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息子たちの船出  作者: やす。


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第五章 息子たちの予兆

 遂に、木星圏への帰還を果たした大助。そして、実習生としてやって来る亮太と陣。なにやら騒がしくなりそうな、息子たちの周辺…。


第一節 息子たちの再会


 木星は、相変わらず巨大だった。赤い大斑点がゆっくりと渦を巻き、低軌道のステーションが静かにそれを見下ろしている。

 輸送船が、暁環の宇宙港に入港する。搭乗口が、ボーディングブリッジに接続され、気圧調整の後に、ハッチが開放される。

 大助は一歩、金属床を踏みしめる。

「……戻った。」

 “帰還”。今度こそ、その言葉が腑に落ちる。格納区画の向こうに、見覚えの有る人影。腕を組んで立っている姿は、

「遅ぇよ。」

迎えに来ていた太地だった。声はぶっきらぼうだが、優しい目は隠せない。

 大助は笑う。

「三日で戻れって言ったの誰だ?」

「言ってねぇ!」

 二人の間の距離は、一瞬で消える。拳が軽く当たる。それだけで十分だった。心配そうに、太地が尋ねる。

「体は?」

バツが悪そうに、大助は応じる。

「定期検査付きだ。無理はするなってさ。」

「無理すんな。」

「させる気か?」

「……必要なら。」

大助は肩をすくめる。

「変わってねぇな!」

「お前もな。」

 それだけでいい。余計な言葉は、いらない。

 大助が暁環に帰ってきた翌日、出勤初日の事。復帰後最初の全体ブリーフィングが行われ、主任から木星低軌道ヘリウム3濾過プラントの建設状況が、説明される。

「外壁補強進捗が82%、だが、スケジュールは予定より、15%程遅れている。」

「現在、磁気嵐対策シールドの敷設が、ようやく第二段階に入った所だ。」

主任が説明を続ける。

「復帰早々で悪いが、南雲。外縁部ラインの再点検に入ってもらう。」

「了解。」

太地が隣で小さく息を吐く。

“また重いとこだな”

目だけで会話する。

 その時。短く、鋭い警告音が鳴り渡るブリーフィング室の空気が変わる。スクリーンが自動的に切替る。赤い表示。

【ヘリウム3濾過プラント外周セクターC-7 構造フレーム損傷検知】

周囲はざわめきに包まれる。

「デブリか?」

「いや、磁気嵐前兆ノイズ値上昇。」

主任の声が低くなる。

「作業班が取り残されている。」

一瞬の沈黙。次の言葉は、重かった。

「外壁フレームが共振を起こしている。崩落すれば、建設中枢ごと持っていかれる。」

太地が立ち上がる。

「出ます。」

大助も同時に動く。

「俺も!」

 主任が大助を見る。ほんのわずかな逡巡。

「……復帰初日だぞ。」

大助は真っ直ぐ返す。

「現場は待ってくれません。」

太地が短く言う。

「二人で行きます!」

 二人の目が合う。数ヶ月の空白は、消えている。主任が頷く。

「急げ、残り持ち時間は七分だ。」


 宇宙港への連絡通路を、大助と太地が作業艇に向かい、駆ける。ハッチが閉じ、二人はコックピットへ。整備の行き届いた船は、そのエンジンの心地よい唸りを上げ、始動する。係留鎖の外れるときの微振動。

 警告灯が回り、船は港を離れる。太地が言う。

「戻って早々、派手だな!」

「歓迎式にしちゃ物騒だ。」

息は乱れていない。だが胸の奥で、別の鼓動が強くなる。

“ここが、自分の場所だ”

その実感。

 ドックゲートが開く。外では、木星の嵐が吹き荒れ、巨大な磁気のうねりが、プラント外壁を叩いている。

 太地がヘルメットを装着。

「行くぞ。」

大助も、ヘルメットをロックする。

「置いてくなよ。」

「置いてかねぇ!」

二人は、同時にエアロックを抜けた。木星の嵐の中へ。

 木星低軌道、ヘリウム3濾過プラント ― セクターC-7。パスコードを入力すると、エアロックが開く。

 一瞬で視界が金色の嵐に染まる。木星磁気嵐の前兆波。粒子がスーツ外殻を叩き、静電ノイズがヘルメット越しに震える。

 太地が先行し、大助が続く。後方から救助艇が接近。数名のチームが並走する。

「セクターC-7まで三十秒。」

「了解。」

視界の端で、濾過プラント外周フレームが異様な振動を起こしているのが見える。共振現象。このままでは、連鎖崩壊により、プラントそのものが失われる。

「作業班が二人、トラス内部に取り残されている!」

通信が飛ぶ。太地が即座に判断する。

「大助、内部アクセス。」

「了解。」

推進を切り替え、フレーム下へ潜る。振動が伝わる。金属が悲鳴を上げている。

 その時。胸の奥に、わずかな刺すような違和感。息が、ほんの一拍遅れる。

(……来るか。)

