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私を殺すはずだった裏社会最強の殺し屋に、溺愛されてます  作者: NIKE


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第12話 名前は、まだ呼べない。



夜明け前の空は、まだ黒に近かった。

湿った風が、肺の奥を冷たく撫でる。


銃声。


一発、二発。


弾丸が頭上を掠め、空気を裂く音がした。


――遅い。


ジュードは走りながら、視線だけで弾道を捉える。

音の角度、風の流れ。

判断は一瞬だった。


彼の手は、途中からずっとアングリーの手首を掴んだままだ。

逃げるため。

守るため。


それだけのはずなのに、彼女の指先は、なぜか熱を帯びていた。


ふたりは廃ビルの非常階段を駆け上がる。


走って、走って、息が裂けそうになっても、彼は一度も振り返らなかった。


――振り返ったら、終わる。

なぜか、そんな気がした。


最後の鉄扉を蹴破ると、錆びた蝶番が弾け、夜気が流れ込んだ。


屋上。


そこで、ジュードは気づいた。

アングリーの足が、限界に近い。


視界が揺れ、呼吸が乱れている。

ここが、行き止まりだった。


「……アングリー」


言い終わる前に、彼は動いた。


ジュードが一気に腕を回して、彼女を抱き寄せ、

抱え上げた。


足が宙に浮く。


「きゃっ――」


驚く間もなく、乾いた音が響く。

銃弾が壁を削り、破片が散った。


アングリーは息を呑む。

自分の背中に、ジュードの体温が押し付けられている。


銃弾の音より、鼓動の音のほうがうるさい。


「……動くな、しっかり捕まってろ」


低い声。

怒鳴るでもないのに、逆らえない。


アングリーの喉は、乾いたまま、かすれる。


「……え、ジュード!?」


「舌噛むなよ」


ジュードは屋上の縁へ走り、そのまま躊躇なく虚空へと身を投げた。


「嘘、落ち――ッ!」


アングリーの悲鳴は、喉の奥で凍りついた。

ふわりと身体が浮く浮遊感。抱きしめる腕がさらに強く食い込む。


落下。


空中で、世界が回転した。


ジュードは彼女を抱いたまま、身体を捻る。

重力すら計算の内にあるかのような、無駄のない宙返り。


数発の弾丸が、今まで二人がいた空間を虚しく貫いた。


着地点は、地面ではない。


路地を挟んだ向かい側――隣の廃ビルの、三階部分。


割れた窓ガラスが残る、わずか数十センチの隙間。



「……っ!」


彼は体勢を低くし、針の穴を通す精度でそこへ滑り込んだ。

ガラスが砕ける。


背中でアングリーを庇い、床を転がって衝撃を殺す。


ほとんど音はなかった。


「大丈夫か……?」


アングリーを気遣うその姿は、呼吸一つ乱れていない。


「……いま、私……」


「考えんな」


彼は彼女の頭を、ぐっと胸に押し付けた。

顔が見えない。

けれど、ジュードが笑っていないことだけは、わかる。


ぎい、と軋む扉を閉じる。

薄暗い階段。

埃の匂い。

そして、ふっと訪れる静寂。


まるで世界が、息を止めたみたいに。


ジュードは壁に背をつけたまま、数秒だけ目を閉じた。

呼吸が、僅かに乱れ始めた。

煙草の匂いが、いつもより濃い。


アングリーは、その匂いを吸い込んでしまい、なぜか少しだけ落ち着いた。



「……私たち、生きてる?」



自分でも驚くほど、間抜けな声が出た。


ジュードは目を開け、短く息を吐く。


「死んでたら今ここで喋ってねぇ」


「よかった」


アングリーは胸に手を当てた。

指が震えている。怖かったのだと、今さら気づく。


「ねえ、ジュ――」


「その名前で呼ぶな」


ジュードの声が、ぴたりと空気を切った。


アングリーは瞬きをする。


「……え?」


彼は視線を逸らし、舌打ちをした。


「ジュードじゃねぇ、偽名だ。仕事用のな」


「仕事……」


言われた瞬間、頭の中でいろんなことがはじけ飛ぶ。


この少年の生きている世界。

本当はここが“恋人ごっこ”の舞台ではなく、彼にとっては最初から“殺し”の舞台だったこと。


 胸が、少しだけ冷える。


それでも、アングリーは言った。


「じゃあ……本当の名前は?」


 ジュードは一瞬だけ固まって、次の瞬間、笑った。

笑っているのに、どこか苦しそうだ。


「教えてやるさ」


その言葉だけで、アングリーの心臓が跳ねる。


けれど彼は続けた。


「……生きて帰れたらな」


そう言ったあと、

ジュードは少しだけ視線を伏せた。


「名前ってのは、命より重い。

――殺し屋にとってはな」


はぐらかした?

違う。


生きて帰る前提で、名前を渡そうとしている。


その事実に気づいた瞬間、胸が詰まった。


(……もう、手遅れだ)


「……約束ね」


 口が勝手に動いた。

声が震えないように、笑ってみせる。


ジュードは一瞬だけこちらを見た。

その瞳が、いつもよりずっと深い。


「……ああ」


短い返事。

だけど、それは逃げではなかった。


階段の下で、誰かの足音。

人の気配が近づく。


ジュードはアングリーの手を取り、指を絡めずに引いた。


「行くぞ」


その手は、固く、熱かった。



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