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私を殺すはずだった裏社会最強の殺し屋に、溺愛されてます  作者: NIKE


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第13話 ありのままの貴方と


 夜が明けるころ、ふたりは境界線を越えた。

地図の上でしか存在しないような線を、足で踏み越えただけなのに、空気が少し変わった気がした。




国境を越えた先の街は、繁華街のようだったがその時はまだ眠っていた。


ジュードが連れてきたのは、古びた建物の一角だった。


薄汚れたランタンの列。看板の灯りは落ち、扉だけがわずかに開いている。

文字は読めない。アングリーにとっては異国の文字だ。


(宿屋さん……?でも女の子の張り紙がいっぱい……)



馴れたようにジュードが店主に合図をした。

きっと彼の隠れ場所の一つなのだろう。


 奥から現れたのは、

深いしわが刻まれた小柄な老婆だった。


「……뭐야, 이 시간에 웬일이야?(なんだい、こんな時間に……)」


老婆の口から漏れたのは、聞き取れない異国の言葉。アングリーは思わず身を固くする。

 老婆はアングリーの足先から髪の先までを舐めるように見回すと、ニヤリと唇を歪めた。

 市場で肉の鮮度を確かめるような、品定めの目だ。


 彼女はジュードに顔を寄せ、親しげに、けれど下卑た声で何かを囁いた。


「와, 진짜 예쁜데. 팔 거면 내가 비싸게 사줄게.(おや、随分上玉じゃないか。売るなら高く買うよ)」


 言葉の意味はわからない。

 けれど、向けられた視線の「温度」で、アングリーは本能的に理解してしまった。

 

(私、ここに、売られるの……?)