治療後初の高負荷外作業。分かっていたこと。宇宙放射線。磁気嵐。高エネルギー粒子。

 宇宙飛行士を志した者なら、誰もが覚悟している。大助は呼吸を整える。

「内部到達。」

声は平常。トラス内部。作業員が一人、脚を固定具に挟まれている。

もう一人は補助中。

「動くな、今切る。」

振動の中での切断作業。レーザートーチの電源を、を最小出力で入れる。太地が外から補強アンカーを打つ。

「残り二分!」

「分かってる。」

違和感が、また走る。視界の端が一瞬だけ揺らぐ。

(まだいける。)

スーツ内モニタは正常値。異常なし。なら問題ない。固定具が外れる。

「引き上げるぞ!」

救助チームが負傷者を回収した。その瞬間、フレームが大きく鳴る。

共振増幅。

 太地が怒鳴る。

「大助、早く外へ!」

「補強材入れる!」

「時間ねぇぞ!」

だが大助は迷わない。補強ユニットを接続。振動位相をずらす。一瞬の静止。そして…、振動が減衰。危険域を下回る。警告表示が橙へ。嵐の唸りだけが残る。

 作業は無事に終了し、二人を乗せた作業艇は暁環の宇宙港へと、帰投する。アンカーを接続し、ポートへの接岸が確認され、大助と太地は、ヘルメットを外す。

 その瞬間。ほんのわずかに、大助の視界が霞み、かれは眉間に指を当てて目を瞑る。太地がそれを見る。

 一瞬だけ。

「……平気か?」

短い問いに、大助は即答する。

「復帰初日だぞ? 張り切るに決まってる。」

若干の見栄を張る軽口、だが呼吸は整っている。嘘ではない。太地は、じっと大助を見る、ほんの一秒。それ以上は追わない。

「次からは俺が先行く。」

「譲らねぇ。」

「命令だ!」

「聞こえねぇな。」

 二人の間には、気まずい沈黙。そして、太地は視線を外す。分かっている。覚悟して戻ってきた、止める資格はない。止められない。

「……無茶すんな。」

それだけ言うと、大助は小さく笑う。

「お前もな。」

 ブリーフィング室へ戻る途中。遠くで木星が光る。嵐はまだ終わらない。

 だが、二人は並んで歩く。再び、同じ現場に立つ。その足取りは揃っている。胸の奥の違和感は、まだ小さい。だが確かに、そこにある。

 誰にも言わずに抱えるもの。それもまた、宇宙飛行士の仕事。


第二節 息子たちの真相


 暁環の宇宙港に、輸送船が入港する。係留鎖が岸壁に接続され、船体が固定される。

 それは、特別加速課程修了者を乗せた便。木星圏にとっては新人だが、地球圏から選び抜かれた者たち。

 太地は腕を組んで立っている、隣で大助がチョットだけ、意地悪そうに言う。

「緊張してんのか?」

「してねぇ!」

「嘘つけ。」

大助の顔には、ほんのわずかな笑み。

 やがてエアロックが開き、若い制服姿が次々と降りてくる。太地は、その中に、亮太の姿を見つける。そして二人の視線が絡み合い、一瞬で距離が縮まる。

 大助が口を開く。

「久しぶ…」

その瞬間だった。背後から無重力の中を跳ぶ姿、そして次の刹那。

 ひとつの影が、大助の胸へ飛び込む。

「――会いたかったです!!」

衝撃を感じながら、大助は反射的に受け止める。

「……は?」

 抱きついているのは、神尾陣。荷物も放り出したまま、強く、強く。

一瞬、時間が止まり、太地の眉が跳ねる。

 周囲の実習生が凍る。そして、呆気に取られる亮太。

「……え?」

数拍遅れて理解が追いつく。

「え!? お前が追いつきたいって言ってたのって……。」

 神尾は顔を上げ真っ直ぐ、大助を見上げる目。震えているが、逃げていない。

「南雲大助……先輩!」

その名を、はっきり言う。大助の表情が、困惑のまま固まる。

「え……俺?」

神尾は頷く。

「磁気嵐ログ、0.7秒の制御修正。」

「外壁共振位相ずらし。」

「地球圏で、何度も解析しました!」

 亮太の脳裏に、夜のシミュレーター室がよぎる。あのフォルダ名。

“目標”。太地が、ようやく状況を把握する。口元がわずかに上がる。

「…なるほどな。」

大助は、腕の中の青年を見る。まだ若い。だが、目は本気だ。

「……離れろ。」

神尾がはっとして手を離す。顔が真っ赤だ。

「す、すみません!」

周囲に空気が戻る。亮太は額を押さえる。

「マジかよ……。」

半分呆然として半分は、理解。

自分じゃなかった。少しだけ胸がざわつく。だが同時に、妙に納得もする。

(ああ、そういう目だったのか)

大助は咳払いする。

「……追いつきたいなら、まず現場に立て。」

神尾は即答する。

「はい!」

「ここはシミュレーション室じゃない。」

「分かっています!」

「倒れたら置いてくぞ。」

「置いていかれません!」

 一瞬の静寂。そして、太地が低く言う。

「面白いの連れてきたな、亮太。」

亮太は苦笑する。

「俺も今、初めて知りましたよ。」

大助は亮太を見る。

「お前、知ってたのか?」

「今、知りました。」

視線が合う。そこに嘘はない、大助は小さく息を吐く。

「……そうか。」

そして神尾へ。

「なら証明しろ。」

その言葉は、拒絶ではない。受け入れだ。

神尾の目が強く光る。

「はい!」

木星の巨大な影が、宇宙港の窓を横切る。新しい世代が、今、現場に立つ。

 亮太は横でぼそりと呟く。

「俺、負けてらんねぇな……。」

誰に、とは言わない。だがその目は、もう前を向いている。


第三節 息子たちの黒歴史(笑)


