初めての我が家
公衆浴場に行って、屋台で夕飯を購入して、購入したばかりの屋敷にやってきた。
一度しか通っていない道は迷うこと必至、と思っていたけど、登り坂の道は少なくて迷わずたどり着けた。奇跡的だ。
まだ夕方前。
日は傾いては来たけど、まだまだ十分に明るい。
「それなのに、この庭のおどろおどろしさ……」
改めて見ると酷い状態だった。
アーチ門に絡み付いた枯れた蔓植物。
庭はこの謎の蔓植物に侵されている。
元々植えられていた花や木には、謎の蔓植物が絡み付いて、すっかり埋もれてしまっていた。赤い薔薇がぽつりぽつりと咲いていたが、花を付けていなければ、そこに薔薇があることも知らなかっただろう。
石畳の隙間から背の高い雑草が生えている。隙間から生えた雑草は根が丈夫な種類が多いから、抜くのに苦労しそうだ。
「こんなに酷い感じだったかなぁ」
役所のお兄さんと内覧に来た時は感じなかったけど、一人で来ると妙に迫力を感じる。
恐る恐るアーチ門に鍵を通して開ける。錆びた金属の擦れるギギギィって音が嫌だ。そのうち油を差そう。
次は屋敷の鍵。
「……おじゃましまぁ~~す」
屋敷の中に声が響く。
私の家になったって言っても、今日初めて来た屋敷だ。
広い屋敷に一人きり……少し心細いな。
「……ここに一人暮らしなんて。大丈夫かなぁ」
まずは、屋敷中のランプを突っついて灯りを灯して回った。外はまだ明るいけど、暗くなったら不安だからね。
それから……今日寝る部屋を決めないと。何しろ二階に20部屋ある。
一人で広い屋敷をうろうろするのは、少し怖い。学校とか美術館とか、どうして広い建物ってガランとしてると怖く感じるんだろう。
まずは一番奥にある主寝室を見てみる。
屋敷の主人用の部屋だ。
二間続きになっている。ソファー、テーブル、一式揃っていて、奥の部屋には天蓋付クイーンサイズベッド。ウォークインクローゼットまである。
昨日泊まった高級ホテルと遜色ない部屋だ。
「うわっ……ホテルの一室って感じ。広すぎて落ち着かないな」
広すぎてこの部屋では寝られない。普段使いの部屋じゃないよね。
他の部屋は一律同じような部屋だ。使用人が使っていたようで、シンプルな造りだった。
六畳間くらいの広さで、シングルベッド、一人がけの椅子とミニテーブル、クローゼット。ビジネスホテルのシングルルームくらいの感覚だ。
私にはこのくらいで十分だな。
一番中央階段に近い部屋に、今夜は寝ることに決めた。
あまり奥にある部屋は、何となく怖いんだもの。
「ご飯、部屋で食べようかな。……でも温かいお茶くらい飲みたいし……ん~~仕方ない。キッチン行こ」
夕食に買った荷物を持ってキッチンに行く。
キッチンもちょっとしたレストランの厨房くらいの広さがある。3、4人が働いても十分動ける広さだ。
食器も調理器具もすべて一式揃っている。
数年放置された状態なら、一度全部洗わないといけないな。
鍋やフライパンが置いてある場所からヤカンを見つけた。
食器用の洗剤がないので、手で擦りながら水洗いし、コンロにかけた。バート村の村長宅のコンロよりずっと大きいけど、使い方は同じで助かった。
ガスではなく、中に特殊な石が入っているらしい。石炭みたいなイメージを勝手に持っているけど、本当のところは分からない。
ヤカンの前に張り付いて沸騰するまで待つ。やがてポコポコ音をたて始めた。
「あっ! お茶っぱ買ってなかった……仕方ない、明日は絶対買う!」
今日のところは白湯でいいや。温泉飲み歩き用に買ったカップに白湯を入れて、キッチンの作業台に買って来た夕食を並べた。
謎の肉の特大唐揚げ。謎の肉の串焼き。野菜たっぷりキッシュ。
どれも美味しそう。
肉類は、一応店員に何の肉か聞いたけど『クークルの肉』だと言っていた。
