第六章 息子たちの危機
遂に稼働する段階に至った、木星圏のヘリウム3採取プラント。
だがその裏側で蠢動する、ある勢力の存在に気づく者は、まだ居なかった。
第一節 息子たちの混乱
翌日の木星圏は、遂にヘリウム3濾過プラントの最終点火シークエンス に突入しようとしていた。
「最終点火シークエンス、T-180秒。」
「精製炉コア、予熱完了。」
統合モニタは安定値を示していた。
その瞬間。管制室に警告音が鳴り渡る。一つの事象に対してではない、トラブルの連鎖。赤い表示が一斉に跳ね上がる。
「炉心出力、異常上昇!」
「制御系応答なし。」
「自動停止、拒否されました!」
管制室内の空気が凍りつく。
太地が即座にコンソールを叩く。
「外部遮断。」
「効きません!」
大助がログを走査する。
目が止まる。
「……アクセス権限が書き換えられてる。」
主任の顔色が変わる。
「内部からだ。」
自然現象ではない。磁気嵐でも、粒子流でもない。これは明らかな人為的介入。誰かが、システムを掌握している。出力がさらに跳ねる。
「このままでは炉心暴走!」
「爆縮では済まん、全ラインが吹き飛ぶ!」
木星太陽化計画の象徴、ヘリウム3精製プラント。それが完成目前で破壊されようとしている。
主任が低く決断する。
「制御を取り戻すには、炉心直下コンソールからの物理再認証しかない。」
管制室に降りる、重い沈黙。そこはプラント最深部であり、すなわち最も放射線量が高い区画。さらに今は、出力上昇中。
「自動隔壁が閉じるまで残り五分。」
時間がない、太地が前へ出る。
「俺たちが道を開ける。」
大助も並ぶ。
「操作班を送り届ける。」
主任が二人を見る。意味は分かっている。防護フィールドは不安定。
出力が振れれば、内部被曝は避けられない。それでも…。
「任せられるのはお前たちだけだ。」
大助は短く頷く。
「了解。」
そのやり取りを、亮太と陣も聞いている。神尾が前へ出ようとする。
「俺も…。」
太地が遮る。
「お前は補助だ。」
「ですが!」
大助が言う。
「ここは俺たちの持ち場だ。」
陣の拳が震える。それは悔しさか、恐怖か。亮太が横で低く言う。
「神尾。」
視線が合う。
「任された場所を守るのも、同じ重さだ。」
神尾は悔しそうに歯を食いしばり、頷く。
「……了解。」
世代の分岐。前に立つ者と、支える者。今はまだ、その順番。
赤い警告灯が回る通路。太地が先行し、大助が続く。その後ろに、再認証操作班。
振動が床を揺らす。炉心出力、上昇中。胸の奥。違和感が、確かに強くなる。
(今は、黙ってろ)
大助は呼吸を整える。スーツ内線量計が微かに上がる。許容範囲内。まだ今は。
太地が振り返る。
「持つか?」
「持たせる。」
短い会話。それでいい。隔壁が次々と閉じていく。タイムリミットは迫る。
通信が走る。
「出力130%突破。」
「急げ!」
炉心室前。最後の重隔壁。太地が手動ロックを解除。大助が操作班を押し出す。
「行け!」
操作班が内部コンソールへ駆ける。炉心は眩しく光っている。不安定な脈動。あと一歩で臨界を越える。
大助は壁に手をつき、立つ。視界が一瞬揺れる。だが立ち続ける。
(ここまで来たんだ)
守る。未来も。若い世代も。この計画も。
太地が隣に立つ。
「終わらせるぞ!」
「ああ。」
コンソール再認証、開始。成功するか。間に合うか。そして…この暴走の裏にいる者は、誰なのか。
再認証シークエンス、進行中。操作班が炉心直下コンソールにアクセス。だが。
「再侵入コード検知!」
