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マルファンの中心から徒歩30分。
小高い丘の上に目的の家はあった。
道中は半分以上、地味な上り坂。なかなか足にくる。
肝心の家は……。
「豪邸だ……」
大きな洋館が、どど~んと丘の上に建っていた。
窓の数からして、部屋数10以上あるだろう。
アーチ型の門の先には、テニスコートが入るくらいの庭がある。
「こちらが、おすすめのお屋敷です。
庭は小さめですが……手入れをすれば、それなりの見た目になると思います」
この庭で小さめか。
植物の手入れが全くされていなかったようで、雑草も花もごちゃごちゃな状態だ。
アーチ門を入ってすぐ、赤い薔薇がポツポツ咲いている。
薔薇は私の一番好きな花だ。庭師を雇って手入れをきちんとすれば、薔薇園のようになるかな。
「中にどうぞ」
案内されるままに中に入った。
広いエントランスホールの先の真ん中に、立派な階段がある。
階段を中心に、左右に横長な造りの屋敷らしい。
「定期的に掃除はされているので、室内は綺麗ですね。
二階は部屋数20以上あります。
以前は使用人も住み込みでおりましたので、家具など必要最低限の物は全て揃っています。
一階は左手にリビング。その奥にダイニング。キッチンです。
右手には応接室。奥に客間になっています」
築浅、家具付き、庭付き……確かにすぐに暮らせそうだ。
……ただ、少し大きすぎる。
この家に一人暮らしなんて、寂しいな。
住み込みで使用人を雇ってもいいけれど、相当信用出来る人じゃなければ、一緒に住むなんて無理だ。
私の情報を流されたり、強盗、窃盗……人はお金が絡むと怖い。
お金持ちにはすり寄って来て、貧乏になると手のひらを返す。人間なんてそんなものだ。
もう少し小さめの家を探すのも有りだ。
「この家の特徴として……リビング前の廊下に扉がありまして……。ご案内します」
リビング前の廊下に移動すると、質素な作りの扉があった。
「この先は本来裏庭なんですが、裏庭の一角に増築しています」
扉を開ける。
中は十畳ほどのスペースで全面タイル貼りになっていた。
部屋のタイル貼りの床が半分ほど窪んでいて、一段低くなっている。
「これって、お風呂!?」
「はい。以前の持ち主が風呂好きな方で、こちらに温泉を引いて沸かしていたようです。
温泉を引くパイプを直せば、また使えるようになるでしょう」
すごい! 銭湯並みの広さだよ。
一人で入ったら泳げるな。しないけど。
「マルファンには公衆浴場がありますので、一般のお宅には入浴場はほぼありません」
「もう少し小さめの家に、お風呂を増築することは出来ますかね……」
「小さめの家となると、住宅街になります。増築するスペース、温泉を引くパイプの整備……なかなか難しいと思いますよ」
住宅街の家なら、毎日公衆浴場通いになる。
一人でゆっくり入浴は無理だ。
「よし! 買います!」
「はぁ!?」
役所のお兄さんはポカンとした顔をしている。
気持ちは分かる。
高額の豪邸を、八百屋で松茸買うみたいに「奮発しちゃった。てへっ」みたいな感じで購入しないからね、普通は。
けれど私は本気だ。
温泉の街にいるのに、風呂なしだなんて辛いよ。
一人暮らしの貧乏生活をしていても、浴槽のあるアパートに住んでいた。小さな浴槽で、膝を抱えて体育座りの体勢でないと、入れなかったけれど。
この家は一人暮らしには大きいけれど、お風呂の魅力には敵わない。
「この家を購入します。支払いはどちらですればいいですか?」
「……あ、はい。では役所で」
復活が早いお兄さんは、やっぱり優秀だな。
余計な事を聞いて来ないのも、ポイント高い。
お昼時なのに、ちゃんと物件案内してくれたり、いい人だ。
「お昼ご飯を食べてから、役所に行った方がいいですか?」
「いえ、すぐにでも契約してしまいましょう。今から役所に行きましょうか」
「……分かりました」
