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第3話 選ばれなかった少女は、今夜選ばれる


 食事が、無言で置かれた。


 プラスチックの皿に、簡素なパンとスープ。

 温かい。ちゃんと、人が生きるためのものだった。


 アングリーはそれを見下ろし、少しだけ目を伏せた。


 ――やっぱり。


 誘拐は衝動ではない。

 この少年は、計画通りに動いている。


「食え」


 壁にもたれたまま、ジュードは短く言った。


「毒は入ってない?」


「入れるわけがねぇ」


 あまりに即答だった。


 アングリーは小さく笑って、スプーンを取った。

 一口、口に運ぶ。


 味は、驚くほど普通だった。


「目的は……身代金、でしょ」


 ぽつりと零した言葉に、ジュードは視線だけを向けた。


「勘がいいな」


「パパは払うわ。言い値で」


 それは自慢でも誇張でもなく、事実だった。

ボーダ家はそういう家だ。


「それで、用済みになった私は終わり?」


「さあな」


 はぐらかす声。


 でも、アングリーにはわかっていた。


 身代金を受け取ったあと、“証拠”は残さない。


 そういう世界に、この少年は生きている。


 スープを飲み干し、皿を置く。

 不思議と、手は震えていなかった。


「……ねえ、ジュード」


「そう何度も呼ぶな」


「じゃあ、殺し屋さん」


 そう言うと、彼はわずかに顔をしかめた。


「私、死ぬことは怖くないの」


 ジュードの目が、一瞬だけ動いた。


「……じゃあ何が怖い」


 アングリーは、少しだけ考えた。


「選ばれなかったまま終わること」


 言葉にした瞬間、胸の奥がひりついた。


「私は、ずっと誰かの“決めた役”を生きてきたわ。

 良い娘。良い令嬢。良い許婚」


 視線を上げ、彼を見る。


「一度でいいから、

 “あなたがいい”って言われてみたかった」


 行間に静寂が伴う。


 ジュードは、すぐに答えなかった。


 煙草を取り出し、火を点ける。

 紫煙が、二人の間に薄く漂った。


「……くっだらねぇ」


 低い声。


「恋愛ごっこするために誘拐したわけじゃねぇ」


「わかってる」


 アングリーは、穏やかに頷いた。


「だからこれは、お願い」


 拘束された手を、少しだけ持ち上げる。


「三日間だけでいい。――貴方の恋人にして」


 空気が、凍りついた。


「正気か」


「ええ」


 迷いはなかった。


「身代金が支払われるまでの三日。

 そのあいだだけ、私を“選んで”」


 ジュードは、煙草を深く吸い込んで、吐き出した。


「俺は人を殺す。

 情けはねぇ」


「そうみたいね」


「終わりは変わらねぇぞ」


「それでもいい」


 アングリーは、微笑んだ。


「何も持たずに死ぬより、

 一度でも“恋をした”って思って終わりたいの」


 長い沈黙。


 やがて、ジュードは小さく舌打ちした。


「……馬鹿な女だ」


「ええ」


 それでも、彼女は目を逸らさなかった。


 ジュードはしばらく彼女を見つめ、

 そして、ぽつりと言った。


「三日だけだ」


 心臓が、跳ねた。


「それ以上は、何も期待するな」


「ありがとう」


 その言葉は、祈りのようだった。


 ジュードは背を向け、扉に手をかける。


「……勘違いするな。これは慈善じゃねぇ」


 鍵の音。


 扉が閉まる直前、低い声が落ちた。


「退屈しのぎだ」


 暗闇に戻った部屋で、

 アングリーはそっと目を閉じた。


 ――三日。


 それは、アングリーに人生で初めて与えられた、

 本当に自由な時間だった。



ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。


ジュードがアングリーを引き寄せた、この直後

いよいよ、命がけの「恋人ごっこ」が始まります。


「……続きが、今すぐ読みたい」

そう思ってくださった方へ。

実はカクヨム版では、この先の「甘くて危険な3日間」のエピソードを一足先に公開しています。


第4話:恋人ごっこの始まり https://kakuyomu.jp/works/822139844041917371/episodes/822139844101935764


第5話:恋人として帰りを待つアングリー https://kakuyomu.jp/works/822139844041917371/episodes/822139844103896832


第8話 甘いキスのおねだり https://kakuyomu.jp/works/822139844041917371/episodes/822139844129107646


殺し屋の少年が、少女に絆されていく過程を一気読みしたい方は、ぜひこちらから覗いてみてください。


【続きはこちらからすぐ読めます↓(カクヨム)】

https://kakuyomu.jp/works/822139844041917371

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