何、クークルって……。
私の世界一好きな食べ物は唐揚げだ。貧乏生活でも、給料日のご褒美飯は唐揚げだったくらいに好きだ。
謎のクークル肉に戸惑いつつも、カラッと揚がった魅力に負けた。
串焼きもクークル肉らしい。
「よし! 初クークルだ」
拳大の特大唐揚げを摘まんでかぶり付く。
「ん? ん、んん!? ぅおいしぃ~~い!」
クークルの肉は私の知っている鶏肉より若干硬め。それなのに肉汁溢れ、噛めば噛むほど美味しさが口に広がる。もうだいぶ冷めているのに、この肉汁って……。すごいな。
「獣臭くもないし、味付けもちょうどいいし……明日の夕食も唐揚げ買おう!」
串焼きも同じく美味しい。甘辛いタレが絡んで……パンか何か買えば良かったな。すっかり忘れてた。パンに挟んだら抜群に美味しそう。本当はご飯があれば一番いいんだけど。
今のところ、クークル肉にハズレなしだ。
キッシュは……普通に美味しかった。オーブンで軽く温められたら、チーズが蕩けてもっと美味しかっただろうな。
この世界は食事に関しては充実している。今まで口にした食べ物はみんな私の口に合う物だった。食事が合わないと暮らしていくのは大変だから、良かった。
狭いアパートに一人暮らししていた時は、一人の食事もいつもの事だったけど、広い屋敷で一人ご飯……。
「……思ったより、寂しいな。
住み込みで誰か雇って見ようかな……。でも信用出来る人かどうかなんて分からないしな……明日役所で相談してみようか」
時計がないから今何時か分からないけど、多分午後7時くらいだと思う。思ったより窓の外が暗くなっていた。
灯りを先に全部付けておいて良かった。朝までずっと明るくしておこう。
お風呂も入ったし、ご飯も食べたし、もう何もする事がない。
「本でもあればね……」
子供じゃあるまいし、こんな時間に寝るなんて。
「……寝よう」
結局寝ることに決めた。
朝。
あれだけ早寝したのに、起きたのはいつも通りの時間で、夜も一度も目覚めず爆睡だった。
自分で思っているより、身体は疲れているみたいだ。
着替えてからキッチンでお湯を沸かして、重大なミスに気がついた。
「どうしよう……朝ご飯がない!」
どんなにお金がなくても、私は朝ご飯はしっかり食べる派だ。パン耳でも、野草のスープでも、朝は何かしら食べないと元気がでない。
「庭で食べられそうな野草を探す……? いやいや、異世界の野草なんて知らないし、万が一毒草でお腹壊したら嫌だし……。
あ! お腹を壊したら、熊の肝がある! あれを飲んだら……んんん。
……無理だよね。高額商品は気軽に使えない。むしろ余計にお腹壊しそう」
昨日に戻れたら、キッシュくらい残しておくのに。保存技術ないから、惣菜系は取っておくのは怖いか。その時は、熊の肝が……止めておこう。
「……朝からお店やってるかな」
観光ガイドマップを開いて見る。
パン屋なら早朝からやっている店もあるんじゃないかな? みんな朝食に焼きたてパンを食べたいだろうし。
『マルファン観光ガイドマップ』
「ええと、おすすめレストラン……カフェ……パン……どこだ?
ん!? んん?」
『街の東では朝市が有名です。日の出から始まり、昼まで様々な露天が並びます。朝食からお土産まで何でも揃います』
「これだ! ここに行こう。場所は……分かりやすい!」
ひとまず白湯を胃に入れて、ポシェットに巾着を2つ入れた。
何か欲しい物が売っていて荷物が増えるかもしれないし、リュックも持って行こう。
どんな店があるのかな。またクークルの唐揚げ食べたいな。朝だからさっぱりしたフルーツ系もいいな。
玄関から庭に出る。
外はカラッと晴れている。石畳と蔓植物が濡れているので、夜のうちに雨が降ったようだ。全然気が付かなかった。
よし、出発しよう!