本当に優秀だ。商人として。
このまま別れて、私が
後でちゃんと役所に来る保証はない。
売りたいなら、契約成立するまで、逃したら駄目だ。
お手製リュックから、屋台で買った蒸しパンの袋を取り出した。
屋台のおじさんがオマケしてくれた蒸しパンは、袋に二つ入っている。
「お腹空きますね。蒸しパンお一つどうぞ」
一つお兄さんに渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。
役所に向かいながら、二人で蒸しパンを食べ歩く。
さつま芋に似た物が入った蒸しパンは、少し甘くてなかなか美味しい。
また今度買いに行こう。
「では、こちらにサインをお願いします」
役所の応接室に通された。
応接室と言っても個室ではなく、衝立で仕切っただけ。
訪れる客からは目隠しになっているけれど、役所の職員からは丸見えだ。
そこで屋敷購入の書類を渡された。
職員達の視線がチラチラ感じる。
10億ペリンの家を、私が購入しようというのだから、注目を集めるのも仕方ない……すごく気まずいけれど。
サインが必要な書類は全部で5枚だ。
……サインと言われてもね。
「私、他国から来たから、この国の文字が分からないです」
役所のお兄さんは頷いて、別の紙に何か書いた。その紙を私に見せる。
「マイカ・イシカワと書いてあります。
サインは直筆でないといけないので、真似て書いて下さい」
何とか真似てサインをした。それほど複雑な文字ではなくて助かった。
アラビア文字みたいな文字なら、絶対に私には覚えられない。
この文字なら自分の名前くらいは、すぐ覚えられそうだ。
5枚全部にサインをした。
読むことは出来るので、書類全てを何とか読む。内容は言い回しが複雑で、ちんぷんかんぷんだ。
中には移住に関する書類もあった。
「では、10億ペリンの支払いをお願いします」
お手製リュックの中に入れたまま、巾着に手を入れて一握り引き抜いた。
手の中には大金貨8枚。まだまだ先は長い。
何度も繰り返して大金貨1000枚。全部で10億ペリンだ。
大量すぎる。
この世界で貨幣が流行らないのは、持ち運び難さのせいもあるんじゃないかな。
取り出すのも一苦労、数えるのも一苦労だ。
次々出てくる大金貨に、役所の職員はざわつき、お兄さんは目を見開いていた。
「……そのカバンに、こんなに大量の貨幣が入っていたのですか……。かなり重かったでしょう」
「……あはは。
軽くなって助かりました。有り金ほぼ全額使いましたから、すっきりですよ」
役所の職員にも見せるように、リュックの口を広げて見せる。
厄介事に巻き込まれないように、お金は全部使ったよアピールは必要だ。
「確かに10億ペリンですね。身分証をお願いします」
身分証を渡すと、黒い箱で何か操作をしている。
箱の上の部分に貨幣をどんどん乗せた。じゃらじゃら音を立てて貨幣は箱の中に吸い込まれていく。
全てなくなると、ピロピロリンと電子音が鳴った。
「身分証はお返しします。
これで契約は完了です。屋敷の持ち主は、マイカ様に登録されました。こちらが鍵です」
重厚なデザインの鍵を三本受けとる。
アーチ門の鍵と、屋敷の鍵と、裏口の鍵だ。
「今日から住めるってことですか?」
「はい。家具付きですので、今日から住めると思いますよ。
お風呂はパイプの整備がまだですので、しばらくは公衆浴場に行って見てはいかがでしょうか」
大金を払った後で、夜の一人歩きはさすがに怖い。すぐにでも公衆浴場に行こう。
公衆浴場の場所を聞いて、役所の職員に見送られながら外にでた。
外に出ると、深い深呼吸をした。
こんなに大金を使ってショック状態なのか、私の心臓は可笑しな動きをしている。なんだかスキップをしているようだ。
落ち着かないと、不整脈で倒れそう。
家を購入した。
手の中の三本の鍵がある。
まだ実感はないけれど、これからあの豪邸に一人暮らしする事になる。
石川 舞華。
豪邸を購入してしまいました。