 作業区画の一角に設けられている、簡素なラウンジ。その透明窓の向こうでは、木星がゆっくりと回っている。

 合成ドリンクと簡単な食事。それでも現場にとっては立派な歓迎会だ。実習生たちはまだ、表情が硬い。

 だが…その一角だけ、妙に距離が近い。大助の隣に、ぴたりと張り付く、神尾陣。

「先輩、その磁気嵐時の位相修正って…。」

「飯食え。」

「ログ解析しました。0.7秒前から腕が…。」

「食えって言ってる。」

「はい!」

 とても素直な返事。だが離れない。亮太は少し離れた席からその様子を眺める。そして、ぽつりと呟く。

「……コイツ、こんなヤツだったのか?」

地球では理詰めでクール寄りだった神尾。それが、今は完全に“尊敬対象の前の後輩”。

 距離感が崩壊している。大助は眉間を押さえる。

「お前、距離感って概念あるか?」

「必要なら学びます。」

「まず物理的に離れろ。」

「はい!」

と言いながら一歩下がる、だが視線は外さない。その真っ直ぐさ、その熱。

 亮太の胸の奥に、妙な既視感が灯る。

――夜のシミュレーター室。――ログを漁った日々。――無理に任務に同行しようとして止められたこと。――名前を呼ばれるだけで浮かれた自分。

顔が、じわりと熱くなる。

「……黒歴史だ……。」

思わず漏れる。

 当然、それを太地が聞き逃すはずもない。

「なんだ?」

「何でもないです!」

「中島教官に張り付いてた頃か?」

亮太が、分かりやすく硬直する。

大助がゆっくりと視線を向ける。

「……へぇ?」

「違う! いや違わないけど違う!」

神尾が目を瞬かせる。

「海野先輩、亮太も同じことを?」

「やめろ!」

亮太が即座に遮る、だが太地は追撃する。

「位相制御ログ、全部暗記してたらしいぞ。」

「お願いです、やめてください本当に!」

ラウンジに笑いが広がり、亮太は顔を覆う。

「あぁ…あの頃の俺を宇宙に放り出してやりたい……。」

神尾が真顔で言う。

「でも、その気持ち分かる。」

亮太と神尾の目が合う。

 一瞬の沈黙。分かってしまう。追いかける者の目。亮太は小さく息を吐く。

「……まあ、ほどほどにな。」

それは忠告か、応援か。神尾は、はっきり言う。

「俺は追いつきます。」

大助を見る。

「超えます!」

 その場の空気が、少しだけ締まる。大助は数秒見つめてから言う。

「現場に立ってから言え。」

拒絶ではない、試練だ。神尾は即答する。

「はい!」

太地が亮太の肩を軽く叩く。

「歴史は、くりかえすモノだなぁ。」

亮太は苦笑する。

「善処します……。」

窓の向こうで、木星の嵐が光る。

 世代は変わる。だが、想いの形はどこか似ている。違うのは、今、亮太が“見る側”に立っていること。

 明けて翌日からは、実習生も現場に配置される事になる。甘い時間は終わる。

 朝一番のブリーフィング室では、主任が淡々と告げる。

「ここは訓練校じゃない。」

「判断の遅れは事故に直結する。」

「守られる側から、守る側へ移れ。」

神尾と亮太は、無言で頷く。太地が二人を見る。

「まずは補助からだ。」

