早朝の我が家
朝、いつもより早く目が覚めた。
まだ日の出前で薄暗いけど、一度目が覚めちゃうと二度寝出来ない体質なんだよね。こういう時は……家のみんなの様子を見るのにピッタリだ。
まずは……キッチンかな。あのキラキラした朝食がどんな風に作られるのか知りたい。
私の作っていた朝食なんて、野菜を切って煮込むだけのスープだけだったから10分調理場に立ったら後は放ったらかしだったからね。きっとフーゴならそんな手抜きしないで早起きして朝食を作っているんだろうな。
簡単に身支度を整えて部屋を出ると、屋敷の中は静まりかえっている。まだ朝と呼ぶには早すぎる時間だから、人の気配がないのは当たり前だ。
この家を買った初日、静かで暗い家が不気味で怖かったのに、一緒に暮らす人がいるだけで、静けさも暗さも平気になるから不思議だ。
薄暗い屋敷の中にリビングだけ灯りがついていた。昨夜消し忘れたのかとリビングに行ってみると。
「おはようございます。お嬢様」
「うわっ!」
誰もいないと思っていたら、私じゃなくても驚くよね。ちょっと飛び上がったのは仕方ないよね。
「ア、アルバン……おはよう。いつもこんなに早くから起きてるの?」
「年をとると早く目が覚めてしまうんですよ。お嬢様は今日はずいぶんお早いですね」
「ちょっと目が覚めちゃって」
「この時間ですと、庭で面白い物を見ることが出来ますよ」
「え、何!?」
「ではご一緒に行きましょうか」
アルバンが面白いと言うくらいだから、見ておいて損はないはず。
一緒に庭に出ると、エドガーが朝から玄関先で剣を振っていた。
まだ朝練と呼ぶにも早い時間だよ。すごいね。やる気満々だね。
エドガーは私達を見ると剣を振る手を止めて、ペコリと頭を下げた。
「おはようエドガー。早いね」
「いや、自分は夜番だったから……」
四番? いや、夜番。夜の見張りね……。そういえば、前にアルバンが夜の警備のことを話していたな……確か護衛三人で交代制とか。アルバンに全部お任せで、と丸投げしたんだっけ……。
夜番はこうして夜通し鍛練しているんだろうか……しかも玄関先で。
あ、裏庭は悪魔の蔓が蔓延していて使えないからか。玄関先は石畳部分はスペースあるからね。
「お嬢様、パウルが来ました」
「パウル?」
ガチャガチャと金属音をさせながら、パウルがやって来た。
私を見て、ニッコリ笑う。
「お嬢ちゃん、おはよう。今日は早いなぁ」
「あ、はい。おはようございます」
私はパウルが手にしている物から目が離せなかった。だって……パウルが持っている物って……。
「く、鎖鎌……」
先日、武器屋で私が買って来たアレだ。垂れた鎖部分がガチャガチャと鳴る。
これを使うの? 今から?
エドガーがパウルを見つめる目がヤバい。キラキラキラキラしている。さすが武器マニア。こういう色モノ武器を実際に使うところを見たいのね。……私も見たいけど。
「始まりますよ」
アルバンまでワクワクしてます感が溢れ出ている。なんだ。鎖鎌は男の憧れだったりするの?