「内部権限上書き!」
太地が叫ぶ。
「まだ干渉が来るのか!?」
大助が歯を食いしばる。
「物理再認証してるのに、なぜだ……?」
外部回線は遮断済み。衛星リンクも遮断。理論上、干渉は不可能。
その時、管制室のメインコントロールで補助に回っていた陣が、異様なログパターンに気づく。
「……違う。」
指が止まらない。解析ウィンドウを何層も開く。
「外からじゃない。」
亮太が横で見る。
「どういう意味だ?」
神尾の声が低くなる。
「内部から……最高権限で、誰かが同時操作してる。」
一つのIDが浮かび上がる。
管理者権限。上書き不能レベル。陣の喉が鳴る。
「……嘘だろ。」
表示された発信源は、なんとメインコントロール中枢。その席にいるのは…主任。
陣はゆっくりと亮太の袖を引く。耳元で囁く。
「…犯人は主任だ。」
亮太の瞳が揺れる。
「まさか…確定か?」
「ログは嘘をつかない。」
冷静だが、声が震えている。亮太は一瞬だけ目を閉じる。そして覚悟を決める。
「俺が気を引く、お前が干渉を止めろ。」
神尾は頷き、二人は動く。亮太が主任の元へ歩み寄る。
「主任、炉心出力が…。」
その刹那、主任の目がわずかに動く。気づかれた。
次の瞬間。管制室の隔壁が自動封鎖され、室内は赤いロック表示と照明で満たされる。
同時に、数名のスタッフが立ち上がる。彼らは、一連の破壊工作の同調者である。
「ここまで来たんだ。」
主任の声は静かだった。
「この計画は、自然破壊だ。」
「太陽系の自然を傷つけてまで、人間は生活圏を宇宙へと広げるべきでは無い。」
亮太が、主任を睨みつけながら、唸る様に低く言う。
「だから暴走させるんですか?」
「暴走ではない。」
主任の目が狂気じみた光を帯びる。
「強制臨界だ。」
室内に居る、同調者以外の者の表情が凍りつく。
「制御不能の臨界爆発を起こせば、世論は動く」
「必然的に、この計画は頓挫する。」
「犠牲は出る。だが環境は守られる。」
神尾が叫ぶ。
「人を使い捨てにする未来に価値はない!」
主任の視線が神尾を射抜く。
「君たちは若い。」
「守りたい理想も有るのだろう。」
「だが人間は、もっと自然に対して、謙虚に生きるべきなのだよ。」
亮太が拳を握る。
「退いてください!」
主任は首を振る。
「もう遅い。」
同時刻の、炉心区画。炉心直下。出力は危険域。操作班が叫ぶ。
「再認証、弾かれます!」
太地が壁を殴る。
「中枢が乗っ取られてる!」
大助の視界が揺れる。警告表示。スーツ内の線量が上昇する。呼吸が浅くなる。胸の奥の違和感が、痛みに変わる。
(……限界、か)
太地が気づく。
「大助?」
「大丈夫、まだ……立てる。」
声がわずかに掠れる。
主任の言葉が通信で届く。
「南雲。」
「君の身体は持たない。」
静かな告白。
「医療ログは私の管轄だ。」
「放射線損傷の回復が不完全なのは知っている。」
太地の目が見開く。
「……最初から?」
主任は続ける。
「君なら炉心直下に入ると分かっていた。」
「覚悟があるからな。」
大助の拳が震える、利用された。それでも、怒りより先に湧いた感情は…呆れだった。
「未来のため、だろ?」
「そうだ。」
「若い世代のため?」
「他に何が有る?」
大助はかすかに笑う。
「勝手に決めるな!」
太地が一歩前に出る。
「未来は、若い奴らが選ぶ。」
出力は、さらに上昇する。タイムリミットまで残り二分。管制室は占拠され、炉心は臨界目前。亮太と神尾は隔壁の向こう。大助の身体は、限界線上。
ここで選ぶのは――誰が未来を掴むか。
