マークス家の人々
バタバタと廊下を走る音がオレを現実に引き戻した。
扉がバタンと音を立てて開かれる。
女性が飛び込んできた。
「リョウマ君!」
「ラナー姉さま・・・」
ラナー・マークス。肩までの金髪、小柄だが豊かな双丘は着ている服をしっかり押し上げていた。碧眼が大きく見開かれ涙に濡れている。
オレの姉だ。
マークス家長女、オレの3歳上の18歳になる。
ギュウギュウと抱きしめられ、胸に顔を押し付けられる。
大きくて柔らかくて幸せだ。
だがちょっと苦しい。
そうこの人はリョウマ大好きのブラコンだった。
「リョウマ君本当に良かったよーーー、このまま眼が覚めなかったらと思うと私もう・・・」
今度は大声で泣き出した。
何か嬉しいな。
その時、部屋にまた人が駆け込んで来た。
「リョーマ、目が覚めたか!」
「若、ご無事で!」
この声は父上と爺だ。
父上、モルド・マークス。38歳、濃い茶色の髪はウエーブをしていて無造作に首上まで伸ばしている。ワイルドだが笑うと優し気な風貌だ。
「若・・・・」
痩身で背が高く、長い白髪を無造作に後ろで縛っている。
まさに剣豪というのがふさわしい風貌だ。
彼はラザン・フジナガ。60歳、マークス家に仕える剣術指南役で武術全般の師匠だ。
「まあ良かった・・・週末にはちょうど選定の儀がある。それに参加できそうだな」
父上が顎を撫でながら言った。
「選定の儀・・・・・」
15歳になった時に鑑定師によりスキルを測る儀式。
そのスキルを参考にして成人となる16歳の進路を検討していく。
「そうですね、でも先ずは身体をしっかり治さないといけませんね。
皆様リョーマ様もお疲れだと思います。そろそろお休みいただかないと・・・」
アヤメはそう言うとオレの頭を優しく撫でた。
「うん、そうだね。アヤメ疲れたでしょう、添い寝は変わるね。」
「いえ大丈夫です」
「いや変わるから」
「いえ大丈夫です」
「いや変わるから」
アヤメと姉さんが言い争っている。
「ところでダークカーズヒュドラの討伐はどうなったのですか?」
すると目に見えてみんなの動きが止まった。
「まさか殿下の身に何かあったのですか?」
オレは慌てて聞いた。
ラナー姉さまとアヤメが目で会話しているように見える。
「姉さま、アヤメ?」
「殿下達は無事ですじゃ。まあ詳細はもう少し若が回復してから話しましょうぞ」
「そうだよ、リョーマ君今日は休もう」
そう言うと姉さまはベッドに入ってきた。
「あっ、ラナー様ズルいですよ」
そう言うとアヤメもベッドに入り込んできた。
二人にギュウギュウと抱きしめられる。
正直オレも15歳だ。
そんなにいろんなところを押し付けられたら・・・
リョーマの息子が大変なことに・・・・。
急に体温が上がった気がしてオレは意識を手放していったのだった。
目覚めたのは昼過ぎだった。
幸いというかちょっと寂しいというべきかベッドにはオレ1人だ。
身体にはもう何も違和感が無い。
着替えて部屋を見渡すと文机の上に箱が置いてあった。
開けてみると中には大きなパンが二つ入っていた。
急に唾が出てきた。一つ掴んでほおばった。
「旨い・・・・・」
フワフワパンの中にはカリカリに焼いた厚切りベーコンと薄焼き卵、葉物野菜に卵黄と酢を合わせたソースがたっぷり入っていた。オレの好きなやつ!