大助が続ける。

「だが容赦はしない。」

神尾は真っ直ぐ返す。

「望むところです。」

亮太も。

「同じく。」

 窓の外。木星の嵐は、今日も渦を巻いている。新しい世代が、そこへ踏み出す。大助はふと、胸に手を当てる。違和感はない。今は。だが、現場は甘くない。

太地が小声で言う。

「親になる気分って、こんなか?」

「やめろ。」

だが否定は、弱い。歴史はくりかえす。だが同じにはならない。ここからが、本当の試練。

 セクターD-4。そう呼ばれる区画に、その日の四人は配置されていた。ヘリウム3濾過プラント外周フレーム補強。新人二人の、本日の任務は、大助と太地の持ち場の補助。

 主任の一言。

「まずは見て覚えろ。」

だが、神尾は最初から前のめりだった。

「先任、アンカー打設角度はこの方が…。」

「待て。」

大助の制止が入る。だが神尾は既に半歩出ている。位相データを読んで、最適解を弾き出す。理論は正しい。

 だが現場は理論通りに揺れない。フレームが予想外の微振動を起こす。神尾の姿勢がわずかに崩れる。

「神尾、下がれ!」

太地の声が聞こえたその瞬間、亮太が横から推進を入れる。

「こっち!」

神尾のスラスターを補助噴射で安定させ、姿勢が戻る。衝突は寸前で回避される。

 数秒の出来事。通信に短い沈黙。大助が低く言う。

「焦るな。」

神尾は歯を食いしばる。

「……すみません」

亮太が続ける。

「理論は合ってた、ただ順番が逆だ。」

神尾が振り向く。亮太は落ち着いている。

「現場で“見せる”のは結果だけでいい。」

その言葉は、少しだけ自分にも向いている。神尾は一拍置いて、頷く。

「了解。」

 そこからは堅実だった。データ補佐、補強材搬送、振動監視。無理に前へ出ない。だが目は常に動いている。

 その日の任務終了後、エアロック内に戻ってきた四人は、各々ヘルメットを外す。大助が、神尾を見る。

「暴走気味だ。」

「……はい。」

「だが、飲み込みは早い。」

神尾の目がわずかに明るくなる。大助が続ける。

「次は一拍置け。」

「はい。」

短い言葉。だがそこには、拒絶はない。亮太が軽く肩を叩く。

「生きて帰るのが最優先だ。」

神尾は真剣に返す。

「了解。」

その顔は、少しだけ大人びている。

 それから数週間の期間を置き、研修生達に対しての評価が下され、研修報告書が、作成される。


実地判断、適応力、協調性。

総合評価――高。


主任が告げる。

「木星圏正式受け入れを決定する。」

ブリーフィング室に、小さな安堵。神尾が拳を握る。亮太は息を吐く。

太地が腕を組み、大助は静かに言う。

「ここからが本番だ。」

神尾はまっすぐ頷く。

「はい。」


第四節 息子たちの予兆


 研修も終盤を迎えようとしていた頃。勤務終了後の夜。ロッカールームの窓の向こうで、木星の嵐が光る。

 大助は一人、医療チェック端末の前に立つ。数値は正常範囲。異常は特に認められない。

 だが。胸の奥に棲みついた、わずかな違和感。重くはない。痛みもない。だが、消えない。

(……まだ残ってるな)