第二節 息子たちの奪還
隔壁封鎖、残り90秒。主任が最終出力コマンドを入力しかけた瞬間…。
「今だ!」
亮太が主任に向かって突進し、体当たりする。二人の体はもつれ合いながら、床へと転がる。取っ組み合いが繰り広げられる側で、陣は素早く補助端末へ接続を試みる。
殴り合いの末、主任の体を、横四方固めに押さえ込む亮太。同調者が動くが、それよりも速く、それ以外のスタッフが同調者に組み付き、動きを止める。陣は非常停止権限を強制的に、上書する事に成功する。
「管理者権限、奪取!」
主任が呻く。
「愚かだ……止めれば太陽系の自然は、破壊される。」
亮太は低く返す。
「それでも、俺たちは前に進む!」
「人を踏み台にする未来はいらない!!」
制御卓は、神尾の手により再起動され、出力制御が操作可能に戻る。
同調者では無い管制員が、通信を開く。
「炉心チーム、聞こえますか!」
その頃の炉心直下では、警告音の嵐が吹き荒れていた。太地が大助を支える。
「もういい、戻るぞ!」
その時、通信が入る。
『管制室、奪還成功!』
管制員の声。
『手動遮断が通ります!』
大助の目に、わずかな光が戻る。
「……聞いたな?」
太地が叫ぶ。
「俺がやる!」
大助は首を振る。
「お前は……全体を見ろ。」
辛うじて立ち上がるが、脚が震え視界は白く滲む。炉心直下、最深部。物理遮断レバーを握る。手袋越しでも感じる振動。
「未来は……。」
息が途切れる。
「…俺たちだけのものじゃない。」
最後の力を振り絞ってレバーを引く。轟音と共に出力が急減する。臨界解除。赤だった表示が青へ戻り、周囲は徐々に静寂に包まれていく。そして、大助の身体が、その場に崩れ落ちる。
「大助!!」
太地の悲痛な叫びが響く。
その後、主任と同調者は拘束され、留置室へと拘禁される。プラントは損傷多数だが、辛うじて機能は維持されている。
…木星圏は守られた。
暁環の医療区画。大助は集中治療室に入れられている。生命維持は安定しているが、意識はまだ戻らない。
太地はベッド脇で静かに座っている。亮太と神尾は言葉を失う。
自分たちが奪還できたのは…大助が最後まで立っていてくれたからだ。
第三節 息子たちと迷い子
やがて、地球圏からの大型輸送艦が到着し、暁環の宇宙港へと入港する。そこには、事態収拾のための特別監査官の一団が乗り込んでいる。その中の、ハンガーに降り立った意外な二人。
一人は、冷静な目をした男。もう一人は、どこか柔らかな空気を纏う男。太地が足を止める。
「……嘘だろ?」
亮太が息を呑む。
ハッチから降りてきたのは…八木太一、そして中島退助。太一の視線がすぐに医療区画の方向へと向く。
「大助は?」
太地は短く答える。
「生きてる。」
退助は小さく頷く。
「なら、間に合った。」
太一が状況報告書を受け取りながら言う。
「木星太陽化計画は凍結しない。」
「だが管理体制は全面再編だ。」
亮太と陣を見る。
「君たちが次の中心だ。」
陣が息を吸う。亮太は拳を握る。世代が、確実に移る。
医療区画の集中治療室では、太一がベッド脇に立つ。静かな声で優しく、未だ意識の戻らない大助に語りかける。
「無茶するなって言っただろ。」
モニターの波形が、わずかに揺れる。指先が、ほんの少し動く。その様子に太地が気づく。
「……おい。」
太一が微笑む。
「戻ってくる。」
窓の向こうでは、木星が静かに輝いている。暴走を越えた光。強制ではなく、選ばれた未来。
物語は終わらない。次は――彼らの番だ。
第四節 息子たちの収束
