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私を殺すはずだった裏社会最強の殺し屋に、溺愛されてます  作者: NIKE


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第10話 金よりも、命よりも


 昼過ぎの街は、乾いていた。


人気のない裏道。

約束の時間。

約束の場所。


約束された、手土産だけがなかった。


ジュードは歩きながら、煙草を咥えている。

火をつける指先は、いつも通り静かだ。


依頼主の待つ倉庫が見えてくる。

その前で、彼は一度だけ煙を吐いた。



影の中に、誘拐グループの司令塔

――依頼主はいた。


分厚い革の鞄が、足元に置かれている。

中身を確かめるまでもない。



「ご苦労だったな」



 依頼主は上機嫌だった。

身代金は滞りなく入ったのだろう。

金を手にした人間特有の、余裕の声だ。


「さすがだ。金持ちの屋敷は泣きが早い。

……ほら、お前の取り分だ」


 鞄が開かれる。

札束の匂いが、空気を変える。


ジュードは一歩、近づいた。


受け取らない。

ただ、見下ろすだけだった。



「それで、」


依頼主は笑った。


「アングリー・ボーダは始末したか」


あまりにも軽い口調。

もう終わった話だと言わんばかりに。


「金は全部払った。

後腐れは残すなよ」


ジュードは、黙って頷いた。


――そして。


音もなく、銃を抜いた。

銃口が、まっすぐ依頼主に向く。


空気が、凍る。


「……冗談だろ?」


依頼主の笑みが、引き攣った。


ジュードは何も言わない。


ただ、狙いを定めている。


迷いはない。

震えもない。


あるのは、

もう戻らないという確定だけだった。


「待て、ジュード」


声が、少しだけ高くなる。

引き金に、ジュードの指がかかる。


依頼主は、一歩後ずさった。


「……お前が依頼を蹴るなんて、初めてのことだ。

金に困ってるのか?

倍出す。いや、三倍でも――」


「金じゃねぇよ」


ジュードの放ったその一言に、依頼主は戦慄した。

自らの命運を悟ってしまったからだ。


視線が、ジュードの腰元に落ちる。


「俺を撃ったら、どうなるかわかってるのか?」


空気が変わる。


「今回の誘拐計画のために、張った網は厳重だ。

監視、逃走路、裏口――全部。

ネズミの一匹たりとも、アイツらは逃しやしねぇ」


 つまり、そのまま“ジュードを殺すための配置”に転用できる包囲だと、彼は言っているのだ。


それは、ただの脅しではなかった。


それが事実であるということ。

包囲網の厳重さは誰よりも深く、ジュードも把握していた。



「引き金を引いた瞬間、お前は四方から狩られる。

……例え、裏社会で最も名の通ったお前でも、

逃げ切れる可能性などない。絶対に、な」



 ジュードは答えない。


ゆっくりと煙草を口から外し、

指で弾いた。


床に落ちたそれを、

踵で踏み潰す。


じゅ、という小さな音。

煙が立ち昇った。


 そして。


ジュードは、笑った。

暗闇に不気味な笑い声が響いた。


「……それがどうした?」


視線が上がる。

銃口が、まっすぐ依頼主に向く。


依頼主の喉が、わずかに鳴った。

ジュードは続ける。


「俺が一番……目を逸らしていた。

気づきたくねぇもんに気づいちまったんだ」


(――もう戻れねぇのさ)



どうしても、彼女にだけは

引き金を引けなかった――


殺す理由は山ほどあるのに。



もう誰にも許されなくても、構わないと思った。


例え、世界を敵に回したとしても。



それでも、たったひとりの命を守りたかった。


守りたいと、思ってしまった。



「このまま俺は――

アングリーを殺して生きていても仕方がねぇってな」



その言葉のあとで、

倉庫の中に、短い沈黙が落ちた。


本心かどうかを疑う意味は、もうどこにもない。

冗談だと笑える段階は、とうに過ぎていた。


ただ一つ誰の目にも明らかなのは、

この男は、後戻りをする気など一切ないということだった。



乾いた音が鳴り響く。一発の銃声。



 ――果たして、倉庫に残ったのは、

踏み潰された煙草の残り香とかねの香りだけだった。





***


 



ジュードは、歩き出す。


戻る場所へ。


殺すはずだった少女のもとへ。


――もう、引き金より重いその命を、

選んでしまったのだから。

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