバーバリアン
やべぇめっちゃ腹減ってきた。
ギルドハウス修復まで先が長い!!