監査室では、今回の監査の取り纏めが行われていた。太一の声は、感情を挟まない。
「主任は単独犯ではない。」
ホログラムに浮かぶ資金の流れ、過激派自然保護団体との接触履歴。
「地球圏の一部急進派と接触していた」
「木星太陽化計画を、強制的に頓挫させるための、世論操作。」
亮太が拳を握り、傍に居た退助が呟く。
「犠牲者を出してでも、計画を潰す……。」
太一は頷く。
「計画そのものを否定し、なり振り構わず、環境を守ろうとしていた。」
「方法を誤った。」
太地が静かに言う。
「自分たちの、独善的な理想の押し付けだ。」
太一の視線が窓の外の木星へ向く。
「時代は進む、後戻りは出来ない。太陽系の環境が、確かに自然その物なのも間違いは無い。」
その言葉に、退助が続ける。
「だが、全ては遥かな時の流れの果てには、全て消えてしまう運命に、有る物だ。」
太一が、更に言葉をつなげる。
「なら、そこから人間が僅かな恵みを取り出し、それを糧として、自らの生活圏を広げていく行いも又、自然の一部なんだよ。」
こうして監査は終結し、管理体制は再編されていく。暫定主任代理 として、中島退助が指名され、暫くの間、暁環に残留する事となり。太一は詳細な報告の為に、一足先に地球圏へと帰還する事となった。
退助が立つ。管制室の中央。
「作業は段階的に再開する。」
声は穏やかだが、揺らがない。混乱していた現場が、少しずつ整っていく。
「焦らない。」
「確認を怠らない。」
「互いを疑うな、だが確認はする。」
その言葉に、皆が頷き、亮太は遠くから見つめる。
(ああいう背中を、追いかけてたんだな)
かつての自分を思い出すが、今はもう違う。
憧れではなく…並び立つ未来へ。
第五節 息子たちの選択
大助の容体は、一応の安定を見せていた。だが内部被曝と旧傷の悪化により、高度な治療が必要であるとの診断が下された。地球圏高度医療施設への後送が決定される。
搬送前。陣は大助の病室に無言で立っていた。傍に居る亮太が、声をかける。
「迷ってるのか?」
神尾は小さく笑う。
「ここに残れば、評価は上がる。」
「でも。」
視線はベッドへと移る。そこには静かな寝息をたてて寝んでいる、大助の姿がある。
「俺がここに来られたのは、やっぱり南雲先輩のお陰なんだ。」
「今度は、俺が支える番だろ?」
亮太は何も言わない。ただ肩を軽く叩く。
翌日、陣は退助のデスクを訪れ、彼に頭を下げる。
「休職を願い出ます。」
退助は一瞬だけ目を細める。
「覚悟のある選択だな?」
「はい。」
「なら、行ってこい。」
数日後、輸送船は暁環を離れる。木星が遠ざかる。神尾の手は、大助の手を握ったまま。
静かな日常が戻り、プラントは慎重に再稼働。亮太は木星圏への残留を申請する。
太地が書類を見て、苦笑する。
「逃げると思ったか?」
亮太は肩をすくめる。
「そんなヤツじゃ無いって、分かってるよ。」
しばらくの沈黙、少し気まずい空気。だが、以前とは違う。太地がぽつりと。
「あの時は悪かった。」
亮太が驚く。
「俺も。」
視線が重なる。
木星の光が窓越しに差す。
「また一緒にやるか?」
「……はい。」
その「はい」は、かつてよりずっと静かで、強い。
地球へ向かう船、木星に残る者。それと管理を担う者。誰もが、同じ未来を見ているわけじゃない。
それでも選んだ場所で、選んだやり方で、進んでいく。
強制ではなく。継承として。
作中最大の危機を迎えたお話でした。また、ちょっとした別れも有ったりして、動きがはげしかったですね。
次こそはお色気…。