 背筋に、冷たいものが走る。その瞬間。


「안 팔아.(売らねぇよ)」


 低く、地を這うような声が空気を裂いた。

 ジュードが乱暴にアングリーと老婆の間に割って入る。

 ドン、と視界が遮られ、広い背中がアングリーを世界から隠した。

 彼の腕が、アングリーの肩を抱き寄せる。

 痛いほどに強い力。

 アングリーは息を呑んで見上げた。

 ジュードの横顔は、見たこともないほど険しい。

 そして、肩に食い込む彼の指先が、怒りなのか、それとも別の感情なのか――わずかに震えているのがわかった。


中に入った瞬間、

甘い香りと、気怠い空気が肌にまとわりつく。


「……ここ、どこ?」


アングリーが小さく尋ねると、

ジュードは一瞬だけ視線を逸らした。


「気にすんな。寝床だ」


そう言って、奥の部屋に押し込む。


逃げ込んだ部屋は、薄暗く、壁がやけに薄かった。

扉が閉まった直後、

どこか近くで、ぎし、と木が軋む音がする。


一定のリズム。


それに重なる、甘い声。


笑い声のようにも、ため息のようにも聞こえる。

アングリーは首を傾げた。


「……なんだか、楽しそうな声がする」


その瞬間、ジュードの動きが止まった。


「……聞くな」


低く、短く。

アングリーがきょとんとすると、

彼はさらに言葉を重ねる。


暗闇の中。

でも、よく見れば顔が真っ赤だった。


「音は聞くな。いいから……寝ろ」


布団を乱暴に放り、背を向ける。

壁の向こうで、またぎし、ぎしと音が鳴る。


今度は一定のリズムで肌と肌のぶつかる音がする。


ジュードは舌打ちしそうになり、ぐっと堪えた。

煙草に手を伸ばしかけて、やめる。


落ち着かない様子で、視線だけが宙を彷徨う。

アングリーはその背中を見て、少しだけ笑った。


「変なの。ジュードの方が落ち着かない」


「……うるせぇよ」


そう言って、

しばらくの間、返事はない。



「……ここは安全だ。眠っていい」


ジュードは壁際に座り込んだ。

疲れているはずなのに、眠る目をしていない。


アングリーは、彼の横に座った。


「あなたは?」


「俺は……あとで」


嘘だとわかった。

彼は眠らない。

たぶん、眠れない。


アングリーは、そっとジュードの袖を掴んだ。

小さな子供みたいに。


「じゃあ、少しだけ……ここにいて」


その言葉で、ジュードの指先が微かに止まった。


数秒。


彼は、仕方なさそうにアングリーの頭に掌を置いた。

撫でるでもない。押さえるでもない。

ただ、そこに手を置く。


ぎこちない手つきだった。


でもそれだけで、アングリーの胸が落ち着いた。


そして、気づけば眠りに落ちていた。



***




 ――それからしばらくのことは、

アングリーの記憶が、ところどころ抜け落ちている。


再び夜が来て

バイクエンジンの低い振動。


風が、容赦なく頬を叩いたこと。

前にある背中は大きくて、

何も言わなくても、行き先を全部知っているみたいだった。


しがみつく腕に、

「離すな」と言われた気がする。


ただ、振動が止まったとき、

もう“追われている感覚”はなかった。


そうして――

ふたりは、一つの場所に辿り着いていた。


国境の向こう。

人が戻るための匂いが染みついた部屋のようだった。


ココナツの炭に覆われた、使われた形跡のないキッチン。

ところどころほつれたソファ。

大きな灰皿。


煙草と、香水と、甘ったるいワックスの匂い――。


壁際の棚には、整頓されすぎた工具と、

それとは不釣り合いな、古いマグカップが一つ。

欠けた縁。

洗っても落ちない、薄い染み。

アングリーは、なぜかそのカップから目が離せなかった。


(……ここが、彼の家? ここまで、連れてきてくれたんだ)


ここはジュードが、

生き延びるために戻ってきた場所だった。


ジュードは窓際に立っていた。

煙草を咥え、外を見ている。


それだけで、アングリーは胸が熱くなった。


(この人、本当にここにいる)


(……私、まだ生きてる)


ジュードは振り返らずに言う。


「しばらくは、ここにいろ」


「しばらくって?」


「熱りが冷めたら」


「……冷めるの?」


自分でも、挑発みたいな声になった。


ジュードはやっと振り返って、ため息を吐いた。


「熱りが冷めたら、家に帰してやる。……お前の父親が悲嘆に暮れる前にはな」


その言葉は、冷静だった。

安全のため。

正しい判断。


 だからこそ、アングリーは首を振った。


「嫌よ」


ジュードの眉が動く。


「……は?」


「それじゃあ意味がないわ」


 口に出した瞬間、自分が何を言っているのかもわかった。

自分が、どこへ行きたいのかも。


「パパには私が手紙を書く。大丈夫。たぶん……パパは怒るけど」


「怒るどころじゃねぇだろ。心配するぞ」


「でも、ここにいたい」


 アングリーは一歩だけ近づいた。

ジュードの目を見上げる。


「それに」


胸が痛い。

怖い。

でも、言わなければここで終わる。


「私、まだ貴方の本当の名前を聞いてないわ」


ジュードの動きが止まった。


煙草を持つ指が、微かに硬直する。


「……」


「教えてくれるって約束したじゃない」


アングリーは笑った。

泣きそうになりながら笑った。



 ジュードは、しばらく黙っていた。

その沈黙は、拒絶じゃなかった。

逃げるための沈黙でもなかった。


ただ、何かを決める沈黙だった。


やがて彼は、観念したみたいに息を吐く。


「……ったく」


苛立ちの悪態。

でも、その声はどこか柔らかい。


「勝てねぇな。お前に勝てる奴が居るのかよ?」


アングリーは、嬉しくて頬が熱くなる。


「じゃあ、教えて」


ジュードは視線を逸らしたまま、低く言った。


「……特別だ。お前にだけは教えてやるよ」


それは、銃声よりも確かな告白だった。


そして彼は、アングリーの耳元に、言葉を落とす。


「俺の本当の名前は――」


アングリーの世界は、その瞬間だけ、音を失った。






END

最後まで読んでくれてありがとうございました!

お陰様で最後まで執筆できました。

ありがとうございます!!!


三日間という短い物語でしたが、ここまで一緒に走ってくれて本当に嬉しいです。


→https://kakuyomu.jp/works/822139844041917371

ラストが少しだけ違います。

カクヨムでコンテスト参加中です。

続きのバレンタイン番外編やジュードの溺愛ネタなどはカクヨムの方で公開中です!!


もし少しでも「読んでよかった」と思ってもらえたら、もしくは完結のお祝いに★★★や感想、♡を残してもらえるととても励みになります。


ここまで付き合ってくださり、本当にありがとうございます。感無量です!


次回作はこれよりも長い恋愛ものを執筆予定ですので、ここまで読んでくださった方、ぜひカクヨムの方で作者フォローの方及び評価レビュー、よろしくお願いします!


――NIKE


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