夢中で食べ、指に付いたソースまで舐めていた。
こんな姿を王子や近習達に見られたら、また生まれが卑しいだの身分がどうのと言われたのだろうと思った。
廊下に出てみる、すると窓から聖月山が見上げるように聳え立っている。
「ああ聖月山がこんなにも近くに・・・・・帰って来たんだ」
思わず声が出た。
12歳まで普通に見ていたこの光景が当然のように王城に行ったら
遠くにしか見えなくなった。
それがこんなにも心細いものかと思い知らされた。
近習になってから一度も帰宅していない、3年ぶりの屋敷は何も
変わっていない。
父上の執務室の前に来た。
中から言い争う声が聞こえる。
「そのようなことは許さぬ!王女自ら聖月山に庇護を求められたのだ」
「ですが王命ですぞ」
「王命だと。笑わせるな陛下は1年前から病で意識が無いと聞く。殿下の勝手な命など聞く理由などない!」
迷ったが知った声なのでノックをしてみた。
「失礼しますリョーマです。入ってもよろしいでしょうか」
「リョーマか入れ」
扉の奥から野太い父上の声がした。
入ると父上と長兄のジェイク兄上がいた。
「リョーマ良くなったようだな」
父上が笑顔を向けた。
「貴様、近習を馘なったそうだな情けない。恥を知れ恥を!」
隣にいた兄上が大声を上げた。
「黙れジェイク!そもそも貴様は同じ城の騎士団にいたのだ、リョーマが殿下達につらくあたられていたのを知っていたのではあるまいな」
「知っていましたよ。そのようなことよくあることです。それでも殿下に気にいられるように振る舞うのがこやつの勤めでしょうが。それを辞めさせられるなど話にならん」
兄上がにらみつけてくる。
「リョーマ、何故あのように体調を崩した上に稽古をさせられたのだ?
ここに運ばれてきたときは本当にひどい状態で、治癒魔術をした者が驚いていたぞ。骨も折れていたようだし、古い傷も多くあった。何故城にいた時に治癒魔術をかけてもらわないのだ?」
父上は心底不思議そうに聞いてきた。
「・・・・・・」
オレは押し黙った。
「少し調べさせたがリョーマ、剣術の稽古の時はお前はいつも打ち返さずにいたというのは本当か?」
「・・・・・はい・・・・・」
「どうしてだ? というか・・・・。ジェイク貴様だな。何故そのようなことを命じた?」
「父上、当たり前では無いですか。相手は王太子殿下なのですぞ。それに同じ近習仲間もリョーマより身分が高い貴族の子弟達を打ち返すなどとんでもないことです」
さらに兄上は言う。
「リョーマ、殿下に謝罪しろ、オレも一緒にいってやる。フェリネシア王女殿下を差し出せばきっと許されるはずだ」
オレは固まった。
フェリ様を差し出す?
「兄上どういうことですか?」
「どうもこうも無い。我が家に逃げ込んでいる王女を返せば良いと言っているのだ」
逃げ込んでいる?
分からない?
父上が怒声を上げた。
「いい加減にしろ!フェリネシア殿下は今マークス家が庇護している。
部外者の貴様にとやかく言われる筋合いは無い。城には1人で帰れ!」
「部外者だと・・・私はこの家の跡取りですぞ!」
「聖月山の守護を馬鹿にし勝手に家を出たお前に後など継がせん。
『極北の長城』に従軍して神聖魔術師として、お勤めを果たしている次兄のフリオに継がせる」
父上は冷たくそう告げた。
「ふざけるな!長男はオレですぞ。それなのに・・・」
父上が途中で遮った。
「そういう訳だ、マークス家は自ら庇護を求められた王女殿下を引き渡すことは無い。王太子殿下にはそのように伝えられよジェイク殿。使者のお勤め、大義であった。お引き取り願おう」
父上は他人に対するように慇懃に言って呼び鈴を鳴らした。
ドアは開き奥の小部屋から爺が出て来る。
「ラザン、使者殿がお帰りだ。外までお送りしろ」
爺が父上に一礼して兄上を扉に促そうとした。
「良いは1人で帰れる!殿下だけではない、この件は勇星教の高位司祭様も関
わっていることだ。後悔するなよ!」
そう言うと兄上は粗々しく扉を開けて出ていった。
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