磁気嵐の日から消えない微細な疲労。回復が、ほんの少し遅い。隠せる程度。現場に支障はない。だが確実に、そこにある。

 太地が通路の向こうから声をかける。

「検査か?」

「ルーチンだ。」

「問題は?」

「ねぇよ。」

視線が合うが、太地は何も言わない。それ以上は聞かない。信頼か、覚悟か。それはおそらく、どちらもだ。

 作業区画の窓の向こうでは、若い二人が、遠くで整備手順を確認している。神尾が身振り大きく説明し、亮太が冷静に修正を入れる。

 大助は小さく笑う。

「……いいチームだな。」

太地が答える。

「あぁ、そうなって行きそうだな。」

大助は肩をすくめる。だが胸の奥の違和感は、消えない。研修は大詰め。

 次の段階は…木星太陽化計画、第二フェーズ。より高出力。より危険な任務。若い世代が本格投入される、その前に。大助の身体は、どこまで持つのか…。

 その数日後、木星圏では遂に、木星太陽化計画 が、その最終段階へと歩を進めようとしていた。

 正式受け入れの通達から三週間。加速課程出身の若い作業員が各セクターへ配置され、木星太陽化計画は次段階へ移行した。

 最終工程とは、ヘリウム3精製プラント建造・統合試験。採取。濾過。そして精製。これまで分断されていた工程を、一本のラインとして繋ぐ。ほんのわずかな位相ズレ。ほんのわずかな圧力変動。それだけで、全系統が停止する。いや…最悪、暴走する。

 その日のブリーフィング室では、統合ブリーフィングが行われていた。巨大スクリーンに映る、完成目前のプラント全景。

 主任が言う。

「ここからは力業じゃない。」

「繊細さだ。」

 太地は腕を組む。大助は静かにデータを追う。亮太と神尾も、真剣な眼差しで画面を見る。

 神尾が小声で言う。

「ここまで来たんだな。」

亮太が返す。

「まだ“来ただけ”だ。」

動かして初めて、本物。

 午後からは、プいよいよラントの試験運転、その第一段階が開始される。

 採取ラインが起動される。磁気捕集フィールドは、安定した数値を示している。濾過工程接続。微細振動がプラントを伝う。数値は許容範囲にある。だが安定幅は狭い。

「圧力0.02上昇。」

「想定内。」

「濾過効率98.7。」

「この効率を維持する。」

 緊張が続く。大助が統合モニタを監視。太地が外周フレーム振動を追う。

 亮太は補助コンソールで流量バランスを微調整。神尾はリアルタイム解析でノイズを補正する。

それぞれの役割が噛み合う。そのまま数時間が過ぎ第一段階がクリアされる。皆が小さな安堵を感じている。だが、まだ半分。

 その後の、第二段階接続時、プラント内に、微細な磁気ノイズが侵入する。

 濾過膜振動が、検知され、警告灯が点る。神尾が即座に叫ぶ。

「ノイズ源、木星側からの粒子流偏向!」

亮太が補正値を弾き出す。

「流量0.3下げる。」

太地が外部アンカー調整。大助が全体位相を再同期。

 その一瞬の後、全表示が赤へ。そして…橙…緑…安定。誰も声を上げない。

 だが互いの呼吸が分かる。ここまで何度も、こうして乗り越えて`きた。

 その日の夜遅く、試験運転は最終統合の段階へと進む。精製炉への接続の準備が完了し、主任が告げる。

「明日、最終点火シークエンスに入る。」

 静まり返る室内、人類史上で初となる木星圏での大規模ヘリウム3精製。成功すれば、太陽系外苑部に於けるエネルギー問題は、新たな段階へと進む。失敗すれば…この規模の設備は、もう二度と作れないかもしれない。

 勤務終了後の、窓の向こう。木星の雷が走る。大助は一人、胸に手を当てる。あの違和感は、消えていない。今日の長時間監視で、ほんの少しだけ強くなった。数値は正常。だが体は正直だ。

(今だけは、持て)

明日が終わるまで。それだけでいい。

 背後からの声に、大助は振り向く。

「起きてたか。」

そこには太地の姿。やはり寝付けずに、起きてきた様だ。

「明日、勝負だな。」

「ああ。」

短い沈黙の後に、太地が言う。

「無理はするな。」

大助は小さく笑う。

「誰に言ってる。」

 太地はそれ以上言わない。信じているから。同時に、分かっているから。


 遠くで、亮太と神尾が最終データ確認をしている。神尾が熱く語り、亮太が冷静に整える。

 若い力。未来。大助はその背を見つめる。

(ここまで来た)

明日、点火。

 そして…物語は、次の選択へ進む。


 ご無沙汰してます。第五章をお届けします。今回は、若干のラブコメ要素有りになりましたが、お色気には、まだ遠い感じですねぇ。

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