パウルは鎌を両手に握って、片方は頭上に向けて、片方は正面に向け、妙なポーズをとる。片方をあげると、パウルの雰囲気が一変した。気のせいかもしれないが、パウルを中心に足下から風が吹く。
アルバンとエドガーが身を乗り出した。
何かが始まる……。
パウルはクルリと回転して、頭上の鎌から手を離した。手を離れた鎌は、ビュンと音を立てて鎖いっぱいに飛んで行く。鎖が伸びきる瞬間、勢いよく引いて繋がった鎌を引き戻した。
シュパッシュパッと悪魔の蔓が簡単に切れて行く。
あれ……悪魔の蔓って、固くて鎌じゃ刃が負けるって言ってなかったっけ……。
シュパパパパパッ。
シュパパパパパッ。
シュパパパパパッ。
シュパパパパパッ。
「と、止まらない……。パウルが止まらない……」
「さすがですね」
「ああ、さすがだ」
いや、さすがで済ませる? 私には魔王が戦っているようにしか見えないよ。
シュパパパパパッ。
シュパパパパパッ。
シュパパパパパッ。
シュパパパパパッ。
戦いに敗れた悪魔の蔓が、どんどん積み上げられて山になっていく。
あっという間に玄関先から悪魔の蔓はなくなって、パウルは動きを止めた。
「ふぅ……ここはこんなものかな」
さっきまで魔王だったパウルの顔が、嘘のように穏やかになっていた。
私はパウルにヤバい物を買い与えてしまったのかもしれない。
「いやぁ、毎朝のことですが素晴らしいですね」
「お嬢ちゃんがくれた鎖鎌のおかげだよ。さすがミスリル製だな。鎖鎌は草刈りに最適だ。はっはっは」
「次は裏庭ですね。毎日刈りがいがありますねぇ」
「全くだ。しぶとくて燃えるね。いつか根絶やしにしてやりたいよ」
アルバンとパウルが和やかに会話しているけど、私は少し引いちゃうよ。エドガーはずっと鎖鎌を見つめているし。
「次は裏庭だね」
「行こう」
「裏庭も壮観ですからね。行きましょうか」
三人は裏庭に移動する流れらしい。私もなぜかその流れに組み込まれているようだ。
「ち、ちょっと待って! 私はキッチンに行くからね。じゃあね」
引きつりながらも何とか笑顔を作って、逃げるようにその場を後にした。
パウルの鎖鎌ショーが衝撃的すぎて、これ以上見たら心臓が口から出そうだ。毎朝これが行われているなんて……ご近所に変な噂にならなければいいけど。
キッチンから調子外れの鼻歌が聞こえて来る。
こっそり覗いて見ると、ルッツが機嫌良さそうに野菜を洗っていた。
「おはよう、ルッツ」
「うわっ!! え? お、お嬢様!? おはようございますっ!!」
驚いた拍子に、水をたっぷり含んだサニーレタスから水がとんで、私の服にビシャリとかかってしまった。
あーーあ。
「すすす、すみませんっ!!!」
慌てたルッツの大声に、奥のパントリーからフーゴが出て来る。
濡れた私と涙目のルッツを交互に見て、状況を瞬時に判断したらしい。顔がサァと青くなった。
「お、お嬢様……申し訳ありませんっ!!」
ルッツの下げた頭をさらに上から手で押さえて、二人で頭を下げる。
土下座禁止令出していなかったら確実に土下座してただろうな。
「二人とも、たかが水だから大丈夫だよ」
本心だよ。寒い日なら少しムムッと思ったかもしれないけど、今なら別に問題ない。着替えればいいことだしね。
「本当に大丈夫だから、頭上げて。急に声をかけた私も悪かったからさ、両成敗ってことにしない?」
「ありがとうございますっ。ほら、ルッツも!」
「あ、ありがとうございますっ!」
いいってことよ。美味しいご飯を作ってくれたら何も問題ないよ。
「今日の朝食も楽しみにしてるね」
「は、はい!」
「あ、フーゴ! ルッツにパスタの作り方を仕込んでおいてくれる? ルッツが覚えたら、教会にパスタの作り方を教えに行ってもらいたいから。みっちり仕込んでね」
「はい!」
「ルッツ、頑張ってね」
二人に手を振って、キッチンから出る。服を着替えなくては。
自室に向かおうとして、私は足を止めた。背後のキッチンから音が聞こえてきたからだ。
戻ってこっそりキッチンを覗くと……。
シュタタタタン。
シュタタタタン。
シュタタタタン。
シュタタタタン。
フーゴが野菜を物凄いスピードで刻んでいた。
ルッツがキラキラキラキラした目で超絶みじん切りを見つめている。
フーゴ、お前もか。
今度、ミスリル製の包丁でもプレゼントしようかな……いや、ダメか。まな板までみじん切りになるか……。
この日のみじん切り野菜達はミネストローネの具材となって、美味しくいただきました。




